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二話 負けてもくじけぬソーラコアの兵士たち

 四日後の朝、王都にある城に兵たちの行列が入ってきた。魔族たちに落とされたという例の城塞に詰めていた兵たちであった。負けこそしたものの帰ってきたことは間違いなくめでたく、また素晴らしい快晴であったから彼らが城下町を通るとき多くの民衆たちはそれを出迎えた。しかし、彼らを見て晴々しい顔をした者はあまりなかった。


 四百人余りにも及ぶ兵団の行列なのだから厳めしさや重厚さは元々あるだろうが、それよりも民衆たち並びに城で出迎えた者たちを閉口させた痛ましい姿よ。――馬に乗っている者もある。歩いている者もある。何事があったのかもはや用を為さぬであろうほど壊れた鎧を着た者もある。それよりさらに物凄く、ほとんど全裸同然、ぼろぼろの服がまといついているばかりになった者もある。それらがみな、薄汚れた顔をしっかりと上げ前を見ながらしかし未だに戦いが続いているかのような殺気をはらんだ血走った目をしていた。これこそ魔族との戦いの厳しさや徐々に王都に迫ってきているという彼らの恐ろしさを如実に示すものに他ならない。


 敵の恐ろしさといえば――未だ戦いが続いているような血走った目、とは言ったが、戦いを終え、しかも城下町に帰ってくるまではずっと走りっぱなしであった兵たちは、城に入り兵舎につくとさすがにそのことを忘れ、物を食い水を飲むのもそこそこに三日三晩、時折起きては食事をとる以外はほとんど眠りこけてしまった。これはいかに勇猛精悍の兵たちといえど当然である。ただその中に、着いて早々食事をして一息ついただけで眠りもせずに王の下へ参上したこれもある意味で恐ろしい者たちがいる。


 ソーランド王国兵科兵団、その部隊の隊長を務める二人と、それを補佐する三人の者たちであった。


 彼らは身体を洗い、服を着替えると、王への報告のためと続けて行われる会議とも言えない王による意趣伺いを受けるために城内の会議室に入った。さすがは実力は当然のことながら礼の心もまた求められる王国の名を冠する公的な兵団に属する者たち――会議室に入った彼らはテューマー王がまだ来ていないと見るや、彼らもたいそう疲れているだろうにそこにある巨大な円卓の席に着かずに立って王を待った。


 会議室は先ほど書いた巨大な円卓といい、天井に吊り下げられた目もくらむようなシャンデリアといい、時にここでは会議をしながらの会食も行うのかもしれない――甚だ雄大で華々しい豪華な部屋であった。そしてこの会議室には一人の先客がいた。その先客とは伸ばしっぱなしの白髪を背に垂らした痩せた老人、ジルマであった。こんな場にわざわざ呼ばれているということはこのジルマはやはり一角の人物に違いない。そんな彼は円卓の側に立つ隊長たちに目もくれず、うなだれたまま目を閉じ紙粘土の置き物みたいに円卓の椅子に座っている。隊長たちはこの老人のある種の傍若無人さというか、世間の感覚に迎合しないところをよく知っているのか特に何も言うことなく、代わりにその内の若者がこんなことを言い出した。


「……ああっ、それにしても陛下はお叱りになるでしょうか?」


 不安げに言ったのは十五、六の少年であった。少年だが背が高く、腰に剣を差していることからどうやら一介の戦士らしい。だが頬の線は初々しくふっくらとして、沈痛から眉を寄せている顔はそれでものんびりして見えるというあまり戦士らしくない少年であった。緑色の髪をしてまさに若木のように素朴そうな彼はそれほど悩乱しているのか、「ああ嫌だ!」と両手で頭をかきむしった。


「止めろ、ユールズ。みっともない」


 と、その彼をこの場にいる二人の若者のうちのもう片方がぴしゃりと諌めた。

 年は一七、八であろう。ユールズと呼んだ彼とは兄弟に違いない。たしかに彼と同じ緑色の髪をしてその面影に共通するところがある――。ただ、弟らしいユールズとは違ってスラリとし、若くしてすでに四角四面、謹直真面目、少年官僚みたいに荘重な様子のある男であった。名前をオネストという。


 諌めたオネストにユールズは頭をかくことこそ止めたものの、しかし、


「でもさ、兄さん。兄さんだって叱られるのは嫌だろ? それに何しろ親に怒られるのとはわけが違う。怒っているかもしれないのは陛下だぞ、陛下。この国の王様だぞ!」


 と食いついた。


「まあ、そんな言いようされたら俺も叱られるのは嫌だよ。けど必死にやったとはいえ、お役目果たせなかったのは事実だ。ただそれでも陛下は我らを逆上のままに害されるような御人ではない。懸命にやったならそれを認め、お許しくださるお人柄だ。ならば口によるお叱りぐらいは受けて仕方あるまい」


 兄にこう返されたユールズは一度は納得したように「うぅん……」とうめいた。テューマー王についての人柄は彼もまた信頼しているところらしい。しかし、それでも間もなく頭を抱え、「でもなぁ」と呟いた。


 そんな煮え切らない彼に苛立たしげに声をかけたのは兄とはまた別の人物であった。


「ええい、そんなに叱られるのが嫌ならば兵舎に戻って寝ておれや。お前は別に隊長ではないのだから必ずしもここにいる必要はないんだからな」


 自分もユールズのように頭をかきむしって言ったのは、オネストユールズ兄弟とはまた違う隊長を補佐している男であった。ただ兄弟と違って若くもない、三十ばかりの男であった。名前をバウルンという。

 彼にこう言われたユールズはまた「むうぅ……」と口を尖らせたが、やがて、


「……お前は隊長ではない、と言うが、自分だって隊長などではない、しかも副隊長ですらない御人ではありませんか」


 とぼそり呟いた。別にユールズからしてみればこの言葉は当人に聞かせるつもりで言ったものではないだろう。心中に呟いた言葉が尖って薄開きになった口からつい漏れてしまったに違いない。彼が悪口に対し悪口を以って相手を打ちのめそうとする気概のある人間とは到底見えないからだ。しかしどうであれ、バウルンは彼の側近くに立っているのだからその言葉はばっちり当人に聞こえていた。


 兄オネストが「こらっ」と叱るのと同時にバウルンは右手で目元を覆った。そして何か言いたげに口をパクパクと動かした。だが何も言わない。思えば相手は十五さいなのだから、ここで罵り返すのは大人げないと考えたのかもしれない。代わりに、かえって彼は苦い笑いをたたえて言った。


「まあ、お前も知っての通り俺は隊長殿とは一体の者であるからな。とは言え、俺は別に今回のことで責任を取ることはせん。責任は隊長殿にとっていただく。なにしろ、俺は事実、副隊長ですらない。お前もそうだ。だからお前もそうしろ。そうすれば叱られようとそこまでのことでもないだろうが」


 その隊長を前にぬけぬけと言いも言いきったり。むしろこれを公然と口にしたのだから潜み音のユールズよりよっぽど始末が悪い。当人である彼の隊長が呆れたように、


「お前、一体の者だと言った側から責任逃れとはどういうこった」


 と言った。


「いまも申したが俺は副隊長でも何でもないので。責任は隊長がとってくだされよ」


「まあ、戦場に出た兵士の生き死は半ば自己責任とはいえ、名目上、指揮を執っていた人間の一人は俺だし、今回のことで咎めがあるなら受けるがな。一体の者だと言うのなら責任ぐらい一緒にとってくれや」

「嫌だ。何度も言うがしょせん俺は副隊長にもなれない男なので」


 バウルンの明らかに含むところがある言葉に彼の隊長はニンガリと笑った。


「お前が副隊長ではないのは俺とお前が一心同体、二人で一人、一組だからこそ凄まじいからじゃないか。要はお前と二人で隊長なんだ」

「だったら何でお前が隊長で俺は平なんだよ! 逆でも別にいいだろうが。平隊員でしかない俺が今回みたいな重そうな責任をとるなんて俺は絶対に嫌だからな!」

「そういうところがどうも上の人間に信用されないというか、副隊長ならずとも何らかの役職に就けないところなんだよ」


 声を荒げるバウルンに隊長は静かだが痛烈な指摘をした。


 それにしても隊長たる男に対して副隊長ですらないらしいバウルンが責任を押し付けるようなことを言い、ため口を用い、ましてやお前とすら言うなど随分と馴れ馴れしい感じがする。声を聞いただけなら誰しもが首をひねり、人によっては眉をひそめるところだろう。だがこのことは彼らを一目でも見た人間ならばすぐになるほど、と察して微笑せざるを得ない。


 バウルンとその隊長――彼らは二人して全身こぶの腫れ上がったような筋肉質の身体をして、つるつるの剃毛頭をし、おまけに目の小さくゴツゴツと男くさい顔をしているという、つまりは同じ人物が二人いるようにそっくりな人間であった。オネストとユルーズが血を分けた兄弟なら彼らは肉すら分け合って生まれた双子なのである。その類似っぷりは双方向き合えば鏡にかけて見るが如しだが、身分の高い者がつける印象のある質の良く丈夫そうな黒いマントを何故か隊長の方ではなくバウルンがつけていた。もしかしたらこれは先ほどバウルンが口にした不満の発露かもしれぬ。


 それはともかく――そのような関係だけに、公的な場ならばともかく今のような何もない時間ならば立場の差に囚われぬ良くも悪くも心安立てな兄弟であるのだろう。バウルンが「なに!」と言い返していよいよ口論が熱を持ち始めようとした。その時である――彼らとは対面の扉がバッと開かれてテューマー王とその秘書役の男が部屋に入ってきた。


「すまぬ。遅れたわ」


 テューマー王を見てからの五人はさすがは戦士、すぐさま口をつぐんだバウルンをはじめとし、彼らは反応素早く横一列に並ぶと軽く頭を下げた。下げながらバウルンの隊長が代表して口を開いた。


「陛下。オーシャコット・エレクティア並びにリィン・マクベス・ニンキューナの両兵科兵団部隊長、ファラリアル城塞より参着いたしました。とは言え、任務果たせぬことによる帰参、まことに申し訳ございませぬ」


 オーシャコット・エレクティアがバウルンの双子の隊長殿ならばとはもう一人の隊長のことであろう。バウルンと話していたときと打って変わって神妙に挨拶をしたオーシャコットにテューマー王はうむ、と頷いて、円卓の椅子につき、


「お前たちも座れ。……よし。では、報告をいたせ」


 と促した。


 円卓についたオーシャコットは、同じく座りこそしたものの美しい彫像のように何も言わないリィン・マクベスの分まで引き続き話し役を務めた。彼が語ったのは概ね城塞における魔族との防衛戦の成り行きと、その結果こらえきれずやむなく撤退した、というような内容のことであった。


 聞き終えて、今度はううむ、と低くうめいたのち、ややあってコクコクと重々しく頷いたテューマー王は、失敗の咎めについては触れる様子もなく、次は今回の戦いで得た魔族たちに対する所感を聞いた。


「やはり……強うございますな。種類にもよりますが奴らの一体一体とこちらの一兵士にあまり差がない。というより大抵の魔族は人間より図体が大きく、加えてこちらの講じた対策に対策を返す人間並みの知性と魔法を使う力を与えられているのだからむしろ人間より強い……とも思われます。まあこれは今更言うことでもございませんが、何より奴ら増えるのが早すぎる。倒せど倒せど次の戦いが起こる頃にはいくらか補充され、全く減っていないとすら思える。人間も大概増えるのが早い生き物かとも思われますが魔族はそれ以上でございます」


「魔族は魔王が現れる前は同族とすら共生しようとしない生き物でありましたからな。そのため……いや、それでもと言うべきか、人間と違って単体にて子を産む機能を獲得しております。どのような苦境においてすら想いがあり、愛があり、果ては損得勘定すらあって子を産む相手を選ぶ人間のお株を奪う繁殖力を持っているのは当然かと思われます」


 と、四角四面なだけに魔族についてもよく勉強しているらしい、謹直真面目なオネストが言った。


「たしかに……人間は子を作るにあたって相手の地位が低いだの、金を持っていないだの、色々とやかましいですからな。その損得勘定のおかげで俺も前提の前提の段にて色々と苦労しておりますわ」


 そこにニヤリと口を挟んだのはバウルンであった。そして彼が言いきるや、すかさずさらに口を差しいれた者がいる。


「まあ、それは単にバウルン殿が女性に好かれない、女性にもてないからでありましょうが……。それはともかく、魔族はその繁殖力に加えて産まれてくる者すべてが好戦的な戦士となる凶暴性を備えていますからね。或いは料理人、或いは芸人と進みたがる道が多岐にわたる人間と違って産まれれば産まれただけ戦力も増えることになる……確かそうだっただろう? 兄さん」


「そうだな。……」


 口を差しいれたのは先ほどからどうもバウルンに対して喧嘩を売っているようなユールズであった。バウルンが彼の言葉に頷いたオネストから横目に見られながら、再び右手で目元を覆ってくつくつと笑いを漏らす。それを刺すような目でちらと見やったのち、顔を引き締めるオーシャコットは言った。


「ともかく、そのようなわけで相手は数が多い。しかもオッフェンバック断結界が消えてからは結界越えができなかった者たちも加わってさらに多勢となっております。言いにくいことをはっきり申せばこのままではいずれここ王都へと奴らはたどり着くものと思われます」

「そうか……」


 と呟いて目を閉じ何やら沈思の体になったテューマー王に、しばらくそれをじっと見つめていたオーシャコットはふいに身を乗り出すと、


「陛下! オッフェンバック断結界を消してまで聖女様が取り組まれておられる救国物召喚の儀は果たしてどのようになっておりまするか? 我ら、その召喚される救国物だけに頼むつもりは毛頭ございませぬが、しかし何か打開策が欲しいことは確かでございます」


 と声を張った。


「あれか……あれは、まだだ……。彼女も部屋にこもり、ほとんど不眠不休にて習得に励んでいると側仕えの者から聞いたが……それでもやはり難しいらしいな」


 目を閉じたまま眉間にしわを寄せるテューマー王が重々しく言った。


 救国物召喚については名の通りだが、オッフェンバック断結界とは何か?


 それを説明する前に、ソーラコア王国が北方三国を次々と侵略してついに対面した魔族とどのような戦いをしてきたのかを説明しよう。


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