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最終話 落日

 清十朗は赤い夕焼けの空に凄まじい血の奔流を噴き上げて倒れ伏した。


 背中越しにその音が途切れるのを聞くと、

「……終わった」

 呟いたリィン・マクベスがゆっくりと剣を下し、空を見上げた。


 そのまま感慨にふけっているような彼から一つ、また一つと魔法で作り身に着けていた武器が消えていった。そしてそれら全て消えると片手に光を灯しそれを刀身に沿わせて血を拭った。剣を鞘に納めた彼は次いで清十朗を見もせずに歩き出した。オーシャコットの遺体の方へ。歩きながら彼が指笛を吹くと近くの岩場の陰から現れたのは二頭の馬であった。彼はその馬たちを近くへ呼ぶと、オーシャコットの巨体を担ぎ上げて馬に乗せ、自らも別の馬に跨った。


「帰ろう、二人とも。バウルン。ついて来い。この光について来い」


 光を灯した手を上げ、もう一方の手で手綱を握ったリィン・マクベスは走り出した。二頭の馬は間もなく地平の彼方へ走り去っていった。

 蹄の音が遠く聞こえなくなると、場は一切の静寂と化したようであった。弱い風はあり、草は靡くが不思議とそれが一層寂幕とさせている。まさに、ここはもはや生命なき無の空間。


 その時の流れぬような場に、それでも少し時間が経つと一人の人間がやって来た。やって来たというより突如現れた。その人物は清十朗の側へ歩み寄ると、

「……こうなってしまいましたか」

 と言った。


 聖女であった。

 彼女はその惨たらしさにも構わず首と腕のない清十朗を表情なく見下ろしている。その静かな瞳の奥にどんな感慨が浮かんでいるのか、ここに誰がいても読むことはできないであろう。

 聖女はふいにしゃがみ込むと清十朗のうつ伏せの体を仰向けにひっくり返した。続いて側の刀を取ると彼の胴体の上に丁重に乗せ、断たれた両腕もそれを抱かせるように乗せて最後に頭も乗せた。清十朗の体をまとめた彼女はその胴体と脚の下に腕を差し入れて彼の体を横抱きに抱え上げた。

 その瞬間、周囲の景色は変わっていた。草を踏んでいるのは同じだが、前方に砂場が現れた。海の匂いのする砂場であった。例の砂浜である。すでに撤退したのか、今はもう幕府軍もソーラコア兵たちも誰もいなかった。聖女はそこへ歩んでいくと草と砂場の境目から少し進んだところに清十朗を横たわらせた。

 立ち上がって、見下ろし、聖女は言った。


「……そろそろアスファイヤ大陸は帰ります。まだこの世に留まれる限界まで猶予はありますが、あなたがこうなった以上、もう残っている必要もありません。そして帰って、魔族たちとまた戦うことになるでしょう。そのときにはわたしも戦場に出ることになるはず。……けれど、どうなるものやら。……」


 しばしの間、聖女は清十朗を見下ろしていた。その彼女が、やおら顔を振り上げた。その目の先にはもうすぐ沈もうとする太陽があった。


「もう……陽が落ちます」


 聖女は踵を返して歩き始めた。草の上に戻った彼女は立ち止まると、再び振り返った。白いドレスと手を清十朗の血に濡らした聖女。佇み、草と砂の境界の先から日本側の風景を眺めている彼女の頭天でどこかから雲が急速に集まり、雲自体も膨らみ増殖していた。

 天は雲に覆われた。それ自体が明らかに紅く染まったその瞬間、頭天の雲が一気に地上へ落ちてきた。草と砂を境にして。そして地上に広がるそれが霧消したとき、もうそこにはなにもなかった。聖女も、大地も。ただ海の水のみが昔日の様子を取り戻していた。波の音が寂々と響き始めた。

 やがて夜となった。寄せてくる波は横たわる遺体を濡らしている。暗天の空の下、悠久の波に新瑞清十朗はゆったりと揺られていた。いつまでも、いつまでも――。



 善悪を超越せし忍者たち――以後、彼らの活躍はあまり聞かない。

無事、完結できました。

また「大仏みたいな鏡餅」という作者名を見かけることがありましたら読んでいただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

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