実験27
フューレはデンカの協力によって、シグレまであと一歩の距離まで来ていたのだ。
あと一歩。
しかしフューレはそこで踏みとどまった。
超級の弓兵を相手にしてようやくたどり着いたその場所で――彼は立ち止まったのだ。
今までの協力や労力をふいにするようなその行為。だが、そうしたフューレに対してデンカが文句を言う事は無い。未来を見ることのできない彼女にも、『それ』が見えたからだ。
一閃。
シグレによって振り下ろされた薙刀による攻撃が、フューレの手前をかすめていた。
シグレが今装備しているのは遠距離武器の弓ではなく、中距離で性能を発揮する薙刀だった――というのは『半分あっていて半分間違っている』。彼女の武器は弓であり、同時に薙刀でもあるのだ。
だが、それに気付かなかった事についてフューレとデンカを責める事はできないだろう。豪華より雅と形容するのがふさわしいその武器の細工は、弓のようにも薙刀のようにも見えるように意図して作られた物だ。さらに付け加えるならば、薙刀の刃の部分は弓として使っていた際には隠されており、スイッチを切り替えるように出現していた。
「やっぱりあなたは未来が見えるのですね……。一言で表すなら『見来』でしょうか、うふふ」
その奇襲が外れる事すら予想通りだったのか、シグレは薙刀を回転させるようにして構えなおす。
それに真っ先に反応したのはデンカだ。フューレとの距離を測りつつ、いつでも避雷針を設置できる位置を維持しながらシグレの横に回り込む。
はさみ撃つとまではいかないまでも、確実に二方向からシグレを攻めようと判断した。そして――
「機械!」
創造するのは短機関銃。スキルの射程圏内であれば、わざわざ弱く撃ちづらいマスケット銃を扱う必要もないのだ。
デンカは間髪を入れずに引き金を引く。すると攻撃間隔の短い銃弾が継続的にシグレに降り注いだ。
―-デンカの判断は素早く、そして正確。それは彼女が実験という行為、ありとあらゆる事象を観察し先入観を排除して客観的に物事を判断する行為に、精通しているからだと断言できる。この点に限定すれば、自分にすら客観的なカイノチ・コウカをも凌ぐだろう。
だがそんな彼女だからこそ、人の考えを読むという点には平均を著しく下回る技能しか持ち合わせていなかった。
フューレが驚愕した事に対して、弓しか扱えないと思っていた相手が他の武器を取り出したから驚いたのだと、その程度の認識だけをして終わったのだ。彼の驚愕がその程度の理由から生じる度合いでは無いと、瞬時に判断する事が出来ない。
『シグレがフューレを超える近接戦闘能力の持ち主』だという事に思い当たらない。
故に、次に驚愕を覚えるのはデンカの方だった。
「……!」
シグレは迫りくる短機関銃の銃弾を全て切り落としたのだ。かつて、ラッドクォーツがデンカに披露したのと同じように。
「『弓電』の特性を利用されるのはこれで二回目、こういう武器を使う練習をしておいてよかったわ」
そして余裕すら含んだ表情で薙刀を構えなおし、シグレは宣言する。
「山狼盗賊団、元副団長、ライデン・シグレ。いざ――推して参る」
そして繰り出されたのは薙刀による突き。ただの突きではない、毎秒五発の間隔で撃たれる銃弾の全てを切り落とす技量を持つ達人による、必殺の突きだ。
デンカの攻撃を回避するように踏み込みながら放たれたその突きは、文字通り殺人的な速度でデンカの心臓に迫る。彼女の逸脱した動体視力はそれすらも正確に捉える事が出来た――だが、一瞬の驚愕によって生まれた隙と突きの凄まじい速度のせいで彼女の体が間に合わない。
「ぐっ……」
声を上げたのはデンカではなく、フューレだ。
デンカが攻撃に移った瞬間に驚きから立ち直った彼は、二人の間に割り込むように入り、二本の剣を交差させるようにしてシグレの攻撃を防いでいた。
その隙を逃さない。
「……!」
デンカはフューレの右後ろに位置取るように後退する。前衛をフューレに任せ、彼女は中距離から支援するのが最善だと判断したのだ。勿論、後退と同時に短機関銃の引き金を引いていた。
乾いた発砲音。
シグレはそれを見て、弾けるようにフューレから離れる。そして今度は切り落とすのではなく、彼女は銃弾を回避した。
移動した先はシグレから見て右、デンカから見て左。つまり、フューレを間に挟んで銃弾の盾にするかのように移動していた。
これではデンカは満足に援護する事ができない。そしてそれだけではない。
シグレの周囲には未だに数個の球電が浮かんでいるのだ。一定間隔で出現し、シグレの意志によって移動しているのだろうそれはゆっくりとフューレの方へ漂っていく。デンカが避雷針を的確に創造しなければ、シグレと剣を切り結ぶフューレに確実に直撃するだろう。
だが――
「シャアッ!」
フューレが裂くような声を上げてシグレに直進した。右手と左手にそれぞれ握られた短刀を指揮者のように緻密に操作し、それでいて大胆に攻撃を仕掛ける。
彼に電球を気にする様子も、背後からデンカが撃っている銃弾を気にする様子もない。それらはすべてデンカに任せ、彼は目の前の敵に集中していた。
死ぬ事を恐れないフューレと殺す事を恐れないデンカだからこそ成立した協力関係だといえる。その連携は即席にしてほぼ完成の域にあった。フューレの『見来』を利用した攻撃とわずかな隙間を縫うようにして放たれる銃撃は、さながら絶え間のない連撃だ。
しかし――シグレは無傷だ。
二対一、それでも彼女には届かない。
超級の射手。
それでいて超級の薙刀使い。
それに加えて超級の能力者。
どれほどの才能があればこれほどの域に達するのか。それ以前に。どれほどの鍛錬を積めばその域に達するのか。
一年?
否。
十年?
否。
三十年?
―-否、それほど『短く』はない。
「貴様――」
両腕を絶えず動かしながら、フューレは睨み付けるようにシグレを観察する。
「『人間ではあるまい』」
沈黙。
その一瞬、すべての攻撃が止んだかのような錯覚すらあった。そして、シグレは微笑む。
「人間のはずがないでしょう?」
当然だと言わんばかりに、落ち着いた性格の彼女にしては挑戦的に、彼女は答えた。
人間なわけがない。
だからこそ、ライデン・シグレはアルヴェンスに騎士として見出されたのだ。ラッドクォーツに対抗する手札として。
「あなたたちは私より弱い。二人とも目が恐ろしく良いみたいだけど、体が付いて行ってないわ。特に料理人さんは」
「……」
「それに、騎士のあなたの方はもうすぐ『付いて行かなくなるわ』」
「……?」
フューレはいぶかしむように眉をしかめる。
何を言っているんだ? それは挑発の言葉だろうか。
それを察知したのは、攻撃を受けていたフューレよりデンカの方が早かった。
「まさか――!」
前方、フューレの隣まで飛び出す。もはや前衛後衛などと言っている場合ではないのだ。
拳銃を作りシグレに発砲。そして銃弾が防がれ、当然のように振るわれる事になった薙刀を、拳銃に取り付けたナイフで防御する。防御することを優先して考えていたからこそできる行動だ。
目的は薙刀に触れる事。
その目的がかなった瞬間にデンカは理解し、同時に体感した。手にわずかではあるが、痺れるような感触が流れたことを。
「その武器を……帯電させているのか!」




