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十話 魔法使いに侵略される侍たち

 一月後――。

 所変わってここは江戸城ある一室。そこに二人の男が対座していた。


 一人は老中、松平伊豆守信綱。年齢四十八歳。日本史上最大の一揆である島原の乱に際して、戦死した大将板倉内膳正に代わって指揮を執り、幕府軍を勝利に導いたほどの知恵者であった。


 そしてもう一人は徳川家光。年齢四十歳。徳川三代目にして現将軍の男だ。

 二人は座して言葉を交わしていた。議題はむろん彼らが名すら知らない突如現れた大地――アスファイヤのことであった。


「戦のほどはどうじゃ?」


 家光は聞いた。当然といえば当然だが戦いは始まった。砂地の向こう側に送った兵たちが数名ほどしか帰ってこず、しかもいずれも服は破れ、武器は捨て、まさにほうほうの体であったことから城の人間たちは彼らに何があったのか聞いた。すると、攻撃されて追い返されたと報告したのだから城中は騒然とし、家光は激怒し、数日の会議ののち先のものよりも兵数を増やした大軍を送ることを決めた。幕府が人を集め、軍を組織し、例の砂地に向かうとそこにはすでにソーラコアの軍たちが待ち構えていた。両軍はアスファイヤと日本の境界の砂地、というより元々海岸であった場所にて相対した。それがもう半月近く前の話だ。


 頷いた伊豆守はこの半月のことを語り始めた。


 飢饉の起こる厳しい状況とはいえ、大地ごと突如出現したという奇怪な者たちが相手だけに幕府軍は五万という大勢を以って軍を編成した。いや飢饉が起こっているからこそこれをチャンスと牢人などがこぞって集まった。それに対してソーラコアの軍勢たちは明らかに兵数で劣り、わずか五百人ほどものであった。これによって砂浜から坂を上がりやや離れたところにある砂浜一帯を見下ろせる高台に陣を張った幕府軍は気勢を上げた。戦は当然ながら数が多いほうが優位だ。アスファイヤの大地は召喚される際、蝋に灯った炎と言おうか、滴る水滴と言おうか、先細りとなった形となって日本の大地と合体していたため幕府軍は扇のように広がって進軍することはできないが、それでもこの百倍の数の差なら簡単に相手を踏み潰すことができる。その安心感、それに因る好戦的な兵たちの気勢はここに陣を張って数日し、いよいよ進軍を開始しようという前日の夜にそこらじゅうの急造の陣小屋、幕屋で行われた景気づけの小宴会のときは勿論、明朝、戦が始まっても続いた。


 しかし、ソーラコア兵たちはそのように一筋縄でいく相手ではなかった。まさに――彼らは通常のやり方では決して手に負えぬ、幕府軍の常識を越える強さを持った相手であった。


 合戦の始まりといえばまず矢合という互いに矢や鉄砲を撃ち合う行為が行われるものだが、実にこの段階から両軍には差があった。幕府軍が矢や鉄砲を撃ち掛けたのに対し、ソーラコア勢はそれらを空中にて燃やし尽くす火球を撃ち出してきたのである。むろん、火球を生み出すサンセクションの魔法によるものだ。作りだす者によってその火球の大きさは人の頭よりも一回り大きいものや二回り大きいものと違いがあったが、いずれにせよ矢の如く連射がきき、さらに常人たる人間には摩訶不思議としか思われないこの火球には多くの侍たちが愕然と胆を冷やして逃げ散り、また仲間のその様子を目にして他の者たちも混乱し、早々に見崩れを起こしかけてしまった。


 その日はそれで戦どころではなくなり、兵の体勢を整えて次の日――幕府軍はさすがに侮りを消して再び矢合を行った。が、結果は昨日と同じであった。矢や鉄砲を撃ち掛ける幕府軍に対し、それよりはるかに強力で連射速度も勝る火球をソーラコア勢は放ってきた。昨日一度経験しているだけあって恐々とする幕府軍は必死に自分の足を砂浜に釘付けにして射撃を続けたが、効果は見受けられず、かえって用意した竹束の盾ごと火球に呑まれて身が溶ける者が続出したため、一時撤退の命令が出された。


 このあまりの幻妖さと恐ろしさに早々に逃亡者が出るなか、幕府軍は思いもよらぬ敵の強さに大いに驚愕した。あの火球の威力や連射性が弓も鉄砲も上回っているのはもとより、火球は放つのに特別な補給を必要としないらしいのだ。しかもソーラコア兵たちは、まず相手の意気を挫こうとしているのか、じっとして前進せずただ応戦することに徹した。このことで幕府軍は夜討ちによる奇襲をすることもできなかった。砂場の途切れ目に陣取ったソーラコア兵たちは交代で夜通し幕府軍の動きを見張っていたからだ。それは目を光らせた魔猫の大群に見られるのを思わせる身の竦む光景であった。ともかく、これらのことがある以上、幕府軍にはどうしようもない。その大将はまったく悩んでしまった。


 ただ、その大将も一切策が浮かばなかったわけではない。彼はこんなことをし始めた。彼は数十名ほどの兵たちを砂浜に派遣しては矢や鉄砲を撃ち掛けさせ、ソーラコア勢がそれに応戦しようと火球を放ちはじめたら即座に撤退させるということを不規則に行い始めたのである。まるで子供の嫌がらせのようだが、準備を整えるとすぐに逃げ出してしまう敵たちにソーラコア兵たちは最初舌打ちをし、やがて地団太を踏むようになった。そしてそのことを続けて一週間ほど――ソーラコア兵の一部がついに槍をかい込んで、その逃げる幕府兵たちを追いかけるという事態が起きた。不規則に起こることだけに彼らも余程イライラしたのであろうが、基本的に優秀なソーラコア軍の兵たちがこのように陣形を乱すような勝手な振る舞いをするなど魔族と戦っているときには決して見られなかったことだ。これは幕府軍の人間たちが魔法を使えずさほど脅威ではないということを考えての兎狩りさながらの行動と思われる。


 が、槍を持って追いかけるソーラコア兵たちがふいに「わっ」と声を立ててたたらを踏んだ。


「伏せ組ーぃ、伏せ組ーぃ、出い! 出い! 出い!」


 との大音声が轟き渡ると、砂浜の奥に生えている草の中に伏せて隠れていた新手の幕府兵たちが一斉に起き上り、刀を抜きつつ突撃してきたのである。これぞ幕府軍の大将が考えた奇襲の策だ。ここ数日、矢や鉄砲を撃ち掛けさせていたのもこのための誘引であったのだ。


 これにびっくりしたソーラコア兵たちは無意識のうちに自分たちの陣へと身を返して逃げ出した。草に寝ていた幕府兵たちがそれを歯を剥いて追いかける。その懸命な追走と振るわれる刀によってソーラコア兵は次々と背中を斬り裂かれていった。次々と崩れ落ちて倒れるソーラコア兵たちだが、陣にいるその仲間たちは例の火球を放って援護することを躊躇しているらしかった。それも然り、こちらに向かって走ってくる他ならぬ彼らの仲間が、幕府兵たちの盾となってしまっているからだ。


「よぉし! 機は今ぞ! 寄れ、斬れぇっ!」


 そのような盾を得た幕府兵たちは火球によってこれまで近寄ることの叶わなかった敵の側に迫り、刀を振り上げ、雄たけびを上げて殺到した。しかし、そんな気炎を上げる幕府兵たちが突如口々に「ぐわっ!」と悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。彼らは突如何か硬い壁のようなものにぶつかったのである。驚き、目を丸くしてそこを見た彼らであったが、そこにはぶつかるようなものは何もなかった。しかし、飛び起きて立ち上がった彼らが再び前へ踏み出すとまた何かにぶつかった。


「な、なんだ? これは?」


 彼らの内の一人がパントマイムのように空中に手をかざしながら言った。むろん、彼はこんな場合にふざけているわけではなく、そこに確かに存在する不可視の壁をべたべたと触っているのであった。


「結界だ。結界だ。オッフェンバック断結界」


 砂場の途切れ目にまでたどり着き、陣に戻ってこられたソーラコア兵の一人が息を乱しながらそう言いつつ、槍を構えて彼に近づいていった。結界に向かって刀で斬りつけ、一切通じずはね返されていた幕府兵が「結界? あっ」という声を上げると共に結界をすり抜けた槍で胸を突き通されてしまった。その少し横で彼の仲間も同じように槍を突き刺されていた。


 幕府兵たちには理解することすらままならない。だが、この戦場に確かに存在するソーラコア兵たちを守る不可視の結界――オッフェンバック断結界。遠方から弓矢を放ってみてもその辺りまで飛ぶと突如矢が先端から塵となって消える。そのくせソーラコア兵たちの火球といった攻撃は何の邪魔もなくすり抜ける。その存在を実験し認識した幕府側の陣中は「あんなものがあってはどうしようもないではないか……」と誰かが言ったきり、重苦しく沈黙した。


 その数日後、何をしていいのか、何をすべきなのか、まるで考えが浮かばず爽やかな快晴の昼なのに鬱屈して引きこもり動きのなかった幕府軍の陣中に風が通る事態が起こった。


「敵軍から二人の兵が出て参りました。こちらの方へ向かって来ます!」


 兵の報告した通り、高台にある陣からはやや遠目に砂浜に二人の男がいるのが見えた。おそらくそこにあるのだろうという断結界を越えて、たった二人、しかもどういうつもりか悠々と歩いて堂々と陣の方へと向かってくる。金剛力士のような入道頭の大男とマントと銀髪をなびかせ遠目にも西洋像のように美しい顔が目に立つ男の二人であった。


 見張り台に上ってこれを見ていた幕府軍大将に鉄砲を持った側の男が、

「どういたします? 撃ち掛けますか?」

 と聞いた。


 大将は「……ううむ」と口ごもり、厳しく眉を寄せて何か悩んだのち「……いや、撃つな。ここに来るというならば引き込め。皆にもそう伝えよ」と言った。二人の目的は不明だが、二人ということ、そしてあの工作など何もなさそうな堂々たる近寄りぶりにこちらへ向かってくるからには彼らは何か我らに話でもあるのではないかと思ったのだ。この閉塞とした状況に大将はその話が善きものであることを願い、一縷の望みを託す心持ちとなっていた。むろん、そんな弱気を周囲に見せるわけにもいかず、すぐには飛びつかないで眉を寄せて悩む演技をしたけれど。


 ややあって二人が陣へとやってきた。陣の周囲に建てられた木柵を通り過ぎて中へと入る。二人は陣中を見回した。


 陣中は二人が入ってきたというのに妙に静かであり、それどころか閑散とすらしていた。周辺には陣小屋や白幕の張った幕屋、その側に置かれ物の入った木箱などはあるもののその合間には人は一人も見えない。


 異常な空白、恐ろしい無音――。


 するとその瞬間、辺りに建てられていた陣小屋や幕屋の陰から雄たけびと共に一斉に幕府兵たちが飛び出してきて半円を作り彼らに槍を向けた。そして同時にその後方では同じく走り出てきた兵たちが一列に並び膝立ちして鉄砲を構えている。いつの間にか陣小屋の屋根の上にも所々人が上っており、上から二人に鉄砲を向けていた。さらにやや遠くからは同じく隠れていたらしい大勢の兵たちが走り込んできて雲集し、鉄砲隊のいる前方だけを開けてこの場を取り包んだ。たちまち場はおびただしい数の兵たちで充満した。


「うぬら! たった二人で何用あってここへ参ったか!」

「少々、小用があってな」


 と日本語で答えるリィン・マクベスはまるでそのためぶらりと顔を出したのだ、とでも言うが如く気楽そうであった。眼前に並ぶ槍、その奥と屋根に構えられた鉄砲を前に、それを軽く見回しただけでそれより陣小屋や幕をちょっと物珍しそうに見渡す彼は初めて訪れた家の内装を眺める客のようであった。この放胆な態度に武器を向ける幕府兵たちのほうがかえって身の毛が立ち、周辺を埋め尽くす他の兵たちも気を押しひしがれて唾を呑んでいる。


「さて、それでこちらの大将どのはどちらにおられるのかな?」

 とオーシャコットが言うと、

「ここにおる」

 と槍兵たちより遠くから声が響いて来た。


 槍兵たちの後ろにいる一列に並んだ鉄砲隊。そのさらに後ろには大将が立ち、二人を睨みつけるような目で見ていた。


「私がこの陣の大将――大笑井実篤おおわらい さねあつだ」

「ほぉ。あなたが。お初にお目にかかる。私はオーシャコット・エレクティア。こちらがリィン・マクベス・ニンキューナ。両名、ソーラコア王国の兵団にて隊長職を相勤めている者です。といっても、ここへは昨日着いたばかりで、この戦の責任者というわけではありませんが」


 と言っていかつい大男なりに愛嬌よく笑う。その笑顔に大笑井はいっそう苛立ったように顔をしかめた。


「二人でここへ来たのも不敵なら、今このときを以ってしてもその飄々たる態度。うぬら、戦況に優位があると見て我らをなめておるな? で! 話とはなんじゃっ? 下らぬことだったならば、うぬら斬られるか虜とされるかいずれか覚悟して申せよ!」

「話?」リィン・マクベスの眉がやや寄せられた。そしてすぐに眉が緩んで「ふっ」と笑みをこぼすと、

「我らがここへ訪れるとき、射撃がなかったため不思議に思ってまさかとも思っていたが、やはり左様に考えていたか。――大将どの。我らは何か話をするためにここへ来たわけではない。我ら、ちょっとここへ斬り込みに参ったのだ」

「は? な、なに? ……」放心的な声が漏れた。

「聞こえなかったか? 我らはその首をちょっともらってこようとここへ参った――と、言っているのだ」

「な、な、なにっ!」


 大笑井の愕然たる叫びと共にこの場にいる幕府兵たちが一斉にどよめきざわめいた。

 今、武器を向けている者たちを別にしてもこの場には数百という数多の兵たちが集まっている。さらに場所の広さとしての問題があって、ここへいない者たちも多数存在する。この戦に参集したのは数万人だからこの陣にもそれだけ人が集まって、むろんここにはいないながらも目を向け、耳を澄ましてここへ気を飛ばしているに違いない。そのおびただしい人の念が集い現実の圧迫となって、常人ならば息ひとつ、言葉ひとつ吐くのも喉につっかかり、か細くならざるを得ないだろうこの場において何たる壮絶不敵な宣言。


 かえって幕府兵たちの方が「ば、馬鹿な。正気ではない」などとざわめくばかりで戦慄し何をしようともできない。そこに、

「お前たち! 何をやっておるか! 早うそこのたわけ共を殺せ! その口後悔させてくれる!」

 との大笑井の憤怒の声が響き渡るとやっと我に返って槍兵たちが「えやあっ!」という絶叫と共に半円の槍を突き出した。


 同時にリィン・マクベスとオーシャコットは動いでいる。


 リィン・マクベスは横向きになりながら踊るように前に踏み出し、突き出された槍と槍の合間に滑り込むと、腰の剣を抜きつつさらに身を回して、そこにいた槍兵二人の首を薙いで斬り飛ばした。


 オーシャコットは突き出された槍の穂先を足振り上げて蹴り上げ、滑るように前に出るとそのまま槍兵の頭部に右腕を突き出した。彼の掌はその意を以って突き出せば死の武器と変ずる。槍兵の頭はひしゃげ砕けた。


 幕府軍本陣を舞台にリィン・マクベスとオーシャコット――たった二人の襲撃が始まった。槍兵のみならず両脇に集っていた兵たちが刀を抜いて次々と彼らへ殺到する。その獣じみた吼え声。歯を剥いた男たちの形相。恐ろしく輝く白刃が風のように乱舞しすぐに二人を吹き包んだ。が、二人はそれを物ともせずにいなしている。いなしながら大将の方へと少しずつ進んでいる。襲い来る刀を弾き、兵を斬り、数多の兵たちの手数にたった二本の腕で上回る彼らの動作は何か人間外の凄まじさがあった。風が血風と化してきたころ、


「おぬしら、そこを退け! 撃ち掛けるぞ!」


 その立ち回りを目を見張って見ていた大笑井が声を上げた。兵たちが転がるように二人から離れ、道が開けると、二人の前方には片膝をつき薄い煙を立ち昇らせる鉄砲を構えた兵たちが現れた。もはや発射直前。両脇は兵たちに包まれ二人に逃げ場はない。すると何考えたか、〇〇はオーシャコットの後ろへと回り、オーシャコットは銃口を見据えてぬうっと仁王立ちとなった。両者とも銃口を前に明らかに盾役を出したのに恐怖も苦悶もない平然たる顔つきである。次いで銃は肝に重く響く音と共に続々と白煙を噴いた。


「やったっ! おぬしらよう当てた!」


 息をのんでいた大笑井が飛び上がるような声を上げた。二人の凄まじい立ち回りを見て、――な、なんだこやつら。もしや……。と、足元から這い登ってくるような恐怖を感じていた彼にとってその喜びもひとしおである。


 銃撃されたオーシャコットは未だ立っていた。立っているが声も上げずに顔を伏せている。その腹部から胸元にかけては服にいくつもの穴が開いていた。だが、四秒、五秒、いつまで経っても彼は倒れない。


「……なぜ倒れぬ? まさか、立ったまま死んだか……?」


「そりゃ死んでおらぬので」


 オーシャコットがさっと顔を上げた。そして服の裾を幾度か引いて伸ばす。するとそこからはバラバラとひしゃげた鉛弾が落ちてきた。


「私にこの程度の攻撃は効かん。残念でしたな」


 ニッと笑う彼の顔を見た大笑井は「な、なにっ! 馬鹿な!」と絶叫した。


「そして、銃というものは我らとしては狙うに最も簡単な的でもある」


 オーシャコットは鉄砲隊に向けて片手を上げて何かの呪文を唱えた。次の瞬間、鉄砲隊の手元が爆発して吹き飛んだ。何か銃の火薬を火種にして爆発したような様子であった。


 うむ、と頷いたオーシャコットと後ろのリィン・マクベスが再び大笑井の方へ歩み出す。

 にもかかわらず大笑井、そしてこの場の幕府兵一同はいよいよ絶句し金縛りのように微動だもできなくなった。銃弾はたしかに当たっていた。その証はこの目でまざまざと見たのに、眼前の男は血の滴も流さずまた動き出したのだ。しかも今の爆破の芸当。火球といい、あの結界といい、元々ソーラコアの者が異様な術を使うことはわかっていたがそれでも改めて、

 ――ば、化け物だ!

 と彼らの心中は恐怖し痺れ、この晴れやかな陽射しの中に空気の凍結したような心地に陥った。


「さて、ではお覚悟よろしいな?」


 その間にもオーシャコットが大笑井の四メートル前に立った。

 ついに彼を前にして、金縛りとなっていた大笑井がさすがに素早く腰の刀を抜き、片足引いて上段に構えた。もっとも、オーシャコットを睨みつける眼光は中々の鋭さだが、顔は青くすでに死相のような面持ちを呈している。


「ほお。その構え、悪くはない」


 とそこにオーシャコットの背後からリィン・マクベスが歩み出してきた。剣をぶらりと下している彼はそのままオーシャコットの前に回った。

 大笑井とリィン・マクベス――二人は相対した。相対しつつリィン・マクベスは不思議と構えようともせず両腕を垂れ下げている。その無造作な姿に何かあるのか、と胸の詰まる疑惑を覚えつつ、大笑井は、後ろの銃の効かぬ化け物をどうするにしてもまずは俺自らこやつを斬って兵たちの士気を高めるべし! と気炎を燃え上がらせた。


「……うむ!」


 喉を詰めた一瞬のあと、大笑井は前へ踏み出しつつ刀を振り下ろした。


「だが、その振りでは悪い」

 リィン・マクベスは一息遅れて大笑井の胸元に潜り込むと頭上から降ってくる刀の柄を片手で掴み、すかさず子供から取るようにあっさり刀をもぎ取ると、その刀を手中で返し彼の首を薙ぎ刎ねてしまった。


 周囲の兵たちから「……あ」という呆とした声が漏れた。いま、自陣本拠内でその大将の首は本当に落とされたのだ。兵たち環視の中、全て白日が照らし出す昼の最中の事態である。


 あの凄まじい宣言を現実化し、なお一息すら吐かぬリィン・マクベスはどうと倒れた遺体の側に奪った刀を突き立てるとそこに転がっていた大将首を拾った。


そして、

「ではこれを陣へと届けて帰ろう、オーシャコット。王都へ」

「なに? 昨日ここに来たのにもう王都へ帰るのか?」

「本来我々は様子を見てこいと言われたに過ぎん。こうして大将首を取っても敵方にはまた代わりの大将が来るだろうが、誰が来ようと我らがいなくともこの砂浜での戦に負けはないだろう。今のでそれがはっきりとわかった。それより、王都に帰り他の仕事をした方がいい」

「まあ、この世へやって来てこうして戦となり、やることは山ほどあるからな。そうするか」

 との傍若無人とすら言えるほどのやり取りを始め、柵の方へと歩き出した。


 大将首をその手に提げるリィン・マクベスとオーシャコットの二人はそのままブラリと敵陣から去って行った。それを見つつ、大将を殺された兵たちは誰しもそれを追う気力を喪失していた。


 首のない大将が倒れ、同じくいくらかの仲間たちも倒れて、生きてる者は呆として突っ立つこの静まり返った場は、それでも明るく暖かな陽光が降ってまるで台風一過というべき快晴であった。――

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