距離
腹違いの弟の名前は二宮優一。15歳。
名字は本人の希望でそのままにしてある。
彼は果たしてこの平岡家で一緒に暮らすことを本当に望んだのか?
父に聞こうとは思うのだが、彼が来て2か月、まだ聞けていない。
もし「本当は望んでいなかった」なら、さらにどう接したらいいのか私はわからないから。
5限授業が終わり、放課後勉強会というなの自習をすると、もう辺りは暗くなっていた。
5月といえども暗くなれば寒い。この春から私と同じ高校に通いはじめた弟はもう家についただろうか。時刻は19時過ぎ。きっと2階の自室にこもっているに違いない。いまだわだかまりの残る、義理母のいるリビングでくつろげるとは思わない。私が帰るまで母は夕食時間を延ばすだろう。彼はきっとお腹をすかしている。
重い通学かばんを邪魔に思いながら、足を速めた。
家につくと、準備はできており、すぐに食事になった。父はまだ仕事から帰ってこない。着替えて廊下にでると、私の向かいの部屋の扉が開かれて、優一くんが顔を出した。
一瞬、緊張が走る。が。
「ただいま。ごはん食べよう」
「おかえり。わかった」
先手必勝とばかりにこちらから声をかける。
あっちから声をかけてくれることはほぼないためこちらから会話のボールを投げるようにしている。長続きはしないが、沈黙よりだいぶ気が楽である。
笑顔もなく、淡々としたあいさつだったが、それでもいい。
「おかえり」といってもらえるだけで、嫌われていないような気がしてうれしい。
テーブルに着くとTV画面にはクイズ番組が映っていた。わりかし好きである。毎回思うのだが、彼は前の暮らしでどんな番組を見ていたのだろうか?そんな話もしたことがない。彼は淡々としている。TVのチャンネル権は彼にもあるのだが、「何が見たい?」などと言ったりリモコンを渡すのは変に気を使っているようで言えない。
「ハンバーグのソース変えたんだけど、どう?甘くない?」
「甘いけどいいんじゃない。おいしいよ」
母と私だけの会話。
横目でもくもくと食事をする優一君を盗み見ながら、この食事風景どうにかならないかなぁと思わずにはいられなかった。
自分が産んだ子ではないとはいえ、母も一応気を使っているようで、「優一君、おかわりは?」などと聞いたりはする。そのときは彼も「あ、いただきます」と返すが、短いやりとりで終了してしまう。父相手ならあと一言ぐらいは続くんだけどな・・・と思っていたらすでに彼は夕食を食べ終え、すぐに席を立つのはどうかと思ったのか、そのままTVを見ていた。くつろいでいるというより事務的な感じだなと思った。
「ほら、菜奈子も早くご飯食べてお風呂にはいりなさい。」
母親とは急かさずにはいられない生き物である。
今日もそうであるように、優一君は大抵1番風呂である。脱衣所で服を脱ぎながら、ふと思った。
数か月前の私に、男子高校生の後にお風呂に入るなんて想像できただろうか。
・・・なんか変態っぽいな、私。
ため息をついて、「早くしなさい」と廊下から聞こえる母の声に応答しないまま浴室の扉を開けた。
風呂から出てリビングに入ると、優一君の姿はなかった。2階の自室だろう。彼は自室で何をしているのだろうか。勉強してる?携帯をいじってる?後者の可能性が高いが、成績が悪いと肩身が狭くなるとか考えて、勉強は一応気をつけているのかもしれない。いや、これは私の考えすぎかもしれないが。
部屋に帰って宿題をしていたら、12時を過ぎていた。歯磨きをしようと部屋をでたら、歯磨きをしに行っていたのか、階段で優一君とはちあわせた。思わず「あ」というと彼が踊り場で止まり、壁に身を寄せ道を譲ってくれる。
「ごめん、ありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
私はどうも謝る癖がある。特にに親しくない相手に。
素直にありがとうと言えばいいのに。なんで謝るの?
昔の私にそう言ったのは、誰だったけ。
突拍子もなく彼に話しかける勇気もないし、あからさまに気を使ってる感が否めない。彼に話しかける良いきっかけはないだろうか。明日は金曜日。うん、土日に期待しよう。何か起こるかもしれない。
そしてこの距離感を少しでも縮めて、彼との接し方と、彼がすこしでもくつろげる「家」に近づくような手掛かりを掴むのだ。
「・・・おやすみ。また明日」
私の小さな声は、誰に聞こえるわけもなく消えた。




