実験30
「……!?」
デンカの叫びに反応してシグレは周囲を警戒する。
大きく逸脱した力を持つ彼女とて、戦闘という物は気を抜ける物ではない。相手を観察し、能力の特徴を理解し推測し、自らの出来る事と相手の行動を一手一手まじわせる事で戦いは成り立っている。シグレの強さとはつまり打てる手の多さと判断力なのだが、それゆえにデンカのスキルについては戦い方からしっかりと読み取っていた。
デンカが機械と言った時、彼女の周囲に機械が現れる。創造系の能力者は言葉を口にする事で創造の速度と精度が早まると聞くから、彼女が叫んでいるのはそういった理由なのだろう。
シグレはそう考えてデンカの付近に注意した。シグレはデンカのスキルの射程が七、八メートル以内だと考えていたので、その範囲内をだ。
だが――新しく現れた物は何もない。
シグレが辺りを見渡したのは時間にして一瞬であるし、デンカとフューレが接近する中で後ろを振り向くような事もしていないのだが、それでも彼女はそう断言出来た。
いや、無いのではない。それは――
「見えないっしょ」
どこからともなく、若い男の声が響く。シグレは聞き覚えが無かったが、それは紛れもなくビショップの声だった。
「だけど見えなくともここに居る、見えなくともそれはある」
「……!」
ビショップがそれを言い終えるやいなや、シグレは勢いよく地面を蹴り後方に飛ぶ。
彼女は気が付いたのだ。突如出現したナイフによる攻撃はこの男によるものであり、その姿を見えなくする能力によってデンカの機械も不可視になっているのだと。
だけど――
「遅い!」
デンカがそう叫んだその前から既に、彼女は頭の中で引き金を引いていた。それは彼女の思考から『奇械』に伝わり、『奇械』から機械に伝わる。
そして生じたのは、弾丸の雨嵐。
デンカの左右三メートルほど離れた位置に一台づつ設置されたその機械を一言で表すなら、散弾を大砲に詰めた物とでも言えばわかりやすい。ただラッパのように口が大きく広範囲に広がっている事に目をつむればだが。エネルギーの損失や恐ろしく短い飛距離を考えると、現実でそれを作ろうとする者は居ないだろう。そんな意味でも奇妙な機械と称するにふさわしい。
この機械こそが、近距離での戦闘を想定してデンカが発明した仮想兵器――散弾砲。一メートルを超える巨体と内部にある散弾の全てを頭の中でイメージする訓練をし、ようやく戦闘中に短時間で想像できるようになったものだ。
「……くッ!」
後ろを向いたまま退くシグレよりも早く弾幕が迫る。
右にも左にも上にも逃げるスペース等は存在しない、デンカの射程範囲五メートル二十三センチのうち彼女の前方すべてが攻撃範囲だ。残された退路は後ろだけ。しかし弾幕はシグレよりも早く、彼女が逃げ切る前に彼女の体を切り裂くことは必至だった。
同じ特級のラッドクォーツは散弾を後方に回避する事ができたが、散弾銃と散弾砲は密度が全く異なり、そもそも発射のタイミングが分からないように砲台を『透化』させている。デンカがラッドクォーツとの戦いで得た知識が、まさに今シグレに牙を剥いているのだ。
まずい。
シグレは考えた。
目の前の攻撃は防げるような個数ではない、魔力のすべてを防御に回しても助かるか分からない。
そうやって一つ一つの案が潰れていく中、弾丸は容赦無く迫ってくる。そして――時間が来た。これ以上考えるわけにはいかないと、シグレはそう判断する。
「油断していたのかもしれませんね」
弾丸がシグレに触れる程の距離まで近付いたその瞬間、ピシャリと雷の落ちる音がした。
撃たれた弾丸は射程圏外に届き霧散し、創造された砲台も役目を果たして消えていく。そしてデンカの前には――シグレが立っていた。
一瞬でスキルの射程圏外まで移動したのだ、散弾砲で傷ついた様子も無い。だが不思議と勝ち誇ったような表情ではなく、どちらかと言えば敗北を喫したような不本意そうな顔をしていた。
「あなたたちを過小評価してしまっていたのかもしれません……。殺し合いを始めようと私は言いましたが、そうする心構えができていなかったのは私の方でした」
「……人間があんな速度で動けるなんて考えた事も無い、あれがあなたの全力って事?」
―-もしそうならば、勝ち目が無い。銃弾を避けられるか避けられないかのレベルではく、銃弾よりも速いか速くないかのレベルだ。そして間違いなく銃弾よりも速かった。
そんなデンカの考えを読んだかのようにシグレは首を横に振る。そして人間ではありませんよ、と前置きをした上でこう言った。
「あれを見せるつもりは無かったのですが、私には覚悟が足りなかったのです。殺し合いと言いながら一方的に勝利するつもりでした。ですが、殺し合いとは傷つき傷つかせる物。今からが私の全力です、あなた方の実力を認め、死ぬ気で相手をいたしましょう」
シグレは薙刀を地面に垂直になるよう構えると、それに取り付けられていた弦を引いた。薙刀では無く弓として扱うつもりなのだ、距離は彼女にとっては十分に離れている。
だが――
「止めろシグレ」
アルヴェンスはそう言ってシグレを遮るように手を伸ばした。
「アルヴェンス、私は――」
「お前が勝てる事を疑っているわけじゃない。だが、時間がかかりすぎた。それにコウカがこちらに来ないということは何か不測の事態が起きているのかもしれん」
その言葉にシグレは少しの間目をつぶり、何かに納得したかのような静かな表情で目を開けた。
「わかったわ。私はあなたに従いましょう、そういう約束なのですから」
そう言うとシグレは持っていた武器を降ろし、周囲に浮いていた球電を消した。薙刀の刃もしまい、完全に臨戦態勢を解いている。
そして森へと去っていこうとする二人をデンカは呼び止めた。
「そんな風に逃げていく事を黙って見ていると思う?」
マスケット銃を構えるデンカに勝てる確証は無い。だが、シグレが先ほどの動きの中で、何らかの反動を受けたように直感したのだ。それはあのような速度を持った存在に居てほしくないという楽観的な希望だったのかもしれないが、とにかくデンカはそれを信じることにした。
この島でシグレと再び戦おうと考えるのならば、今をおいて他にない。散弾砲を見せてしまった以上デンカには奥の手が無いのだから。
だがそんなデンカの挑発をシグレも挑発で返した。
「逃げる事を邪魔させると思いますか? 私は弓兵。逃げながら戦う事こそが本来の戦い方ですよ」
「……」
無言で二人はにらみ合う。
それに割って入ったのはアルヴェンスだった。
「止めておけ。そっちのラジアータの騎士だって、俺が引くとなれば戦う気が無いのだろう?」
「無論だな。私はお嬢様が生き残れる最善の道を取るだけだ。料理人の考えている事はわかるが、あいにく私は今戦う事が最善とは考えていないのでね」
「だそうだが、お前は先ほどより一人欠ける状態で戦うつもりか?」
「……」
デンカがマスケット銃を空に向ける形で消すと、中に装填されていた実弾が支えを無くし引力に引かれて落下する。そしてそれを手に取ったデンカは静かに、わかった、とつぶやいた。
それを見てアルヴェンスはフッと満足気に笑った。
「シグレとの戦闘を見てお前の評価はさらに上がったぞ。次に会う時までに俺の下につく事を考えておくんだな」
そう言い残すと、アルヴェンスとシグレの二人は森の中に消えていった。
後に残されたのはデンカ、フューレ、そして『透化』を解いたビショップの三人。お互いを確認しシグレが完全に去った事を確認すると、まず最初に口を開いたのはデンカだった。
それは盛大にため息でも吐くかのように。
「死ぬかと、思った」
と言った。




