「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」10-カミュ滞在初日―-思わぬ出会い、つながる縁―選抜試験まで、あと十五日
翌朝。
朝食を終えたカミュは、アランとともに換金所へと向かった。
「カミュ、エーデルの換金所は、四つの門の近くに設置されているんだ」
「へぇ、門の近くに一つずつあるんだね」
「ああ。外から来た人間は、必ず門を通ることになるからな」
アランは、換金所の場所を説明しながら、ふと思い出したように話を続けた。
「カミュは魔術師だから知っていると思うが、この城塞都市は、頑丈な城壁だけじゃなく、あらゆる方向からの魔法を防ぐ結界まで張り巡らされているんだ」
「へぇ……」
「噂じゃ、『シルヴァの魔動機』が使われているらしい。それも、ナンバーズがな。かの三賢者でさえ破れない結界だって話だ」
「それはすごいね」
「まあ、どこまで本当かは分からないけどな。とにかく、城壁と結界の二重構造で、この都市は守られているってことさ」
アランは、換金所の場所だけでなく、エーデルの防衛機構についても教えてくれた。
どうやら、世間知らずのお坊ちゃんだと思われているカミュに、いろいろと教えてくれているらしい。
「確かに、それなら、この広い都市全体を結界で覆えるのも納得がいくよ。普通の魔導士が城塞都市全体を結界で囲もうとしたら、どれだけ膨大な魔力と人数が必要になることか……。結界を維持するだけでも、大変なはずだからね」
「さすが魔術師だな。あながち間違いじゃない噂ってことか。俺は聞いただけだから、詳しいことまでは分からんが」
そう言って、アランは話題を変えた。
「それで、カミュが受ける選抜試験だが、どうやら王家の目的は、砂漠を緑地化するための『シルヴァの魔動機』を探すことらしいぞ」
「へぇ。確かに、エーデルンの大半は砂漠だからね。緑地化できれば、もっと豊かな国になるだろうね。でも……『シルヴァの魔動機』なんて、本当に砂漠にあるのかな?」
「これも噂だが、王宮にいる祈祷師がそう言っているらしい」
「王宮にいる祈祷師?」
「ああ。なんでも、予言の技能を持っているそうだ。本当かどうかは分からないけどな」
「ふーん……」
カミュは、何気ない様子で相槌を打った。
(そういえば、世界に三人しかいない、運命神サイファの加護を持つ者の一人がエーデルンにいるって聞いたことがあるな。王宮にいるのかな……。
それにしても、砂漠にシルヴァさんの魔動機か。確かに、あの人はいろんな場所で魔動機を作っては放置しているからなぁ……)
そんな会話を交わしているうちに、二人は換金所へと到着した。
カミュはアランから手続きの仕方を教わり、自分で受付を済ませることにした。
手続き書類とヴィルハーン金貨を受付に差し出す。
金貨を確認した受付の女性は、驚いたように目を見開いた。
「えっ? このヴィルハーン金貨ですか?」
「はい」
「この金貨なら、普通に両替するより、競売か古物商に持ち込んだほうがいいですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。このヴィルハーン金貨は、最近のものではありませんね。かなり古い金貨だと思われます」
受付の女性は、金貨を注意深く確かめながら説明を続けた。
「通常の金貨の両替価格と比べても、最低で五倍以上の値がつく可能性があります。ヴィルハーン金貨は、古いものほど金の純度が高く、意匠も凝ったものになっていくんです。そのぶん、価値も上がります」
「五倍以上……!」
「もし初期版なら、製造されたのは三百年ほど前になります。そうなると、よほど事情に疎い古物商でもない限り、買い取りではなく競売にかけることを勧めるでしょうね」
「えぇぇぇ!?」
カミュは思わず大声を上げた。
隣にいたアランは、驚きのあまり言葉も出ない。
カミュは困惑した顔で、アランを振り返った。
「ど、どうしましょう……?」
アランはしばらく呆然としていたが、やがて我に返り、考え込んだ。
(予定が狂いすぎだろ……。
これは、宿の隣にある冒険者向けの買い取り屋に相談してみるか。
それにしても、この子……トラブルメーカーなのか? 昨日から、いろいろありすぎる気がするんだが……)
気を取り直し、アランはカミュに提案した。
「古物商じゃないが、冒険者がよく利用する買い取り屋が宿の隣にあるんだ。いろんなものを買い取ってくれる店だから、そこで相談してみようか」
「はい! アランさん、よろしくお願いします」
カミュは受付の女性に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「親切に教えてくださって、ありがとうございます。両替ではなく、買い取りのお店に行って相談してみます」
「はい。よい取引になるといいですね」
「では、行こうか」
アランに促され、二人は換金所を後にした。
来た道を戻りながら、カミュは不思議そうに尋ねる。
「隣に買い取り屋なんてあったんですね」
「ああ。冒険者向けの宿の近くには、そういう店があるもんさ」
アランは、冒険者の仕事についても教えてくれた。
「クエストをこなしていると、予定外のお宝を手に入れることも多いんだ。基本的に、クエストの対象になっていないものは、冒険者の取り分になるからな」
「へぇ、そうなんですね」
「だから、手に入れたものを売れば、クエストの報酬より儲かることだってある」
「クエストなら、俺も旅の途中で何度かやったことがあるよ。でも、そういうことは、たぶんおじさんや母さんがやってくれていたんだろうな。知らなかったよ」
アランは、カミュの話を聞いて、内心でため息をついた。
(本当に、お坊ちゃんというか、過保護に育てられたんだな……。
そんな子を一人旅に出して、冒険者になれだなんて。せめて、こういうことくらい教えておいてやればよかったのに……)
そんなことを考えながら歩いているうちに、二人は宿へと戻ってきた。
すると――宿の前で、ハーブが一人の人間の戦士と剣を交えていた。
剣といっても、木製の模造刀だ。
それでも、二人が振るう剣には、風を切るほどの勢いがあった。
「グド! ちゃんと受け止めなさいよ!」
ハーブが叫び、相手に向かって勢いよく剣を振り下ろす。
「まずは十本ずつね!」
振り下ろすだけではない。
流れるような横薙ぎ、斜めからの斬り込み。次々と繰り出される剣筋は変幻自在で、見ている者を飽きさせなかった。
「すごいな……」
カミュは、思わず呟いた。
ハーブは十本の剣撃を終えると、ちらりとカミュを見て、少しだけ笑みを浮かべた。
「さあ、グド。交代よ!」
今度はグドが剣を振るう番だった。
グドは構えを整えると、ハーブに向かって踏み込んだ。
カミュは、その動きを見て少し不安になる。
(ハーブ、大丈夫なのか?)
同じ人間とはいえ、グドは男であり、ハーブより背も高い。見たところ、かなり屈強な戦士に見えた。
その剣撃は、まさに戦士のものだった。
勢いよく振り下ろされた剣が、ハーブに迫る。
「うわっ!」
カミュは、思わず声を上げた。
あの一撃を受ければ、ハーブはそのまま薙ぎ倒されてしまうのではないか。
だが、結果は違った。
ハーブは剣を合わせた瞬間、相手の力を受け流すように、グドの剣撃を巧みにいなしたのだ。
グドは怯むことなく、さらに剣を繰り出した。
ハーブよりも速い剣戟が、あらゆる方向から襲いかかる。
それでも、ハーブはすべてを受け流してみせた。
カミュは、思わず拍手を送った。
ハーブは満面の笑みを浮かべ、得意げにカミュを振り返る。
「すごいでしょ!」
「ああ、ハーブ、すごかったよ。それに、そっちの……グドさん、だったよね? グドさんもすごい。こんな腕の立つ戦士、そうそういないと思うよ」
突然褒められたグドは、照れくさそうに頬を掻いた。
そこへ、アランが声をかける。
「訓練するのはいいが、もう少し店の入り口から離れてくれ。危なくて、お客さんが入りにくいからな」
「はーい!」
ハーブは軽い返事を返した。
そして、にやにやしながらカミュに尋ねる。
「カミュ、換金の仕方は覚えたの?」
「うん……覚えたよ。でも、換金するのはやめて、売ることになったんだ」
「えっ? 売る?」
ハーブは意外そうに目を丸くした。
カミュも、少し困ったような顔をする。
「そう。売ることに……」
ハーブはアランへと向き直った。
「アラン兄ちゃん、どういうこと?」
「カミュの持っているヴィルハーン金貨が、普通の金貨じゃなかったんだ。かなり古いものらしくてな。換金所の受付のお姉さんが、親切に教えてくれたんだよ」
アランは、宿の隣にある買い取り店を指差した。
「それで、あそこのアロー買い取り店で相談して、買い取ってもらおうと思ってな」
ハーブは意地悪そうな顔で、カミュを見る。
「へぇ。カミュって、そんな金貨で宿代を払おうとしてたのね」
「しょうがないだろ。知らなかったんだから……」
カミュは少し顔を赤くした。
ハーブは、くすりと笑った。
「じゃあ、頑張って高く売ってきてね。で、またご飯を奢ってよね!」
「ああ。頑張るよ」
カミュは苦笑しながら答えた。
「さあ、カミュ。アローの店に行くぞ」
アランに促され、二人は宿の隣にあるアロー買い取り店へと向かった。
店に入ったカミュは、初めて見る光景に目を輝かせた。
発掘品と思しき剣や杖、プレートメイル。薬草に、宝箱らしきものまである。
さまざまな品が所狭しと並べられ、その奥には一人の男がいた。
アランが声をかけようとした、そのとき。
「アラン、珍しいな。お前が来るなんて。何かいい話でもあるのか?」
男の方から、先に声をかけてきた。
「やあ、アロー。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
アランはカミュに向き直った。
「カミュ、金貨を出してくれ」
「はい」
カミュはすぐに金貨を取り出し、アローと呼ばれた男に手渡した。
アローは金貨を受け取ると、軽く眉を上げた。
「おお、ヴィルハーン金貨じゃねえか」
片目に鑑定用のルーペを当て、金貨を念入りに調べ始める。
それほど長い時間ではなかったはずだ。
しかし、じっと待つカミュには、ずいぶん長く感じられた。
やがて、アローは顔を上げた。
「これを買い取ればいいのか?」
アランは、換金所で聞いた話を説明した。
「なるほどな。確かに、この金貨は値打ちもんだ。こんなもんを換金所で両替するのは、もったいない話だな」
アランが困ったように言う。
「カミュは、これをエーデルの貨幣に替えないと生活できないんだよ。アロー、どうすればいい?」
「そうだな……」
アローは少し考え込んだ後、説明を始めた。
「まず、この金貨だが、初期版じゃないものの、かなり古い。俺も詳しくは分からねえが、おそらく第三期か第四期。二百年ほど前の代物だろうな」
「二百年前……」
「換金所の姉ちゃんが言ったとおり、競売にかけるのが一番だろう。状態もいい。かなりの高値になるはずだ」
そう言うと、アローはパイプを取り出し、火をつけて煙をくゆらせた。
カミュとアランは、競売という言葉に、そろって困ったような顔をした。
それを見て、アローは再び口を開く。
「そこの坊やが、これをエーデルの貨幣に替えないと生活できないってんなら、とりあえず俺が仮で買い取ってやってもいい。最低でも五十万エーデルだ」
「五十万……?」
「ああ。換金所の姉ちゃんが言ってた、通常の両替価格の五倍ってところだな。今のヴィルハーン金貨の相場は、十万エーデルほどだからよ」
アローはパイプをくゆらせながら、話を続けた。
「俺が次の競売――オークションに出して売りさばく。俺の手数料は、売れた金額の三割。どうだ?」
カミュは不安そうにアランを見た。
アランにも、その条件が妥当なのかどうか、判断がつかなかった。
ただ、アローとは宿を開いた頃からの付き合いだ。悪い噂を聞いたこともない。
アランは、カミュの肩に手を置いた。
「カミュ。これはお前の金貨だ。決めるのは、お前自身だよ」
「うーん……」
カミュは考え込んだ。
(どうしよう……。ほかの店でも聞いてみたほうがいいのかな。でも、それも面倒だし……。
この条件でいいことにすれば、当面の生活には困らないんだよな……)
そのときだった。
カミュの頭の中に、声が響いた。
(カミュ。そいつ、少し怪しいぞ)
(えっ!?)
カミュは驚いて、店の入り口を振り返った。
そこには、一羽の鷹――アレスが立っていた。
(怪しいって?)
カミュは念話で問いかける。
(何か、嘘を感じる。といっても、大きな嘘じゃないみたいだがな)
カミュはアローへと向き直った。
「アローさん。手数料の三割っていうのは、相場なのかい?」
アローは、にやりと笑った。
「なかなか目の付け所がいいな、坊や」
「俺は坊やじゃない。カミュっていうんだ。で、手数料はどうなんだい?」
少し憤慨しながらも、カミュは質問を続けた。
アローは、そんなカミュを見直したようだった。今度はごまかすことなく、説明を始める。
「ばれちゃしょうがねえな。オークションについて説明してやるよ」
アローは指を一本立てた。
「まず、出品手数料ってもんがある。品物の価値や大きさによって変わるが、金貨一枚なら、普通はたいした額にはならねえ。ただ、この金貨は別だ。価値はおそらく百万エーデルを超える。いや、二百万に届くかもしれねえ。とにかく、値打ちもんだ」
アローは、パイプを口から離した。
「そうなると、出品手数料は固定額じゃなく、売価に対する割合になる。おそらく二割は取られるだろうな」
「二割……」
「俺の取り分が三割なら、売価の五割がカミュの取り分になる。そこから、先に俺が立て替えた五十万エーデルを差し引くわけだ」
アローは具体的な数字を挙げた。
「つまり、百万で売れた場合、俺に三十万、出品手数料に二十万。カミュの取り分は五十万だが、そこから先払いした五十万を引けば、手元には何も残らねえ」
「なるほど……」
「二百万で売れた場合は、俺に六十万、出品手数料に四十万。カミュの取り分は百万。そこから立て替えた五十万を引いて、残りの五十万が手元に入るってわけだ」
アローは、カミュの反応を確かめるように一度言葉を切った。
「だから、代理でオークションに出す場合は、こうやって説明したうえで、売れた金額に応じて手数料をもらうのが普通なんだ。まあ、代理オークションの手数料なら、売価から出品手数料を引いた利益の二割ってところが相場だろうな」
その説明を聞きながら、アレスが念話を送ってきた。
(今度は大丈夫だ。嘘は言っていない)
(ありがとう、アレス。騙されずに済んだよ)
(この貸しは、夕飯に鶏一羽でいいぜ)
(ああ、分かったよ。あとでアランさんに頼んでおく)
カミュはアローに向き直った。
「じゃあ、相場どおり、利益に対して二割の手数料で頼むよ」
アローは、にやりと笑った。
「ああ、分かった。これからもよろしくな。カミュとは、うまく付き合えそうだぜ」
その一連のやり取りを見ていたアランは、カミュを少し見直していた。
(お坊ちゃんだと思っていたが、案外、抜け目ないもんだな)
もっとも、アレスの助言がなければ、そのまま最初の条件で契約していただろう。
そんな事情までは、アランには分からなかった。
カミュは契約書にサインし、アローから五十万エーデルを受け取った。
そして、それを何気ない様子でサイドバッグへとしまい込む。
アランは、その様子を見て目を丸くした。
「……それ、マジックバッグか?」
「はい。そうですけど、どうかしました?」
カミュは、なぜそんなことを聞かれたのか分からず、首を傾げた。
アランは、呆れたように内心で呟く。
(やっぱり、お坊ちゃんだな……。マジックバッグがどれだけ高価なものか、分かってないぞ)
「いや、確かめただけだ。だが、あまり人前で、マジックバッグだと分かるような使い方はしないほうがいいぞ」
「そうなんですか……。分かりました」
カミュは不思議に思いながらも、これからは気をつけようと考えた。
一方、アローはというと――。
(こいつは、いい客になるかもしれねえな。アランも、いい奴を紹介してくれたもんだ)
その顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
「カミュ、次のオークションは一か月後くらいだ。その頃に受け取りに来てくれ」
「はい。でも、その頃には冒険に出ているかもしれないので、時間ができたら来るようにします」
「もしかして、月の砂漠の探検隊か?」
「はい。そのつもりです」
「なら、その冒険で何か手に入れたら、また持ってきてくれ。本来、そっちが俺の本業だからな」
「はい。そのときは、またよろしくお願いします」
二人のやり取りを聞いていたアランは、内心で苦笑した。
(アローの奴、ちゃっかりしてやがる。きっと、いい客を見つけたと思っているんだろうな)
こうして、アランとカミュは買い取り店を後にした。
宿の前に目を向けると、ハーブとグドは、まだ訓練を続けていた。
(まあ、まだそれほど時間は経っていないしな)
そう思いながら宿の方を見たカミュは、入り口の前に置かれた椅子に、一人の人物が座っていることに気づいた。
黒いマントに身を包んだ男だった。
(カミュ、気づいたか? いくつかの精霊を従えているところを見ると、かなり高位の精霊使いだろうな)
カミュが男に気づいたのとほぼ同時に、アレスが念話で話しかけてきた。
(ああ、気づいたよ。精霊たちは自由に動いているみたいだ。強制的に使役しているわけじゃなさそうだな。ちょっと、どんな人なのか確かめてみるよ)
(えっ?)
アレスは、カミュの返答に驚いた。
(じゃあ、俺もついていくよ)
そう言うと、アレスは宿の向かいにある建物から飛び立ち、カミュの肩へと降り立った。
突然、鷹が肩に飛び乗ってきたため、アランは驚いて目を見開いた。
「カミュ、その鷹は使い魔か何かなのか?」
「こいつですか? 相棒のアレスです」
そう答えたカミュは、ふと思い出したようにアランへ尋ねた。
「アランさん。鶏を一羽、調理する前の状態で欲しいんですけど、いいですか? アレスにあげる約束をしていたんで」
「ああ、一羽くらいなら何とかなるはずだ。レジェに頼むといい。あと、宿代もレジェに払っておいてくれよ」
「分かりました」
カミュは頷くと、宿の前の椅子に座っている精霊使いのもとへと歩いていった。
「こんにちは。ちょっと、いいですか?」
カミュが話しかけると、男は少し低い声で答えた。
「なんだね?」
(男……だよな? しかも、人間? それともハーフかな?)
カミュは、男の姿を観察した。
男の周りにいた三体の精霊たちも、主人に似た反応を見せる。
「なんだい?」
「なんだよ?」
「なんだー!」
三体の精霊は、それぞれ違った調子でカミュを警戒した。
カミュは、興味深そうに精霊たちを見つめた。
「精霊たちが自由にしていたので、ちょっと興味が湧いたんです。たいていの精霊使いは、精霊を強制的に使役しているでしょう? こんなふうに自由にさせているのは珍しいなと思って」
「私は、精霊使いとはこうあるべきだと思っている」
男は、静かな声で答えた。
「精霊の思いに寄り添い、心を通わせてこそだとな」
そして、カミュの顔をじっと見つめた。
「精霊が見えるだけでなく、その様子まで分かるとは……。なかなか、よい目を持っておるな」
「いえ、俺の住んでいた村では、精霊を自由にさせるのは当たり前の光景だったんです。でも、旅の途中で出会った精霊使いは、強制的に使役する人ばかりで……。だから、なんだか嬉しくなっちゃって」
カミュは、改めて名乗った。
「俺はカミュっていいます」
そして、肩に乗ったアレスを指差す。
「こいつは、俺の相棒です」
男は、少し驚いたように目を細めた。
「私はラージェン。精霊の導きに従い、旅をしている者だ」
ラージェンはアレスに目を向けた。
「それにしても、珍しいものを連れておるな。契約で結ばれているのではなく、対等の関係とは……。なかなか興味深い」
カミュは、その言葉に驚いた。
「えっ? アレスのことが分かるんですか?」
「それだけの魔力を放っている鷹など、そうそうおらんからな」
ラージェンは、周囲の精霊たちを指差した。
「ほれ。精霊たちが少し怯えておる」
カミュは、やや呆れた顔でアレスを見た。
「そっか……。そりゃそうだね」
(アレス、放つ気配に気をつけてくれよ)
(ああ、すまない。気をつける)
アレスは、自らの気配を制御し直した。
その変化を、ラージェンは見逃さなかった。
「頭のいい奴じゃな。もう、放っている気配が普通の獣のそれに変わっておる」
そう言って、ラージェンは何かを思い出したように目を細めた。
「そやつを見て思い出した。アレスの主人は、XXXXXXXX殿ではないか?」
カミュは驚いた。
ラージェンが口にしたのは、聞き取ることのできない、意味不明な音だった。
「ええい、面倒なことじゃ。禁忌とはいえ……」
――禁忌の音並び。
この世界には、特定の意味を持つ言葉の発音を、神によって禁じられたものがある。
禁忌に触れる言葉は、ノイズの混じった音へと変換され、聞き取ることができなくなるのだ。
そして、その対象には、特定の人物の名前も含まれていた。
だが、カミュはラージェンの口の動きから、その言葉を読み取っていた。
「ラージェンさん……。母さんを知っているのかい?」
「ああ。お前の母親だけじゃない。父親のことも知っておる。昔、ほんの少しだが、一緒に旅をしたこともあってな」
ラージェンは、改めてカミュの顔を見つめた。
「そうか……。お前は、あの人の子か。お前の両親と別れた後、子供ができたとは聞いておったが……」
「こんなところで、母さんを知っている人に会えるなんて……」
カミュの声には、驚きと喜びが滲んでいた。
「なるほどな。精霊たちを自由にさせておる村で育ったのか。そこの村長も知っておるよ。私の師匠の一人でな」
「えっ、村長が?」
「そうじゃ。私もその村で、お前の両親に会ったんだよ」
ラージェンは、懐かしむように目を細めた。
「私も驚きじゃ。まさか、こんなところで、お前に……あの人の子に会えるとはな」
そう言うと、ラージェンは少し考え込んだ。
(本当に、なんという運命だ……。神は、精霊神様は、どこまで見通したうえで、私をここへ導いたのか……)
一方、カミュは別のことにも驚いていた。
「えっ、ラージェンさんって何歳なんですか? 見た感じ、四十歳くらいに見えるけど……。俺の両親と旅をしたことがあるって……人間なんですよね?」
ラージェンは少し考えた後、にやりと笑った。
「ふふ。それは内緒じゃよ」
「ええっ?」
「まあ、人間ではあるがな。この世界には、寿命や見た目の若さを超越する手段など、いくらでもある」
ラージェンは、どこか楽しげに続けた。
「かの三賢者も人間だが、四百年以上も生きておるしな。……まあ、私を三賢者と比べるのは、さすがに言い過ぎかの」
「だから、変な人なのね」
突然、横から声が割り込んだ。
「ハーブ! その言い方は、ちょっと……」
カミュは、あまりにも唐突な登場に驚いた。
しかし、ハーブはまったく気にしていない様子だった。
「今日は三体も出ているのね」
ハーブは、ラージェンの周りを飛ぶ精霊たちを眺めた。
「この前は水の精霊さんだけだったけど、今日は風の精霊さんと土の精霊さんもいるんだ。三体も一緒にいるなんて、ラージェンさん、すごいのね!」
普通の精霊使いが使役する精霊は、一体だけということが多い。
一体だけでも、その力を借りるには相応の魔力と制御能力が必要になるからだ。
高位の精霊使いであっても、同時に二体を扱うのが限界だと言われている。
精霊同士にも相性があるため、三体もの精霊と同時に行動できる者は、極めて珍しい。
ラージェンは、得意げに胸を張った。
「私がすごいと言ってくれても構わんが、実は『精霊親和』というギフトを、たまたま持っておってな。どんな精霊とも仲良くできるんじゃよ。だから、相性も問題にならんというわけじゃ」
ギフトとは、神からの贈り物と呼ばれる、生まれながらに備わった能力を指すことが多い。
訓練によって後天的に身につけるスキルとは異なり、本人の努力だけでは得ることが難しい希少な能力である。
神など、人知を超えた存在から後天的に授かる場合もあるが、いずれにせよ、その希少性ゆえに重宝されることが多かった。
「ギフト持ちなんて、もっとすごいじゃない。もしかして、自慢してるの?」
「ははっ、分かったかの。単にすごいと言われるだけでは、つまらんと思ってな」
ラージェンは悪びれる様子もなく笑った。
「だが、精霊使いにとっては、これほどありがたい能力もないからな」
ハーブは、得意げなラージェンの顔を見て、呆れたように呟いた。
「本当に、変な人ね」
「それはそうとして……お腹が減ったわ!」
ハーブは、突然カミュの方を向いて言い放った。
カミュは、もう少しラージェンと話をしていたかった。
しかし、昨日知り合ったばかりのハーブが、腹を空かせたまま待ってくれるとは思えない。
カミュは諦めたように肩をすくめた。
「分かったよ、ハーブ。昼ご飯にしようか」
ハーブは、今度はグドへと向き直った。
「グド! あなたも来なさいよ!」
「俺もか?」
「そうよ! カミュが奢ってくれるわ!」
そう言って、ハーブは満面の笑みをカミュに向けた。
カミュは少し呆れながらも、苦笑して答える。
「ああ、分かったよ。しょうがないなぁ」
そして、宿へと向き直った。
そこへ、一人のグラスランナーが姿を現した。
「俺もいいかい?」
ロブだった。
カミュは驚き、それから呆れたように笑った。
「ああ、分かったよ。みんなで食べよう……」
カミュを先頭に、ロブ、ハーブ、グドの順で、四人は宿へと入っていった。
その様子を、宿の主人であるアランは、外から眺めていた。
「……カミュは、大丈夫なんだろうか」
アランは、心配そうに呟いた。
そして、その近くでは、アレスもまた、カミュの行く末を案じていた。
(運がいいのか悪いのか……。周りに恵まれているのか、いないのか……)
アレスは、ハーブたちの姿を目で追った。
(まあ、ハーブも関わっていることだしな。ちゃんと面倒を見てやるか)




