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実験28

 「帯電……。そうね、私の攻撃は雷をびている。私のスキルは『弓電きゅうでん』だから、弓を使っていない攻撃は威力が低いのですけどね」


 自らの攻撃を開示し弱点をさらけ出すような発言だが、静かにおしとやかに語る彼女に気にしている様子はない。気にかける必要が存在しない。


 それは驕りや傲慢などと言われ、さけずまれる行為なのかもしれない。『弓電きゅうでん』を掻い潜った者が表れ、その人物と対峙できている事に彼女が子供のような高ぶりを覚えたのも事実だ。


 だけどそのような『些事』は最早勝負に影響するところでは無い。


 じわじわと侵食する毒のごとく、彼女の攻撃を一太刀受けるたびに、彼女が攻撃を一太刀受けるたびに、その痺れは既に二人の感覚をむしばんでいた。無論、デンカとて黙って攻撃を受け続けていたわけではない。その攻撃を物理的に理解していたデンカは電気を通しにくい素材を思い浮かべ、それを拳銃の外装に使用する事も試みた。


 だが、スキルと呼ばれる物がそもそも地球の知識と縁遠い魔力に密接に関わるからか。あるいはぶつかり合う武器が単純に近距離過ぎる上にシグレが超級的にスキルを使いこなしていたからか。とにかく、デンカの思惑通りにシグレの電気攻撃を遮断する事は出来なかった。


 さらに都合の悪いことに。デンカが薙刀が帯電している事に気付いたとき――それは気付かされたときと言い換えてもいいのだが、その時からシグレは薙刀にまとわせている雷の力を上げているようだった。


 最初は忍ぶようにゆっくりと、取り返しのつかないところで噛みつくように。そういう事なのだろう。


 痺れによる消耗は不可避。


 ならば逃げるか、薙刀の届かない距離からデンカが遠距離戦をしかければいいのかというと、それは愚策だと断言するしかない。


 いかに避雷針がシグレの攻撃を妨げるといっても、シグレとデンカでは技量が違いすぎる。いかに弓と銃の性能差があるとはいえ、九つの広範囲攻撃をばらまける相手では分が悪い。マスケット銃以外の近代兵器を『その性能を余すことなく』使っていいのならば話は違うのかもしれないが、あいにくとデンカのスキルには射程がある。


 眼球から五メートル二十三センチ。


 もはや遠距離武器として機能しないようなその距離の中でしか彼女の世界は展開できないのだ。結局、シグレも『不得意』としている近接戦闘のような形で戦うしか勝機はなかった。


 フューレが細剣を両腕で振るい、デンカが両手に一丁ずつ持つ拳銃を乱射する。二人の人間による二対の攻撃は、単純に考えても常人の四倍の手数。だが、たった一本の武器しか持っていないシグレはそれをかわし、はじき、受け流し、反撃までして見せる。一見すると拮抗している、だが見えない攻撃も含めるならば――


 「くッ……」


 こぼれ落ちるように、フューレの右手から細剣が手放される。


 電力を受けないように剣の先端のみを使うようにシグレと攻防を繰り広げていた彼の技量は称賛に値する。だがそれでも痺れは回り、まさに今『回り終えたのだ』。


 「思ったより時間がかかったわ。でも、これであなたは暫く剣を握れない」

 「そのようだな。まるで腕から魂が抜け出ているかのような感覚だ」

 「……冷静ですね。これから敗北し、殺されるというのに」

 「私は死を望んでいるからな。無論最後まで全力を尽くしてお前を食い止めるつもりだが、そのために死んでしまうのはどうしようもないだろう。使命を全うするというやつだ」

 「そう。でも――」


 シグレの言葉を遮るように破裂音が数回鳴り響く。銃弾が撃たれ、しかしそれが彼女の口を閉ざす事はなく、シグレはそのまま言葉を続けた。


 「あなたは諦めていないのですね」


 その言葉を受け、痺れた手に銃を辛うじて構えながらもデンカは考えた。


 「諦めたりはしない。あなたを倒すことも生きて帰ることも」


 実験のように、やってみるまで結果がわからない、だが――


 予想は立てられる。


 生きて逃げ出せる確率は低く、戦って勝利をつかみとる確率はさらに低い。当初の予定である情報を手に入れる事はできたが、生きて持ち帰る事は難しい。


 わたしは――ここで死ぬかもしれない。


 「ふふふ、でも戦う事にしたあなたの判断は間違っていないわ。どうせこの島に来た人間は逃がす事ができなくなったのですから」

 「――しゃべりすぎだな、シグレ」


 そこにアルヴェンス・エル・デルフィニラスがいた。いつも通り尊大な態度で。


 突然出現したわけでもなく当たり前に歩いてきたのだが、当たり前のようにそこに来たというのは大変な問題だろう。


 将を射んとする者はまず馬を射よと言われるように、貴族を殺すために騎士が戦っているのだ。その場に貴族がのこのこと近付けば何が起きるかはわかりきっている。―-将を射るために将を射ればいい。


 デンカは実物の弾丸を取り出すとそれを空中にはじき、その周囲にマスケット銃を作り出す。それをシグレの後ろから歩いてきたアルヴェンスに向けると、瞬時にそれを発射した。


 シグレならそれを止められるだろう、止めたならばアルヴェンスに対して追撃し相手を防戦に追いやればいい。


 そしてデンカの思惑通り弾丸がはじかれる。だがデンカの思惑とは違い、それを防御したのはシグレではなく――アルヴェンスだった。


 彼は携えていた剣で弾を切り払ったのだ。


 「ふん。お前がシグレを攻撃した時点でそうだったかもしれないが、俺を攻撃した事で正式に犯罪者決定だな。これでお前を殺しても罪は犯さずに済むわけだ」

 「広間であれだけの人間を殺しておきながら正当防衛だなんて白々しい事を言うんだね」

 「おいおい、もし俺の兄弟共の事を言ってるのなら見当違いだぜ、なにしろ俺の敬愛する父上が推奨したことなんだからな。そして使用人共の事を言っているのなら冤罪えんざいだ。むしろ俺は『未知の魔獣』に襲われているあいつらを助けようとした、まぁ全員死んでいたようだがね」


 そういう設定なのだろう。手に持った台本を読み上げるかのようにそう言ったアルヴェンスは、笑みすら隠そうとしていない。


 「さて、お前達をどうするか……。まずラジアータの騎士のお前の方だが、お前にはここで死んでもらう。面白いスキルを持っているようだが、それだけだ。ラジアータと共にこの島で眠るがいい」

 「そうかい」


 特に返す言葉もないと言うようにフューレは肩をすくめる。


 そしてアルヴェンスはデンカの方を向いた。


 「お前は……お前は何だ? 騎士なのか暗殺者なのか、そのような事を聞いているわけじゃ無い。それだけの力を持っているなら、継承戦関係者だと決まり切っているからな。いや。お前の場合、普通の料理人の可能性すらあるのか――? いや……。とりあえずそれは置いておこう。

 重要な事はだ、お前の使っているそれらの武器を俺は見たことも聞いたことも無い。スキルによって生み出しているようだが、創造系統のスキルならなにか原型のような物はあるのだろう。俺はそれを知らない……お前は知っているか、シグレ?」

 「見たことは無いですね、鉄を飛ばす能力というのを聞いたことはありますけど。そういえば、私の国の言い伝えでは神様や地獄の閻魔がそんなことをするとか。あと当時の王様で金を操るスキルを持っていた人もいたらしいですね。他にも――」

 「もういい。とにかく俺たちはお前が使っている武器の存在について何一つ知らないというわけだ。遠い国の武器で我々が知らないだけとういうのもあり得ない。一発一発しか打てない物はさておき、シグレに向けて撃っていた連射性のあるものは俺では対処できないほどの物だ。にも関わらず使用するのに技量が必要な様子も無いとなると、名を知られていないのは――おかしい」


 そしてアルヴェンスは一呼吸いれ、ここからが本題だと言わんばかりに声を発した。


 「お前はチキュウジンだろう、俺の仲間になれ」

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