第9話 皇后の思惑
朝景が陰兵衛府の者たちと晴明の護衛について案をまとめていると、配下の武人が慌てた様子で駆けてきた。
「皇后様がお越しです」
「……」
朝景はその場を離れ、別室で待つ雅子の元へ急いだ。
「皇后様」
雅子は優雅にお茶を飲んでいた。
「朝景。忙しいところごめんなさいね」
「いえ……。何か御用でしょうか?」
「ええ。安倍晴明が怪異討伐のために、都の外へ行くと聞きましてね」
雅子はゆっくり茶器を置いた。
「もし彼に何かあれば、帝のいる都が危機に晒されるでしょう?」
「……そうならないためにも、腕に覚えのある者たちを護衛に選んでおります」
雅子の意図が掴めず、朝景は慎重に答えた。
「それでも不安だわ。だって新設されたばかりの組織なのでしょう? 朝景は直接、彼らが戦うところを見たことがあるの?」
「いえ、それは……」
朝景はぐっと言葉に詰まった。
「まぁ! やっぱり見たことがなかったのね。実績がない者たちに、晴明の命を預けるのは不安だわ……」
「……」
雅子はわざとらしく手に頬を当て、不安そうな顔をした。
彼女の言い分には一理あり、朝景は何も言い返すことができなかった。
「それなら、責任者であるあなたが、自ら護衛につくのはどうかしら? 晴明とも親しいみたいだし。他の者よりも、さらに真剣に取り組めるのではなくて?」
雅子は何も知らない少女のように、無垢な顔で小首を傾げた。
雅子の意図はあからさまで、朝景はもう怒りさえも湧かなかった。
ただ、晴明が心配な気持ちはあったので、雅子の思惑はどうあれ、ここは受け入れることにした。
「そうですね……。都の平穏のためにも、私も晴明の護衛を致します」
朝景がそう言うと、雅子は笑顔になった。
「朝景! よくぞ決心したわ! 帝には私の方から進言しておくから、心配いらないわ」
「……。わざわざありがとうございます」
朝景は言葉を飲み込み、頭を下げた。
一方、晴明は陰陽寮に戻ると、現在行っている仕事を引き継いだ。それから家に戻ると、式神のお菊に荷造りの準備を指示した。
現場の町までは、馬で移動してだいたい一週間ほどかかるとの予想だった。
晴明は早めに就寝し、長距離の移動に備えた。
「朝景親王がなぜこちらにいらっしゃるんですか」
次の日の朝、晴明は出発するため、陰兵衛府の元へ向かった。
だが、そこには武人だけではなく、朝景と重成の姿もあった。
さすがに皇族である朝景が都の外の任務に来るとは思っておらず、晴明は予想外のことに驚いていた。
朝景は馬に荷物を乗せながら、皮肉気に笑った。
「都随一の陰陽師である安倍晴明を死なせるわけにはいかないと言われたんだ。役に立たない皇族は、せめて盾ぐらいにはならないと」
「朝景様」
晴明の強い口調に、朝景ははっとした顔をした。
「すまん。嫌な言い方をした」
素直に謝られれば、晴明はそれ以上何も言えなかった。
「晴明が心配せずとも、私も安全に気をつけるつもりだ。弓を使い、敵から距離を取って戦うから大丈夫だ。それに新設された組織だから、他に役立つ者がいないんだ」
「……」
晴明は朝景の言い分が本当か嘘か分からず、それ以上何も言えなかった。
本当はここに残ったほうがいいと言いたかったが、朝景の顔を見る限り、決定を変えるつもりはなさそうだった。
晴明はちらりと重成を見た。彼ならきっと、自分よりも朝景の身を優先するはずだ。
そう思った晴明は、朝景に頭を下げた。
「これからよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
そうして、晴明を始めとした一行は、目的の町に向けて出発した。




