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気が付くと寝取られ小説の主人公に転生していたので、運命にあらがいます  作者: 古林こりん


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7/7

迷い


「坊っちゃん、いくら心配でも、そんなんじゃ身体壊します」


「有難う。大助。俺は大丈夫だよ」


「だからって……お頭からも言ってやってください」


 大助は眉を下げて隣に立つ賽助に訴えた。

 

 というわけで、俺は凛の寝所のすぐ隣の控えの間で寝起きして、出入り番をしている。主に侍女が詰めて主人の間の出入りをおさえる場でもある。侍女には女治癒師とともに寝所のなかに衝立を立てて控えてもらっているので、ここを俺が占有することができた。


 隣国の商会所有に偽装した屋敷についた後、凛は目を覚ましたが、精神的に恐慌状態が続き、治癒師の手で精神安定の術をかけられ寝かせられていた。控の間にもときどき彼女の悲鳴は漏れ聞こえ、そのたびに治癒師が術をかけ直している。


 当然、面会謝絶状態だ。


「俺が、そこを代わります。坊っちゃんは安心して自分の部屋に戻ってください」


 賽助はずいとがっしりとした身を寄せ、不律の身体を掬うように、有無を言わせぬ態度で俺に言う。いままでの「僕」ならすっかり安心して「わかった。凛姉さまのことを頼むね」とその場を退(の)いただろう。


 座ったまま俺はただ首を振る。凛とは仕切り戸一枚隔てただけのスペースである。


「悪いね。ここは賽助には任せるわけにはいかないんだ」


   ※


 正直なところ、前世の価値観も残る「俺」としては、厄介な運命に巻き込まれることが必定の凛に、そこまでのこだわりはなかった。


 記憶を覗いて凛の向けてる視線が俺にないなら、それまでのことである。


 凛が賽助のことをあれだけあからさまな態度でありながら、まだ自分の好意を意識していないのだとすれば、意識させて後戻りできないようにしてやればよい。


「寝取られ」とまではいかぬうちに、凛と賽助との関係を表沙汰にさせて、凛のことは賽助に任せ、俺はふたりから静かに離れてしまうのも一案だろうとも思う。


 そう思うのには理由がある。


 この世界線ではもう運命の軌道が外れてしまったが、小説では御坊家から送られた孤児院で、不律はのちに聖女になる少女と甘くしびれるような出会いをしていた。


 婚約者も帰るべき家も家名もなにもかも失った少年に、「すべてはこれから」と応援して支えてくれた少女の、まわりを明るく照らす笑顔に不律は一目ぼれしたのだ(え、それって凛との出会いの時と一緒じゃんというツッコミは禁止)。


 なにはなくても武術の腕も学力も貴族の子弟としてしこまれていた俺は、周囲の子からはみ出している存在だったが、かえって少女との仲を周りに認めさせるのはそれほど難しいことではなかった。


 孤児院を出たら、ふたりで協力しあって生活する将来を、いずれ結婚することも意識して話しあっていたのだ。


 剣の得意な不律は冒険者に。


 白魔術を使える少女は治癒師に、と。


 聖女のスキルが顕現して、すべてが白紙になってしまうまでは。


 そしてこれらが、寝取られ小説の必然として仕組まれたものだったわけだけれども。


 今となっては彼女には彼女の人生があるだろうから、強引に小説のあらすじに合わせ彼女に会いにいくつもりはないし、そんなことをしても結果は全然違ったものになるだろう。


 しかし心のつながり、相性という点では、凛より彼女の方が高かったのではないかと思う。


 凛にそこまでこだわらなくても、この世界にはもっと相性の良い人はいるのだろう。もう地獄の運命から離れて、苦しむことのない相手とスローライフを送るのも悪くないだろう。


 弱っていた不律が近くの強く逞しい柱に巻き付いただけな一面も否定しがたいのだけれど、なおさら現状の凛が頼りがいある男を求めることになるのも否定しきれなかった。


 だが、「僕」の思いは違ったらしい。


「僕」にとって、俺の記憶にある聖女になるであろう少女というのは、いまここに実在しない存在だ。


 いまここにある大切にすべき存在は、凛なのだ。


 だとすれば初恋の相手でもあり、いまも婚約者である凛に全力で接するのは当たり前のことだ。


 まぁ、そうだろうなと俺も思う。不義理なことはしないほうが良い。俺は危機を指摘はできるが、「僕」の思いを否定するまでのことはできない。やるだけのことをやってみるのもよいだろう。


 そしてそうであるならば、やることは限られている。


一、凛好みに自分がなること。


 ずっと「僕」が黙って取り組んでいたことだ。


 その割には凛好みのはずである決断力が欠けていたようだが、これは創造主によって後天的に与えられていた制約そのもの。小説のスタート時点になって急激に「僕」の精神を汚染していき、運命の軌道が外れた今もその汚染の影響は多少続いているが、「俺」にはその制約は効いていないので、今後もサポートしていくことができるだろう。


二、凛好みの男を凛の周辺から排除すること。少なくとも凛の精神がある程度復活するまでは。


 これも当たり前。弱っている凛に、俺と家族以外にすがれる存在を近くにおくようなことはしてはならない。ことに賽助を凛の枕元に近づけるのは、絶対に駄目だ。


 これまで「僕」は無邪気に賽助を兄貴のように接してきた。凛が望むなら、兄貴が言うならと、すぐに凛の隣を譲ってきたが、もはやそれは自分に対しての犯罪行為である。


 たとえ賽助の存在で凛が救われるとしても、運命に敗れる日まで俺はそれを認めてはならない。

 

 凛の望みより自分の目的を優先させることは、薄ぐらく汚いやり方のように感じる「僕」の抵抗がものすごかったが、「賽助と凛の祝福ルート」を脳裏に叩き込んで、行動の二択を迫ったら黙りこんだ。


 そもそも「信じてます」と無知を装い賽助を弱り切っている凛に意図的に近づけて、ふたりが過ちを犯すまでじっくり様子を観察しているのは、フェアな行いといえるのだろうか。


三、常に凛に声をかけ、まずは俺を頼るように凛に意識させる

 

 そして自己鍛錬して、ライバルを遠ざけるだけでも足らないだろう。いくら頑張って凛好みになっても、凛が不律に目を向けなければ意味がない。他の頼れそうな奴に目を向けるだけだ。


 ずっと、凛にとって俺は子供の頃からの「保護」対象であったのだ。賽助はいわば、俺を保護しなければならない凛にとって、「頼れる」「保護してもらえる」相手だった。凛のこの意識を変えなければならない。


 ――やれんの? 俺? 無理してない?


 俺の疑問に、「僕」からは固い決意の想いが押し寄せてきた。こいつなら、やれるのかもなと俺も思うぐらいには。


  ※


 一週間が過ぎ、凛の荒廃した精神がようやく落ち着いてきたと治癒師から報告を受けた後も、俺は控えの間に陣取っていた。まだ男は凛に近づけられないが、寝所の内からは、侍女や治癒師たちが凛に語りかけたり返事をしている様子がうかがえた。


 そんななか、まさに想定していた事件は起きた。


「不律さま。凛お嬢さまの件で少しご相談があります」


 いつも凛の側に控えている侍女が声を潜めて言う。ゆっくり先導する彼女についていくと、思いのほかに凛の間から遠くにと歩みを進めていくことに不信感が湧く。


「どこで話すつもり?」


「えぇ、ちょっと憚られる話ですので……」


 俺は、すぐに踵(きびす)を返した。


 慌てる侍女の態度に確信を深めて急いで戻り、寝所の仕切り戸を薄く開いて耳をそばだてると男の話し声がする。後ろから追ってきた侍女が「不律さま!」と先ほどとはうってかわって大声を上げる。寝所のなかの者たちに聞かせるためだろう。

 

 もうこうなっては俺が寝所に入らない意味がない。「御免!」と一声かけて戸を静かに開ける。


 昼なお薄暗くしている凛の枕元のすぐそばに、賽助が座っていた。不自然なほど姿勢を伸ばし、俺の顔を真っ直ぐに見つめている。


 凛の顔は見えない。


「不律さま、お控えください!」と後ろから侍女が不安げに声をかけてくるが、俺の耳が受け付けない。そのまま近くによって、凛の顔を上から眺めた。あの奪還でこの屋敷に運びこんで以来、凛の顔をまともに見るのはこれがはじめてだ。


「あぁ、不律か。心配をかけたな」


 凛は痩せ細り白い顔を俺に向けてゆっくりと言う。目はうすらぼんやりとしていて、治癒師の術がまだ抜けきっていないのかもしれない。


「凛姉さまのせいじゃない。いまは何も考えずゆっくり休んでくれ」


 凛はそれに応えず、「不律、少し賽助と話をしたい。お前は外で待っていてくれないか」と口にする。


「悪い。それはできない」


「不律?」


 思いのほか力強く返ってきた拒絶の反応に、凛はようやく俺に焦点を合わせた。困ったように眉を下げる。


「あぁ、ここには侍女たちもいるから、なにも心配はいらない。大丈夫だよ」


 追いすがってきた侍女と衝立から慌てて出てきた治癒師が頷いているが、彼女が凛の枕元に賽助ひとり置いて衝立の裏にまで引き下がっていたことを俺は知っている。


「これは、大丈夫なことじゃ、ないんだよ、凛姉。俺は、義父上(ちちうえ)と義母上(ははうえ)に、何かあった際のここの判断を任されている。賽助はもっと凛姉から離れるんだ」


 意識して、かなり強く言った。凛は不律がこれまでと違うしゃべり方をしていることに気がついたように目を開いた。


「それでは、お嬢に負担がかかります」


「必要ならば、俺が話をお前に取り次ごう。もっと下がれ」


 躊躇う賽助に、警告するように間を置かず繰り返して言う。


「下がるんだ、賽助」


「やめてくれ、不律……寝所に入れたのは私だ」


「では、話は、凛姉の婚約者である俺が、責任をもって預かります」


 返事をせず、驚いたように俺を見つめている凛に頷いてみせて、俺は賽助に改めて言う。


「そういうことになった。賽助。すぐに寝所を出るんだ」


 迷うように凛の顔をなんどか見ながら、のっそりと賽助は部屋を出ていく。戸の閉まりきったのを確認して、俺は凛の枕元に近づき、耳元で声をかけた。


「それで、侍女を使って俺を遠ざけ、寝所に入れてまで賽助に話したかったことはなに? 安心して。俺がちゃんと伝えるよ」


「不律……お前は、まだ私の許婚でいてくれるのだな?」


「あぁ」


「悪かった……」


 凛は固く目をつぶり、それ以上語ることはなかった。目元からはうっすら光る筋があった。俺はしばらくそんな凛の顔を見つめて、


「ごめんな、凛姉。これからは俺が凛姉を守るから、相談があるならまず俺に声をかけて。まだまだ頼りなく感じるかもしれないけれど、俺はずっと側にいるから」


 それだけ言って引き下がった。凛が俺の背中を見ているかは、あえて確認しなかった。


「僕」のまだ柔らかな純情が血を噴き出しながら悲鳴を上げているが、凛の身の上の心配より、嫉妬心まるだしになるだけで、口にするだけ凛の心が遠ざかるだろう。


 それから侍女と治癒師をひとりずつ呼び出し、隠し事、話の食い違いのないよう報告をさせた。


 凛に頼まれて、俺を控えの間から離し、賽助を部屋に入れたのだという。そのためあらかじめ賽助には近くの部屋に待っていてもらったのだとか。


 だいぶ悪質な行動に、目眩(めまい)がする思いだった。


 貴族だったら令嬢の臥所(ふしど)に男を招き入れるなど有り得ないだろう。


 だが、俺たちはもう貴族ではない。ましてここは追手から潜んでいる隠し拠点の狭い屋敷に過ぎないのだ。なにごとも簡便さが優先する。ある意味で、これこそが平民になったということだ。


「凛お嬢さまは、不律さまとの今後の関係について不安を抱かれていましたので、おふたりをよく見ていらっしゃる賽助さまにご相談したかったようです」


 彼女たちはそう証言をしたが、「好意を持っている頼れる男に、こじれた人間関係の心配事を相談」から思わぬ方向へ転がることなど、よくある話ではないか。


「世話人頭の賽助さまは特別なんだと思ってました」と泣きそうになって謝るふたりに、「たとえ自分たちが側にひかえているからといって、二度と家族でもない男を寝所に入れてはいけない」と厳しく伝える。


 どのみち、彼らの処分を決めるのは義父母であって、俺に処分の権限はない。実際のところ、何も起こらなかったに等しい話だ。義父母にこの一件を報告をすると、治癒師と侍女のふたりは重く注意を受け、賽助には前倒しで隣国に使者として行ってもらうことになった。


 凛が目を覚まし、多少落ち着けば、時をおかずに俺たちは隣国に用意していた商会屋敷に向かうことになっていた。そのための準備を促す使者を、もうすぐ送る手はずになっていたのだ。


 出発の朝、俺は屋敷の外にまで賽助を見送った。


「賽助、これまで凛の側で支えてくれて有難う。この感謝は本物だ。俺も賽助のことを疑ってるわけじゃない。だが、そろそろ俺は凛の守り手として、一人立ちしなければならないんだ。分かってくれ」


 賽助は俺の顔を眩しそうに見た。


「もう坊っちゃんもお嬢も大人になったんですな。……お嬢をどうかよろしくお願いします」


 そう言って、賽助は頭を下げた。



お読みいただき有難うございました。

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