№19 秘技、不穏、初撃
二回戦第三試合。
長尾獅子族のロズに対するは大獅子族のジェーン。
前大会で対戦こそしなかったが、今大会前日に揉めたことによって因縁のある対決となっている。
ジェーンの方は加えて愛弟子ともいえるベッキーを痛めつけられとおり、ロズと対戦する事にやや入れ込んでいた。
直ぐにでも今度は自分がロズを痛めつけてやると、審判の開始の声を今か今かと待ち望んでいる。
だが、その考えはロズの思惑通りだ。
因みに先のクリスの様に怒りによる闘気解放を会得してしまう可能性をロズは考慮していないが、その事を知らないので当然である。
だが、ジェーンはこの程度の感情の揺れならば、怒りを感じながらも我を忘れる事は無いので、その心配は無用であった。
「始め!」
審判の開始の声と同時にロズは軽やかなステップで後ろに跳ぶ。
それを追うようにジェーンがステップし、間合いを詰める。
ジェーンはロズを射程内に捉えると様子見無しの雷拳を放つ。
その雷拳は見事なもので一回戦と同様の一撃決着を想像する観客もいたが、結果として雷拳を受けたのはジェーンの方であった。
床に膝をつくジェーンの顔、口からは血が流れている。
ジェーンを焚き付け、彼女が使用頻度の高い雷拳を出し易くしていたロズは、その雷拳にカウンターで雷拳を合わせて、それが綺麗に決まった。
ただ、ジェーンは咄嗟に首を捻りダメージを軽減したので床に膝こそついたが、意識を失うことも戦闘意欲を崩される事すら無かった。
だが、自分の不甲斐なさを感じ、自分自身に対して腹を立てている。
対するロズの方はといえば、思い通りに事が進んだので一撃で勝敗を決する事が出来ると予想していただけに、ダメージはあるようだがジェーンが膝をつくだけにとどまったのは驚愕ですらあった。
ただ、初撃で決められなかったとはいえ自分は無傷であるのに対して相手には少なくないであろうダメージがあるのだから今から優位に攻めるだけだと、ロズは前向きに考えようとする。
なんとか気持ちを切り替える事が出来たロズは、ジェーンが立ち上がる前に追撃を企てる。
片膝を付くジェーンに向かって今度こそ勝敗を決する攻撃を当てる為に、間合いを詰める。
そのロズの方へと目を向けるジェーン。
固唾をのんで見守る観客の耳に衝撃音が聞こえる。
数瞬の後、勝敗は決した。
勝者はジェーンである。
ロズはといえばジェーンから離れた場所、闘技場の端で仰向けに倒れており、ピクリとも動かない。
その様子を見ていた貴賓席の一角。
「あの者が族長技である雷砲を使える理由を説明してくれるんだろうな? 大獅子族の長よ」
「さて? 才能ある我が娘のことだ。独自に雷砲に辿り着いたのではないかな?」
詰め寄る金獅子族の族長に対して、なんとも人を食ったような態度で返す大獅子族の族長。
だが、彼の言う言葉に説得力は無い。
雷砲、それはコノメ大森林の獅子系獣人八部族の族長だけにそれぞれ一つずつ秘密裏に伝えられている族長技の一つで大獅子族に伝えられている族長技である。
多くの雷神流闘法の使い手にとって習得する事が非常に困難であるが、存在自体はよく知られている。
だが、コノメ大森林に居る雷神流闘法の使い手たちには多くの闘士達がその存在すら知らない。
簡単に説明するならば闘気を集約し放出する技である雷砲は、闘気を使った飛び道具の様なものである。
闘気と獣気を纏った肉弾戦こそ自分達の誇りだと考えるコノメ大森林の獅子獣人達には受け入れ難い。
そう考えたコノメ大森林獅子系獣人の雷神流闘法闘士の先達は闘気放出系の技を封印した。
だが、失伝してはなならないと各部族の族長にのみに伝えられている。
それ故に闘気放出系の技はその基礎すら現在の闘士達には伝えられておらず、一から作り上げ独自に雷砲に辿り着くなどと、どれ程の才能が有ろうと出来る筈がなかった。
しかし、可能性はゼロではない。
それ故に金獅子族の族長は、それ以上の攻めを大獅子族の族長にするのをやめる。
「一先ずはそれで引き下がろう。だが、よもや族長秘技までは使うまいな? あれは八つで一つであり、一つしか使えないのであれば、それは一つしか使えない者が教えた事になる」
「ふっ、分かっておるよ」
だが、釘を差すのは忘れない。
何事も無かった事にするほどコノメ大森林獅子系獣人の盟主は甘くない。
大獅子族の族長は金獅子族の族長の迫力に僅かに息を呑むも、瞬時に気を取り直すと何でもない様に振舞う。
剣呑な雰囲気が一部ではあったが、観客達は盛り上がっている。
初めて見る闘気放出系の技に興奮しているのだ。
コノメ大森林獅子系獣人の考え方も時代と共に変化しているのか、雷神流闘法の先達が考えたように受け入れられないという事は無かった。
歓声の中、ジェーンは観客に手を振りながら闘技場から去り、ロズは治療班に担架で運ばれていく。
数分後。
選手控え室でダメージを癒しているジェーンの元に彼女の父である大獅子族の族長が来た。
ジェーンのメディカルチェックをしている医療班の人々を急かし、それを終わらせると大獅子族の族長が不機嫌そうに話し始める。
「あれを使う必要があったのか?」
「……」
「お前がどういった理由であれを使ったかは知らぬし、過ぎたことはどうすることもできん。どうこう言うつもりはない。だが、あれを使えることが知れた今は、次からの対戦相手もあれを警戒するというのを分かっておきなさい」
「肝に命じます」
「分かればいい」
そう言うと控え室から退室しようとする大獅子族の族長。
その背中を冷めた目で見ているジェーンは、族長が出て行くと嘲笑を浮かべた。
闘技場では二回戦最後の試合が始まろうとしている。
金獅子族のクインに対するは赤獅子族のグラント。
グラントはクインを見下している。
自分よりも弱いと思っているからだ。
グラントは族長の息子という立場上もあり他部族へと挨拶に行く事が多い。
その際に自分と対戦するかもしれない闘士のチェックを抜かりなくしていた。
グラントから見てクインは警戒すべき相手ではなかった。
それはグラント個人の判断に過ぎないが、以前であればあながち間違いではなかった。
クインは兄が行方不明になってから、自分の強さの伸ばし方を兄の様な強さの伸ばし方へとシフトさせていた。
だがそれはクインに合ったものではなく、彼女は伸び悩んでいた。
そしてそれはクインを本来の実力よりも弱く見せる原因となった。
なおかつ、グラントはクインがタイガに負けたところを見ている。
グラントはクインを自分以下だと確信していた。
クインが構えても格が上である自分からは仕掛けないと主張しているのか、グラントは構えをとろうとしない。
その行動は見る者が見れば愚かとしか写らないだろう。
グラントは大会前に自分が優勝する為の準備を完璧にしていた。
だが、その完璧というのは彼の中でのことである。
たった一試合、クインとアンバーとの試合を見ていれば、クインに対する見方も変わり、その対応が出来ていただろう。
だが、グラントはそれを怠った。
この後の勝負の展開は決していたといえよう。
クインの方はといえば、アンバーとの戦いを見ていたタイガから強烈な打ち合いは身体のダメージが大きいから避けるように忠告されていた。
一回戦の第一試合でウェイドと壮絶な乱打戦を繰り広げた男に言われる事に釈然としないものを感じたクインであったが、タイガはいってみれば師匠の様なものであり、彼の忠告は真摯に受け止めるべきだと思っている。
とはいえ、不用意に技を仕掛けるのも愚策である。
ただ、グラントはこちらに対して大した警戒もせずに棒立ちでいる。
なんらかの作戦であることも考えはしたが互いに手を出さないのでは嘲りの的である。
クインはタイガと初めて手合せした時の初手である下段蹴りと見せ掛けて上段を蹴る変化技を繰り出して様子を見ることにする。
闘気を纏うと軽くステップを踏み、間合いを詰めるクイン。
それに対してグラントは余程舐めているのか未だに構えようとすらしない。
クインが下段蹴りを繰り出した時にようやく闘気を纏うグラントだが、その余裕の通り対応は素早い。
「ふっ」
嘲笑いながら軽く足を上げて下段蹴りに対する基本的な防御をする。
だがクインの足は下段蹴りの軌道から変化し上段蹴りになる。
すると分かりやすい衝撃音が観客の耳に届き、その後には倒れる音が聞こえる。
観客が目にしたのはフェイントからの一撃でグラントをダウンさせたクインだ。
一拍の間の後に大歓声が起こる。
その大歓声の中、審判が試合終了を告げた。
かくしてグラントは実に様々な仕掛けを施した闘技場を建設しながらも、その殆どを利用する事無く負けてしまった。
まさに無駄遣いである。
「馬鹿な息子だ」
そう言うと赤獅子族の族長が特別貴賓席で溜息をついていた。
八部族の盟主決定戦という興行の収入で黒字になっているとはいえ、グラントが少なくない費用を使って闘技場に色々と細工をしたのは確かであり、優勝という結果を齎せなかった時点で彼の失態である。
グラントは後継者の第一候補であり、この大会には優勝せずとも正々堂々と闘うところを見せさえすれば、それは揺ぎ無いものであったろうに、彼は更なる手柄を求めてしまった。
「強欲は悪い事ではない。だが、脱落だな」
赤獅子族族長の言葉が虚しく響いた。
対照的に観客は盛り上がりを見せている。
勝敗は驚くほどあっさりと決まってしまったが、一回戦を残虐的に勝ち上がったグラントというヒールが、ベビーフェイスであるクインによって倒された事が盛り上がる要因となったようである。