3 決戦前の魔神たち
SIDE ルシオラ
「決戦が近いわ」
小柄な美女の姿をした魔神ルシオラが、かたわらにいる大柄な男の魔神ヴァイツに言った。
ここはガイアス帝国、帝城の深奥──。
魔神たちにあてがわれた場所である。
「王国の連中とやり合うわけだな」
「ええ、今までにないほど大規模に、ね」
「奴も当然出てくるんだろうな? ヅェルセイルを殺した騎士も」
「でしょうね」
「へへへ、俺がこの手で八つ裂きにしてやるぜ……」
ヴァイツがニヤリとして言った。
残忍な性格そのままに、喜悦の笑みを浮かべていた。
「前にも言ったけど、人間を侮らないで。彼の戦闘能力は、少なくともヅェルセイル以上よ」
「なーに、奴は油断しただけさ。本気を出せば、俺たち魔神が人間ごときに」
「ヴァイツ、私は『人間を侮るな』と言ったわ」
ルシオラが軽くヴァイツをにらむ。
「私に二度も忠告させるほど、お前は頭が悪い男だったかしら?」
「っ……! い、いや、すまねぇ……少し調子に乗ったかもな」
「理解してくれればいいのよ」
微笑むルシオラ。
と、足音がして、新たな魔神が歩いてきた。
「ガラード、その傷は?」
ルシオラが眉を寄せる。
中年紳士の姿をした魔神は、両腕を失っていた。
「へっ、情けねぇ野郎だ。人間ごときを相手に逃げ帰るとはな!」
「……恥ずかしながら不覚を取りました」
ヴァイツの嘲笑にガラードが全身を震わせる。
「やめなさい、ヴァイツ。ガラードも必要以上に恥じることはないわ」
ルシオラが仲裁した。
「人間は侮れない。前に言った通りよ」
「確かに……特に聖剣使いはかなりの戦闘力でした」
と、ガラード。
「しかも奴らは二本目の聖剣──オーディンを手に入れた可能性が高いわ。さらに手ごわくなった、ということよ」
ルシオラはガラードに向かって手をかざした。
「魔神スキル──【時空修復】」
その手から淡い光が飛んだかと思うと、ガラードの両腕が瞬時に元通りになる。
「おお……ありがとうございます、ルシオラさん。あいかわらずの術の冴え」
「あなたも有用な戦力だもの。こんなことで離脱してもらっては困るわ」
礼を言うガラードに、ルシオラが言った。
「今や魔神はたった十六柱しかいないのだから──」
「朗報。今度の戦いはあたしたちも出ていいって、正式に許可が出たよ」
新たにやって来たのは、蠱惑的な美貌の魔神ジゼルグだった。
「今までは、あたしらも『アレ』に力を注いでばかりで戦う機会がほとんどなかったけどさ、さすがにそうもいってられないよねぇ」
笑うジゼルグ。
「あたしとガラード、ヴァイツ、そんでルシオラ。四柱の魔神に出撃許可を与える、だってさ」
「四柱も……」
ルシオラがつぶやく。
軽い驚きを交えて。
「最初からあたしらを出撃させてれば、王国なんて一瞬でぶっ飛ばせたのにねぇ」
「奴らの側からも得られる情報がある。それに我らの目的を達するためには、いくつもの『段階』がある。それを成し遂げられるのは皇帝だけよ」
ルシオラが言った。
「回りくどく感じようとも、今は奴の指示に従うのが得策でしょう」
「確かに、回りくどいにもほどがあるぜ。なんで俺たちの目的を果たすために、人間の力が必要なんだか……」
「仕方がないわよ。『扉』を開けるのは人間だけだもの」
ルシオラが不満げなヴァイツをなだめた。
「その目的を達成するまで、私たちは彼らの指示に従う。どれだけ犠牲を払っても、ね」
ルシオラは懐から一輪の花を取り出す。
「ん? なんだ、それ」
ヴァイツが眉を寄せる。
「あの子が好きだった花よ」
「あの子?」
「私の娘──」
ルシオラは遠い目をした。
「王国の騎士に殺された、娘よ」
言って、想いを馳せる。
先の戦いで殺された人型の魔獣少女──ミスティに。