実験29
「仲間になれ?」
デンカはアルヴェンスの言葉を繰り返す。彼の言葉は言葉通りの意味なのだろう、それ以外の受け取り方はできない。
あえて地球の人間であることは否定しなかった。アルヴェンスがコウカと手を組んでいる事は殆ど確定していたし、ならばごまかしても話が進まないだろうと考えたからだ。
「そうだ! お前たちは面白い。異なる世界から来たというのもそうだし、様々な知識を持っている事もしかりだ。俺はお前を含めて三人のチキュウ人と会っているが、その全員がスキルを授かっているらしいというのも興味深い。チキュウ人を仲間に引き入れれば、俺はさらに向上できる」
だから、とアルヴェンスは続ける。
「お前は何だ? もし本当にお前が料理人だと言うのならば話は簡単だ、俺に雇われればいい。お前が他の王族の差し金でこの島に来たと言うのならば、そいつを裏切って俺に付け。裏切るのが気に入らないのならば俺がそいつと手を組んでもいい、当然人は選ばせてもらうがな。後は……ラジアータに限ってあり得ないとは思うが、お前がラジアータと繋がってるという線もあるのか」
「いいや、それは違うな。我々と料理人はなんのつながりもない、強いて上げるのならば同じタイミングで同じ敵に襲われたというだけだ」
「ならば話は早い。お前――確かデンカと名乗っていたな。デンカ、俺の配下になれ。ならないのならばここで殺すまでだ」
アルヴェンスは色々な御託を並べてはいるが、結局のところ言っているのは『命令を聞け、さもなくば殺す』だ。
現状圧倒的に不利なのはフューレとデンカの方。アルヴェンスが接近し、弱点として扱えるかと考えたが足手まといにならない程度の力量がある。それはつまり彼の存在がマイナスではなくプラスと作用するという事であり、状況はさらに悪くなったと言えるだろう。
現状デンカに確実に生存する手段があるとすれば、それはアルヴェンスの提案に乗る事だ。リリアを裏切るなどデンカにとってあり得ない行動だが、幸いアルヴェンスは手を組むのはやぶさかではないと言っている。リリアの目的である国民の幸福もアルヴェンスの目的である王になる事とは矛盾しないし、コウカ達の存在も考慮するならばネスタティオよりアルヴェンスの方が戦力も整っている可能性もある。
リリアにとっても悪い話ではないはずなのだ。
だが――
「断る」
はっきりとデンカはそう言った。
「なぜだ、この国どころかこの世界に来たのがつい最近の貴様らに忠義もなにもあったもんじゃないだろう」
「忠義とは少し違うのかもしれないけど、わたしは絶対に裏切ったりはしない。それはこの世界に来た時間とか、関係なくそうなんだ」
「ならばだ。さっきも言ったが、裏切る気が引けるならば手を組むことを考えないほど俺は融通の聞かない人間ではない。お前の主と共にこちら側にこい」
「それも駄目」
どのような条件も受け入れないというような、断固とした態度でデンカは言い切る。アルヴェンスもそれを悟り、説得の方法を変える事にした。
「お前が騎士だとするならば、お前を失った主はかなり困った状態になると思うがそれでもいいのか? 仮にお前の主も王を目指しているとして、騎士を失うくらいならば多少不本意でも誰かの下に入ることを選ぶと思うのだがな」
「そうだね――」
デンカは考える。
リリアドラス・ラ・デルフィニラは誰よりも純粋に人の幸福を願っている。だからこそ、デンカの命が失われようとしているならば間違いなくネスタティオと手を切り、アルヴェンスと手を組む事を選択するのだろう。
そしてだからこそ、デンカがその選択をするわけにはいかない。
「でもやっぱり駄目なんだよ」
そう言って、彼女が拒否しなければならないのだ。
アルヴェンスは沈黙し、他に拒否するのにどのような可能性があるのかを考えた。だが、思いつかない。どれだけ考えたところで、アルヴェンスにはきっと思いつかないだろう。自分が向上するために他の全てを駒のように考える事のできる人間には、絶対に。
デンカの優先順位はいつだってリリアが幸せでいられるかどうかだ。そして人の気持ちを想像する力にとぼしいデンカにも、一つはっきりと想像出来る事があった。それは、他者を平気で殺すアルヴェンスやコウカを知った時にリリアの悲しむ顔だ。どう転んでも、上手くいくはずがない。
それはある意味でアルヴェンスとネスタティオの勝負でもあったのかもしれないが、今のアルヴェンスにそれを知る方法は無かった。だからデンカが協力を断った事に対して何も言葉が思い浮かばなかった時、ただ引き下がりデンカの処分を決定するしかなかった。
「俺の話に乗らないのならば、お前を生かしておく理由が何もないな」
「ここで死んでも良い。最後まで目的の為に生きていられるのなら後悔は無い!」
「殺せ、シグレ」
アルヴェンスが命令を下し、再び戦闘が開始しようとしていた。状況は二対二、そうでなくともシグレ一人で彼ら二人を圧倒できていたのだ。
だけど一つ好転している事があった。
それは他ならぬアルヴェンスの登場によって生まれた――時間。
別にデンカもアルヴェンスの話を好き好んで聞いていたわけではない。彼が何を言おうとしていようが、協力する意志が無いのだからさっさと攻撃でも仕掛けていればよかったのだ。それをしなかったのは、時間を稼ぐ事がデンカにとって有利に働くからだ。
時間が立てばたつほど、シグレから受けた攻撃の痺れは消えていく。
それを証明するかのようにフューレが取り落としていた剣を拾い上げ、右手に構えた。
「さて、手の痺れはだいぶ収まったがどうする、料理人。戦っても勝てそうにないがな」
「それでもわたしは戦うしかないし、戦うからには勝利するつもりだよ」
それを聞くとフューレはフッと笑い、目の前のシグレに対して剣を構える体勢を取った。
「お話はもういいのかしら? なら始めましょう」
「そうだね」
再開する、だが条件は同じではない。今まで稼いできた時間のおかげで、痺れがそろそろ取れてきてい頃合いだろう。
それはデンカとフューレの事ではなく、『ビショップの手の痺れの事だが』。
「―-!」
虚空から突然にナイフが出現し、それが一直線にアルヴェンスに向かう。
もし夜ではなくまだ太陽の明るい時間帯だったならば、ビショップが移動したときの地面の草の動きをみてシグレは見えない敵の接近を察知できただろう。もしくはビショップがアルヴェンスにさらに接近しようとしていたならば気付かれたかもしれない。
だが、その判断に慣れているビショップはギリギリの位置からナイフを投擲していた。
シグレはビショップの接近には完全に不意を突かれる。だが、そこは流石超級と言うべきなのだろう。闇夜の中、見えない敵による完全な形の不意打ちに対し、シグレは反応する事が出来た。
彼女の左を通過しアルヴェンスに向かうナイフを、下から薙刀を振り上げるようにして弾く。
ナイフは弾かれ、宙を舞った。
だが、そこで生じた隙に付け入るようにデンカがシグレへ踏み込んだ。
近距離に入るように、シグレにより接近しようとするために。
距離を詰めるデンカに対してシグレは薙刀の切り払いを放った。だが、ナイフを弾いたばかりの体勢からでは無茶な攻撃しか繰り出せない。その攻撃はデンカにも十分に防ぐことの出来る物だった。
おくれるようにしてフューレも接近し、攻撃に参加する。シグレは体勢を完全に持ち直していたが、それでもかまわない。『デンカとシグレの距離は十分に接近している』。
「機械!」




