日常
平岡菜奈子 いたってふつうの地味な高3の女子高生。
成績は悪くないが良くもない。不細工ではない(と思いたい)が器量よしでもない。
どこにでもいる女の子。それが私である。
朝はあまり好きじゃない。いや、起きないといけないこの瞬間がたまらなく嫌なのだ。特に学校のある日は。そう思いながら渋々とベッドから降りた。枕元のデジタル時計は朝の6時2分を指している。6時10分前に起きるのが理想的なので、急がなければ。教科書やらプリントやらが積み上げられた勉強机の上から髪ゴムを取り、速足で1階の洗面所に向かい、顔を洗い、化粧水が渇くまでの間にアイロンで髪を整える。乳液を塗り、リビングに向かうと、母が朝食を皿に移し、弁当を作っているところだった。
「おはよう。あんた急ぎなさいよ、いっつもバタバタして。」
「おはよー。はいはい」
自分の朝食をよそって食べ始める。テレビを見ると今日は晴れ。
「お母さん今日帰り遅いー?」
「今日は帰りに買い物行くから6時くらい。洗濯物取りこんでおいてね!」
「いっつも優一君がしてるじゃん・・・」
朝食を15分ほどで済ますとすでに45分。これはやばい。
トイレと歯磨きを済ませ、2階にもどり制服に着替えて荷物を抱えて玄関に向かっていたらジャージ姿の男の子とすれ違う。少しばかり緊張が走る。
「おはよう」
「・・・おはよう」
返してもらえた。
少し弾みながら、20分先の高校へと急いだ。
「今日も眠たかった!」
「いつもじゃん、ななは」
朝補修が終わり、からかうように言うのは親友の友香である。
うちの高校は進学組、特に大学希望組はこうして朝補修がある。特に行きたい大学があったわけでもないが母親の勧めと、親友の友香が大学進学することもあり、なら私も!と大学希望組に入ってしまった。我ながら行き当たりばったりの人生選択である。
朝補修で新たに出された宿題を少しでも消化すべく、友香が自分の席に戻ったところでぼんやりと朝のジャージ姿の男の子を思った。
彼は私の弟であるらしい。らしいというのはつい最近までその存在を知らなかったからである。
私の家族は両親との3人暮らしだった。両親はまあ、ちょいちょい口喧嘩をしているような夫婦だったが離婚話までは行かないほどそれなりにやっていた。
しかしある日。父が誘った私とのドライブで、父は爆弾を落とした。
「菜奈子、実はお前に2歳年下の弟がいるんだ」
「はあ?なにそれ、面白くないよ。まだ4月じゃないよお父さん」
「冗談じゃない本当なんだ。母親は別の人で、このことはまだお母さんには言ってない。」
「・・・マジで?」
「うん。」
話を聞くと、先日その「弟」の母親さんが事故で亡くなり、唯一事情を知っていた母親さんの友人から連絡が来たらしい。あなたが父親ですよね、と。父はその母親さんとは連絡をとっておらず、その電話で初めて自分に息子がいたことを知ったわけだが。母親さんは周囲には父のことは伏せ、独りで産み育てていた。現在弟は母親さん方の親戚の家が一時的に預かっているというかたちらしい。引き取り手がつかないのだとか。
「菜奈子、お父さん、4人で一緒に暮らしたいんだ。」
突っ込みどころ満載である。愛人がいたことに驚きだが、子までいた。
そしてみんなで一緒に暮らそうという父。昼ドラか。
「・・・そのこ子が一緒に暮らしたいって言うなら私はいいよ、大丈夫。」
「・・・ありがとう。菜奈子、お父さんのこと嫌いになったか?」
「別に。あきれはしたけど。・・・お母さん怒って悲しむだろうね・・・。」
「・・・。」
正直娘から見ても、父はお人良しであったし、情が厚い部分もあったので、まあモテたのかもしれない。今はメタボだが昔は痩せてたし。まあ、男性は種を残そうという本能もあるだろうししょうがないことなのかもしれない、と思ってしまうのはファザコンではないと言いたい。
その後、平岡家は騒然となった。カミングアウト後、母は怒って怒鳴りまくり、ティッシュ箱を父の顔面に命中させ、3連休をいいことに私の手を引いてホテルに逃走した。
裏切られたという思いはあっただろう。しかも子どもまでいた。女性として妻として苦しかっただろう。私は何も言えず、その日母は泣きながら私を抱きしめて眠った。
しかし連休があければ仕事も始まるし、私も学校に行かなければならない。ご近所さんにも不審がられる。結局3連休最後の夜に家に帰り、ピリピリした生活が数日続いた。離婚はしなかった。世間体をきにしたのかもしれない。それとも愛なのか。いまだ母には聞いてはいない。
その後、父が弟の話を出すと母が怒鳴るので、なんとか私が話し合いを取り持ち、どうにかこうにか4人で暮らせることになり、彼が家にやってきたのはそれからしばらくして春休みに入ってからだった。名前は優一。154センチの私と違って背が高く、細身すぎない体型で、眼もぱっちり、鼻も高くてまあかっこいい部類に入る、というのが印象だった。さすがに緊張しているのか、笑顔はなかった。
「お世話になります、よろしくお願いします」
頭を下げた他人行儀丸出しの言葉は、彼の心境を考えたらしょうがないことだ、とさびしく思った。
あれから2カ月が経った。
私は正直言って男子が苦手である。一緒に暮らすなんてかなりストレスになると思ったが、母親が亡くなって哀しい時に知らぬ父親の家庭に引き取られ、義理母や異母姉と暮らすことになった彼に比べれば贅沢なわがままなのかもしれない。
チキンな私は男子ということだけを抜いても、なんとなく引け目を感じてしまい、結果、彼とのコミュニケーションは順調とは言えないのが現状だ。彼、優一君も距離を測りかねている感じがする。
嫌われてたらヘコむなぁ。なんだかんだいいながら一緒に暮らすなら仲良くしたい。机におでこを付けて、同じ学校に登校することになった彼の「おはよう」を頭の中でリピート再生しながらそんなことを思った。
今日の歴史の授業はうれしくない内容だった。ランダムに別れた女子2人、男子3人の5人の班で、決められた歴史範囲を用紙にまとめるというものだった。私は男子が苦手である。そのためこのような共同作業は御免被りたい。もう一人の女の子は化粧をして香水装備のギャルである。教室の端にいるような地味な私には彼女もまた苦手対象である。クラス替えして1カ月のみんなを仲良くさせようという、先生の粋な計らいなのかもしれないが、ありがたくない。くっつけた机に班ごとに座る。2限目にして早くも帰りたくなった。
3年生になったが、同級生のすべてを把握しきれていない私は、以前クラスが一緒だったギャルの子しか名前がわからない。男子は、学校でさわやかイケメン少年と言われる目の前の黒田君しか名前がわからない。
あっちも同じだったらしく、まずは自己紹介することになった。
「俺、黒田亮一。サッカー部!よろしくー」
うわ、眩しくて目ぇ合わせられない。さすがさわやか少年。
「俺は田村和正です。野球部です、よろしくー」
坊主でゴツい、田村君。覚えたぞ。
「俺は西崎幸平。部活はしてない。よろしく」
眼鏡の西崎君。BL漫画に出てきそう。色白く見えるー。
「あ、あたし河野恭子ー。よろしくー」
「平岡菜奈子です、よろしく」
どもらずに無事に自己紹介を終え、さっそくどうまとめようかということになった。
みんなで1つの教科書を見ながらあーだこーだ言うため、体の距離が近い。構わない様子で男子に近づくギャル子に拍手したかった。さわやか黒田君が案を出して引っ張り、メガネ西崎君がそれについて注意点を指摘し、田村君が冗談を言って笑わせ、ギャル子が手を叩いて笑い、私も横で笑顔でいる、という感じで作業は進んでいった。
私の語彙は「いいと思う」「そうだね、そうしよう」の2つしかなかった。社交的になろうとは思うのだが、どうしても言葉をかけられない。それに人と共同作業するなかで、相手を気にしてしまい、あまり意見したくないと思っているのも問題なのだろう。ただ笑っているだけの自分の役の立たなさに申し訳無さと自己嫌悪を感じながら、早く終われと念じていた。
なんてことはない。だけど、弟や同級生、人と付き合うことに関して17歳にもなってままならない。
それが私の日常である。




