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十九話 先輩たちの忍法

 その間に割って入った別の剣がある。


「あっ!」


 自分の刀とぶつかり、またも戛然と音が鳴ったことで目を覚ましたように清十朗が目を見開いた。彼は弾かれたようにその方を見た。そこにいたのは敵ではなく、自分の刀を割り入れた猛蔵であった。何たる怪力、猛蔵は清十朗がせめて痛みは覚えさせるまい、と思い切り振り下ろした刀を片手で持った刀で受けとめていた。その彼が言う。


「清十朗、殺してはならん」

「な、何故です? 我らの存在を知られた以上、口を封じるために命をもらうのもやむなしでは?」

「おお。それはお前の言う通りでもあるが、一方ではこやつらにこの地上から消えてもらうのも不安が残るのだ。こやつらが我らに気付く前の状態に全く元通りになることが我らにとって最善なのだ。何しろ、こやつらが消えたというところから調査の手が伸びてはまずいからな。四季右衛門もそのことをわかってみね打ちで済ませていただろう」

「そういえば……む」


 言いつつ、清十朗は男の方にサッと目を向けると、足の麻痺から回復し体を回して反撃をしようとしていたらしい男の首横に当身をくわせた。これはこれで電瞬の手刀であった。どうと崩れ落ちる男から目を戻し、やっと刀を下ろした清十朗は何事もなかったように続ける。


「しかし、元通りがいいと言ってどうするのです? やってしまったことはもう戻せませぬ」

「む? お前、わしの忍法を知らんか?」

「いや、知っております。髪を自在に動かすというもの。ただ、たしかに猛蔵どのの忍法は凄まじいですが、それでも物事を元に戻すような能力はないでしょう?」

「ははあ」猛蔵は得心のいった顔をした。「そのように言うということはやはり、お前はわしの忍法を知らんな」


 そのとき、村の入り口の方でざわざわと慌て声が上がった。清十朗がそちらを見ると、その慌て声はこれまでの様子を遠巻きに眺めていた十数人の村人たちであった。突如はじまった騒動に驚き呆然としていた彼らは、元ソーラコア兵の男たちが倒されたのを見るや我に返ったのだ。


「こりゃ大変だ。味方殺しの悪兵士があらわれたぞっ」

「おい、皆を呼びに行こう!」


 と叫んだ彼らは一斉に方々へと走り出した。それに今の状況を改めて思い出した清十朗が「しまった!」と声を上げて入口の方へと駆け出した。この後どうするにしても、ともかく今は目撃者を全員制圧しなければならないのだ。今ならまだ取り返しが利く。この騒ぎを他に漏らされることこそ、真に彼らの任務は絶体絶命――。もっとも、いくら俊足の忍者でも思い思いの方へと散った十数人の村人すべてを捕まえられるかという懸念があって、目を動めかしてそれらの背を追う清十朗は焦慮に歯噛みした。そのとき、そんな彼のすぐ横を何かが凄まじい勢いで行き過ぎた。

 これはいったい何であろうか? 白く細長いものであった。しかも餅のようにどこまでも伸び、さらにうねりくねり曲がったのだ。その上、伸びては曲がるそれは村人たちの足を器用に掬い払ってまわり、彼ら全員を転げさせてしまった。最後に転げさせた村人の胸から顔にかけてそれが絡みついた。このときになってはじめて清十朗とその村人はそれの正体に気がついた。それは人の腕であった。清十朗が「おおっ……」と息を呑み、村人がのどの詰まった悲鳴を上げるなか、それの先端にある指が舌を出す蛇を彷彿とさせるようにうね、うね、と小指から順々に曲がると村人の首に噛みついて彼を失神させてしまった。

 その腕が失神した村人から離れて清十朗の方へと戻ってくる。縮んでくる。驚きのためすでに足を止めていた清十朗が「おおっ」とさらに驚いていると、彼の肩にその手が置かれた。


「邪魔になるため、これを持ってちと退いておれ」


 途端にかけられた声と共に清十朗の隣から柔膳が前へと出てきた。清十朗の胸に刀が押しつけられると同時に肩の手が離れる。白い手の主は柔膳であったのだ。悠々と歩みながら彼はまたも腕を伸ばし、再び立って逃げようとしていた一人の村人の足を掴むと悲鳴を上げる彼を足元に引きずり寄せては前かがみになって当身をくわせた。村の入口を通り抜けた彼がニタニタと村人たちを見回しながら言う。


「さて、これだけおれば色々と技を試せるな。――お前たち、俺の手習いのため少し付き合ってくれ。なに、手早く済ませるし、中にはやや苦しむ者も出るだろうが気絶にとどめる。今回ばかりは俺も特別に気を配るためやり過ぎることはないはずだ」


 尻餅をつく村人たちは青ざめてすくみあがった。繰り返すようだが彼らには柔膳の日本語は解らない。だが、腕が伸びるという人体には起こり得ない怪異を目にし、その怪異を起こした人間が自分たちを見ながら不気味に笑っているのだからこれは怖気が走るのが当たり前だ。加えて彼らは、今まさに仲間がやられたようにこの男がいる限り自分たちが逃げることも助けを呼びに行くこともできないと認識した。さて、そう認識した村人たちだが、彼らは絶望し心を折ってしまったか? いや、そうではなかった。彼らの心にはかえって勇猛な抵抗の意思が灯った。彼らはただの農民ではなく、魔族の恐ろしさに堪えて生活してきた者たちだ。気骨という点においては兵士にも劣らぬものがある。彼らの幾人かが立ち上がるや否や、サンセクションの魔法を放った。


「おっ」


 この反攻が意外であったか、それとも複数人に火球を放たれて慌てたか、柔膳はちょっと目を見張った。そして顔や腹部に迫る火球に対し彼は足を突っ張ったまま後ろへと身を反らせた。顔への火球はともかく、通常ならばいくら身を反らせようとも腹部に迫る火球はかわせなかったであろう。人間の柔軟さにも限度というものがあって今の彼のように膝を伸ばして立っていてはどうしても触れてしまうことはさけられないはずだ。しかし、柔膳には背骨というものがないのか、彼の身体は後ろ向きに完全に折り畳まれたようになると火球をかわしてしまった。その勢いで自分の両足の合間から顔と両腕を出した柔膳は、足元に向かって放たれたはずの後続の火球を正面に見て、そのままの姿でそれをも横っ跳びになってかわした。機敏に動けたのは膝を伸ばしたまま最初の火球を避けたゆえであった。


 村人たちは舌を打った。柔膳が最初の火球をかわすにしても、その後膝を折って地面に倒れ込んだりして必ずや隙ができると思っていたのに、それを狙って放った後続の火球も彼はかわしてしまったのだ。その悔しがる姿を見る柔膳が股ぐらの間でブラブラと揺れるという奇怪きわまる姿のまま、

「こやつら、戦国の土民みたいに気の荒いやつらだな。いや、魔法などというものを使うからには恐ろしさはそれ以上か」

 と呟いた。


 呟く彼に気を取り直した村人たちによって火球がまた次々と襲いかかる。柔膳は元に戻る暇がないのか姿をそのままに火球の間を縫って避けていくが、さすがに体勢が悪いか汗をじわりと浮かべて防戦一方であった。


 そんな彼に、

「何をしておる。いやに苦戦しておるな。土民を相手に」

 と心配した様子のないのんびりした声が降りかかった。村の入り口を通り過ぎてきた猛蔵であった。


「いい加減このままでは騒ぎが他の村民にも伝わる。この場はわしがやるぞ」


 告げた猛蔵の髪がぐわっと逆立った。それから逆立つ美髪が威嚇する孔雀のように広がる。これに似た現象は前にも彼に起こったが、いずれも風により逆巻いたのではない。実は、これは猛蔵が自らの意思で動かしているのだ。彼の髪にはふつう人間にはない運動のための神経が通っているのだ。その器用さと手数は決して本来の手足の補助などにはとどまらず、むしろ猛蔵にとってはこの髪の毛こそが十万本以上の手足に等しいのであった。


 広がった猛蔵の髪がこの上建物を少し超える高さにまで伸びると村人たちへと襲いかかった。柔膳へと火球を放っていた村人たちがこの黒い津波のような圧倒的景観には声も上げられず呆として、髪の毛に飲み込まれた。人を飲んだ髪の毛が所々ビクリビクリと脈動する。――そのまま十秒ほど経ったであろうか。髪の毛が波を引くようにちぢんだ。後に残されたのは髪の毛の中で何が起こったのか、地に倒れ伏し気絶した村人たちであった。


「ざっとこんなものだ」


 猛蔵がどうだ、といった顔を向けると、上半身を起こして元に戻った柔膳がその方へと目を合わせて「ふん」と鼻を鳴らした。


「いばってやがるな。そもそもお前が正体を暴かれたことでこうなったくせに」

「やっ、そのことはすまなんだ。あははははは」


 べろりとしていた顔の皮を剥がして猛蔵は笑って誤魔化した。そこにこれまで二人に任せて成り行きを見ていた四季右衛門が深く息を吐いて口を挟んだ。


「よし、何とかこの場はしのいだな。では誰かがやって来ぬうちに、ここにいる者たちを先ほどの山林に運びこもう。処置はそこでやる」


 柔膳が両腕を伸ばし手繰り寄せた村人を一人ずつ脇抱えにし、猛蔵が残りの人間を髪でひとまとめに抱えあげたのを見て、足元の男を担ぎあげた四季右衛門が振り返って、

「清十朗。村の外に倒れている者たちを運んでくれ」

 と声をかけた。


 本当に人体の可能性の内にあるのかと疑念される猛蔵たちの忍法の凄まじさに驚嘆していた清十朗は、我に返って「ははっ」とその方へと駆けだした。清十朗は土の上に倒れ伏す男を見下ろした。先ほど自分が斬り捨てようとし、そして当身をくわせた相手であった。男を担ぎ上げようと中腰になった清十朗が動きを止めると何もせずにまた腰を上げてしまった。彼は左手に柔膳の刀を持っているし、もう片方には自分の抜き身の刀を掴んでいたことに気付いたのである。自分の荷の下へ歩み寄った清十朗はいったん柔膳の刀を置いては落ちていた鞘を拾い刀を納め、同様に地面に落とされ広がった着物をまとめてはまた袋として刀の鞘に結び付けた。そして二口の刀を左肩に担いでまた男の下へととって返す清十朗はその途中、ふと自分の手を顔の前に持ってきてはそこに滲んでいた手汗を見て、「どうもそぐわんな」と何か苦いものを飲んだような表情をして首をひねった。


 四人の伊賀忍者たちは自分たちの正体を知られるという窮地をともかくも脱した。目撃者たちをあえて生かした彼らは今度は果たして何をするのか――山森へと自分たちの秘密を知った者たちを運び込んでいった。

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