死中活有り part1
「っ……伊藤、取引しないか?」
伊藤の銃口がピタリと止まった。
(……通じたか?)
土壇場で取引を持ち掛けるのは、強がりか口からのでまかせに相場が決まっている。
伊藤が、その口車に乗ってくれるとは思えないが……。
伊藤は眉をひそめて、冷たく目を眇めた。
「取引? 命乞いの間違いだろ?」
皮肉というより、侮蔑交じりに伊藤は吐き捨てた。
苛立ちで口の端を噛み切ったのか、赤い血肉が見える。
一瞬じわりと滲む血に目を奪われたが、伊藤は歯牙にもかけず淡々と言葉を紡いだ。
「最終確認だ、《不発弾》。命乞いに取引なんて妄言持ち出したからには、お前、……ちびすけと手を切る気はないんだな」
念押しというより、処刑執行の命令書を突きつけられたに等しい。
ガチリとセーフティの外れる音が聞こえた。
切迫した雰囲気に、神経がやすりで削られてる気がする。
こちらも自然、声がこわばった。
「お前は考え違いをしている。ここで俺を殺してもなんにもならない」
対して、伊藤の声は低く、冷静だった。
「御託はたくさんだ。人の命がかかっているのに、まだ躊躇う。……つまり、それが、お前の答えの全てなんだろう?」
言葉がでない。
もどかしさに、ただ首を振った。
考えがまとまらないのに、伊藤を納得させられる答えが出せるわけもなかった。
伊藤は、ため息を吐いた。事務的と言えるほど滑らかに、銃のトリガーに指を掛ける。
……トリガー? さっきは無かったはずなのに、俺の目もおかしくなったか?
「時間稼ぎはここまでだ。お前がちびすけを巻き込む前に、ここで殺すよ」
伊藤は、静かに俺の眉間に狙いを付けた。
当たり前のように、何のためらいも感じない動作だった。
黒々とした銃口の奥に、俺を殺す銃弾が眠ってる。
だが、死の危険に直面しても、俺はまだ切り抜ける方法を探していた。
死ぬ前なのに、――いや、だからか、頭はクリアに明瞭になりつつある。
諦めるにはまだ早い。
透明になった思考は、絶えず同じ結論を吐き出していた。
“伊藤の言い分には、欠陥がある”
ちびが巻き込まれる? 違うだろ、もう巻き込まれている。
ここで、俺が伊藤に殺されたら誰が一番非難される?
――――ちびに決まってるだろうが。
パチンと頭の中で、何かが弾ける音がした。
繋がった思索の糸を逃さないように、慌てて口を開く。
言葉を選ぶ間も惜しい。
「俺のための時間稼ぎじゃない。よく考えろ。このまま俺を殺したら、ちびがお前の殺人の共犯者にされるんだぞ。ちびを巻き込んでいるのはお前の方だ」
畳みかけるように一気にまくしたてる。
頭にあったのは、思索の向こうに隠れていた、痺れるような鈍い怒りだけだった。
反応は、劇的だった。
伊藤は目を見開いて、束の間怯んだように見えた。
トリガーにかけた指は、凍り付いてピクリとも動かない。
俺の言葉は伊藤にとってそれほど衝撃だったようだ。
伊藤は、ゆっくりとトリガーガードの輪から指を外し、銃口を下げた。
「どういう意味だ?」
重々しく問う伊藤に反して、俺は熱に浮かされたようにしゃべり始めた。