第13話 穏やかなひととき
朝景は陰兵衛府に関する業務や、貴族家との会合など、慌ただしい時間を過ごしていた。
そんな中、息抜きに訪れるのは、決まって晴明の家だった。
晴明は貴族なのに世俗に囚われない生き方をしており、相手の事情に踏み込んでくることもない。
心を休めるのに、ちょうどよかった。
「また、来られたのですか」
晴明の方は、朝景と同じ気持ちではなかったが。
「詫びに酒とつまみを持ってきた」
「はぁ……」
晴明はこれ見よがしにため息を吐きながらも、朝景を追い出すことはなかった。
いつものように庭を見ながら煙管を吹かし、何を考えているのかよく分からない顔で過ごしていた。
「今日は少し遊ばぬか?」
朝景は持ってきた袋から、将棋盤を取り出した。
「……構いませんよ」
晴明は煙管の灰を落とすと、重い腰を上げた。
二人で向かい合わせに座り、駒を並べていく。
「よく遊ばれるのですか?」
「ああ……地方にいた頃によく遊んでいた。座学や剣術、弓術、全てを教えてくれた教師がいてな」
「勝敗は?」
「幼子の頃は負けっぱなしだったが、こちらに帰る間際ぐらいの頃は、全戦全勝だった」
朝景はにっと得意そうに笑った。
「それは戦いがいがありますね」
晴明は盤上を見ながら、柔らかく笑った。
歩を五枚振り、先手と後手を決める。
結果、朝景が先手に決まった。
「それでは参ろうか」
朝景は楽しそうに、駒を動かした。
しばらく、静かな空間に、駒がぱちぱちと盤上に当たる音だけが響く。
お菊は邪魔にならないよう、二人の隣にそっとお茶を置いて立ち去った。
「むむむ……」
朝景が悩む時間が、少しずつ増えていく。
対して、晴明はいつもと変わらない平然とした顔で、駒を置いていった。
「……」
朝景は眉間に皺を寄せながら、盤上を睨みつけていた。どう駒を動かすべきか、必死に考えを巡らせていることが、表情からもよく分かる。
晴明はそんな朝景の顔を見ながら、急かすことなく黙って待った。
「……参りました」
朝景は悔しそうに顔を歪めながら、軽く頭を下げた。
「はは」
晴明が珍しく声を上げて笑う。
朝景は驚きながら、その顔を見ていた。
「相変わらず、朝景親王は潔いですね」
「……負けは負けだからな」
晴明は笑いながら、将棋の駒を片付けた。
「……今日は私が勝ちましたが、次はどうなるか分かりませんよ」
朝景ははっとした表情で顔を上げると、嬉しそうに笑った。
「そうだな! また遊んでくれ」
「ええ……。時間が合えば」
二人はゆったりとお茶を飲みながら、他愛のない話を続けた。
庭では虫の声が静かに響いていた。




