「王国陰謀編」序章(プロローグ)
灼熱の陽光が、容赦なく大地を照らしていた。
そこは、どこまでも続く不毛の砂漠。
視界を埋め尽くすのは、果てのない黄砂の海だった。
その砂漠の只中で、一輌の馬車が激しく燃え上がっていた。
炎は車体を包み込み、黒煙が空へと立ち上っている。
その燃えさかる馬車を、一人の男が静かに見つめていた。
漆黒の衣をまとった男だった。
その口元には、薄い笑みが浮かんでいる。
――邪悪な笑みだった。
男は、ゆっくりと片手を天へと差し伸べる。
そして、指先をわずかに動かした。
何かを唱えるように、低い声が漏れる。
聞き取ることのできない、呪文のような言葉だった。
次の瞬間。
男の手が、燃えさかる馬車へ向けて鋭く振り下ろされた。
――刹那。
凄まじい爆音が、砂漠を震わせた。
炎に包まれていた馬車が、一瞬にして粉々に吹き飛ぶ。
無数の破片が砂煙とともに舞い上がり、やがて何事もなかったかのように、黄砂の中へと消えていった。
男は、吹き荒れる爆風の中に立っていた。
そして、衣の袖についた黒い砂を、まるで埃でも払うかのように優雅に払い落とす。
「これで、この国は俺のものだ」
その言葉には、国の命運を大きく変えた者とは思えないほどの、冷たい退屈さが滲んでいた。
男は、それ以上何も語らなかった。
踵を返すと、傍らに待たせていた軍馬へと跨る。
その周囲には、幾人もの従者が控えていた。
黒衣の男は、彼らを従え、砂丘の彼方へと姿を消していった。
あとに残されたのは、静寂だった。
先ほどまでの爆音が嘘だったかのように、砂漠は再び静けさを取り戻していく。
燃え尽きた馬車。
舞い上がる砂塵。
そして――荒涼とした死の景色。
そこには、生きている者など誰一人として残されていない。
そう思われた。
――どれほどの時が流れたのだろう。
爆散した馬車の残骸から、いくらか離れた場所。
不意に、砂地が大きく盛り上がった。
そして――。
一人の男が、砂の中から這い出してきた。
全身に傷を負い、息も絶え絶えだった。
身につけている装具を見れば、それが兵士のものであることはすぐに分かる。
胸元には、エーデルン王国の紋章。
そして、その隣には、近衛騎士団長の任を示す勲章が輝いていた。
男の名は、キース。
満身創痍の身体をどうにか起こす。
足元は覚束ない。
それでも、キースは歩き始めた。
向かう先は、王都。
「は……早く……帰らなければ……」
一歩。
また一歩。
血に濡れた足を引きずりながら、キースは前へ進む。
「王女様が……危ない……!」
掠れた声は、砂漠を吹き抜ける風に飲み込まれていった。
意識は、とうに朦朧としている。
それでも、胸の奥には一つの思いだけが残っていた。
――自分は、間違えた。
その後悔が、何度も胸を刺す。
ふと、遠い過去の記憶が蘇った。
『キースよ。剣だけでなく、神聖魔法も学びなさい』
かつて、慈愛に満ちた司祭がそう言った。
『いつか、それが自分を、そして誰かを救う力となる』
あのときの自分は、その言葉を聞き入れなかった。
剣さえあればいい。
騎士ならば、剣一本で十分だ。
そう思っていた。
――愚かな自分を、今になって悔やむ。
自らの傷を癒やす術すら持たない騎士にできることは、ただ一つ。
血の滲む足取りで、王都を目指すことだけだった。
「姫……!」
己が剣を捧げた、ただ一人の王女のために――。




