豆の出どころ
ぼくは交易所の職員から荷物を受け取った。小分けにされた麻袋が5つ。
それを荷車に乗せて、カバーをかぶせて、店まで運ぶ。
今日はキャラバンが到来したので、交易所は賑わっている。
ニル区では見かけないような装備の人たち。いくつかの自動車。取引する職人たち。珍しい品物が、外の世界からやってくる。
ぼくは隣を歩く女給に話しかける。
「モミジは、買い物しないの?」
「いいえ。わたしは興味ない」とモミジはそっけない。
「この前はクヌギと来たんだけど、クヌギはあちこち見て回っていて、だいぶ待たされたよ」
珍しい食材、珍しい機械部品、そういったものがキャラバンからもたらされる。
「そうね。クヌギは珍しいものが好きだから」
「モミジは何に興味があるの?」ぼくはモミジに聞いた。
モミジはしばらく沈黙した。
ぼくは、質問したことを後悔しはじめていた。他の女給と比較するようなことは、まずかっただろうか。それとも、無礼な質問だったのだろうか。
「わたしが興味あるのは」モミジはゆっくりと言った。「お店を維持することだけ」それだけ言って、モミジはだまって歩き続けた。
店の維持。レミーナを維持するということか。
なんで、そこまで。
聞こうとしたが、荷車を押して追いつくので精一杯だった。
「霧島。この豆をよく覚えておけ」マスターが言う。
マスターは、ぼくたちがさっき運んできた麻袋を示す。
その中身は、コーヒーの生豆に見えたけど、どこか違う。不揃いな感じがする。これはもしかして。
「本物のコーヒー豆ですか?」
「そうだ」
「これ全部が?」ニル区で飲まれているのはフェイクコーヒーだと教わっていたが。
「もちろん違う」マスターが言う。「他の袋は、フェイクコーヒーだ。本物は、フェイクに紛れ込ませて運ばせている。匂いで見分けるんだ」
「なるほど。たしかに草みたいな匂いですね」
マスターは古ぼけた焙煎機に火を入れた。今日これからまとめて焙煎する。マスターはぼくに説明してくれた。
「本物のコーヒーは、地下で、特別接待で出すためのものだ。上では絶対に出さない」
そうか。特別接待に関わることはぜんぶ秘密にしなければならない。
この豆も、秘密なんだ。
フェイクコーヒーの麻袋が開かれる。
「まずはフェイクコーヒーを焙煎する。本物はいちばん最後だ。おまえにもいずれ覚えてもらうから、今日は見ておけ」
「わかりました」
そうしてぼくは、マスターが焙煎するのをじっと観察した。
ずっとフェイクが続く。そのあとの、本物のコーヒー豆が焼ける匂いは格別の良さだった。この香りが、店に独特の厚みを与えているような気がした。これもモミジの言う「店の維持」なのだろうか。しみついた香りはレミーナの構成要素のように思える。
◆
数日後の特別接待の翌日。
ぼくは店でモミジと二人きりになった。マスターも、他の女給たちも、いない。
込み入ったことを聞くチャンスだと思った。ぼくは思い切って聞いてみた。
「なぜ”店の維持”が大事なの?」
その質問に、きょとんとするモミジ。
「考えたことなかった」モミジが言った。
「そうか」
しばらくの沈黙。
「わたし、この店が好き」とモミジは視線をさまよわせながら言った。「今のこの店が。何も変えたくないの。そのことでクヌギといつも揉めるけど」
「ふうん。君たちも意見が合わないことがあるんだ?」確かにクヌギは、新しいものを持ち込む。それがモミジと合わないってことか。
「実は」ためらいながらモミジが言う。「はじめのころは、霧島がここで働くことについて、とても不安だった。店が変化しそうで」
「そうだろうね」ぼくはこの街とこの店にとって、異分子でしかない。それくらいの自覚はある。「それで、いまのぼくはどう?なにか、直したほうがいいことがあれば、言ってほしいんだけど」とモミジに率直に聞いた。
「別に」
「そうか。ぼくも店に馴染んできたってことだね?」
「まだ」
「そうか」




