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13 大逃亡作戦

「私、知りませんでした。」

教会でモニカが独り言のように呟く。オシャラと出会ったあの日から彼女はどこか気分が晴れぬままであった。

「国を統治する王にそのような悪辣な一面があるとは…」

「王様なんて滅多に会わないんだろ?知らないのも当然だ。自分に仇なす敵は全て魔族。都合の悪いことは全て魔族のせいってするのは強引だが楽だし効果的だ。」

ガラハッドの答えはモニカの心情に影を落とす。彼女は性善説の元、人は話し合えば助け合えると信じてきた。ガラハッドと初めて出会った時、魔族であった彼をそれでも教会に住まわせたのもその信念があったからだ。しかしオシャラの話を聞いていると、少なくとも王に善の心があるとは思えなかった。人を拉致し見た目が違うからと道楽の為の家畜のように扱い、自分の手元から消えると、魔族の世間イメージを利用してまで排除しようとする。とても善人とはいえないだろう。ガラハッドから言わせてみればモニカの考え方は目が眩むほどの綺麗事だ。だが

「…俺はシスターの信じるその考え方を支持するぜ。神様ってのは信用してねぇけどな。」

ガラハッドはモニカに笑って見せる。モニカは幾分か心の取っ掛かりが取れたかのように微笑んだ。


「また面倒事に首を突っ込んだの~。お主も大概お人良しじゃな。」

「しょうがないだろ。シスターの眼前で巻き込まれたくないから手を引きますなんて言えるか?」

「…言えんな。」

ガラハッドとアズが食事をしながら話し込んでいる。

「でもいいのか?もしその愛の逃避行に協力したことが知られたら我らも王室から追われることになるぞ。」

「そこは…上手くやる。」

「本当か~?お主案外うっかりな所あるからのー。」

「…実行は俺とナギだ。アズはシスターの所にいてくれ。そうすればヘマしても疑われるのは俺とナギだけだろ。」

「…承った。」

とその机にナギが足早に寄ってくる。平然を装っているがその表情には焦りが見えていた。彼女は乱暴に椅子に腰かけると、二人の顔を寄せて極めて小さい声で話し始めた。

「大変だ、ガラハッド。どうも賞金稼ぎの連中達がオシャラ君達の居場所に感づいたらしい。今さっき大勢が馬屋に詰めかけてるのを見た。アニー君は身重だし、彼らの馬も疲弊している。何より荷馬車はスピード的に逃げ切れるわけないし、あの数に囲まれたら一溜まりもないぞ。」

「ちっ!計画よりだいぶ早いぞ。なんとか足止めを。」

「不自然すぎるから止めた方がいい。あいつには既に匿ってもらえるよう了承を得ておるんじゃろ?こうなったら力づくが結局安パイじゃと思うがな。」

考える時間はない。オシャラ達の準備が済んでいるかは分からなかったが覚悟を決めるしかなかった。

「先に空飛んでこのことをオシャラ達に伝えてきてくれ。俺もすぐ合流する。」

ナギはその言葉を聞くや否や颯爽と外に駆けだした。即興ではあるがオシャラ逃亡作戦が今スタートする。


「思ったより多いなぁ。」

前方を進む賞金稼ぎの隊列を見ながらガラハッドはため息を吐いた。本当ならば誰にも見つからないように万全を期して、夜の闇に紛れるように逃げるつもりだった。だが今目の前に広がる景色を見ていると、結局アズの言っていた通り力づくしかないだろう。もうすぐオシャラ達が隠れている森に入る。森の中では彼らの荷馬車は満足に動けないからあっという間に捕まってしまうだろう。隠れるのも得策ではない。人海戦術でしらみつぶしに探されるのが結局一番効率的だからだ。賞金稼ぎにはそれができるだけの人員がいた。つまり、一足先に来ているナギの指示の元、早々に森から飛び出してこないと、詰みなのだが…。そんな事を思案していたガラハッドの視界の先で良いことと悪いことが同時に起こった。良いこととはオシャラの操る荷馬車が凄い勢いで森から飛び出したことだ。どうやら準備が間に合ったらしい。悪いことは飛び出した先が賞金稼ぎ達の目の前だったこと。

「!?もうこんなに!」

オシャラは自分を追ってくる賞金稼ぎの量に絶句する。この中のどれだけの人がガラハッドのように話が通じ合えるか…。恐らくはゼロかそれに近い数字。つまり全力で逃げる以外の選択肢はない。


「なんとか馬車は出せたけど…あれじゃあジリ貧だよ。」

ガラハッドの傍に翼を広げたナギが降りてくる。

「俺達がフォローしてやらないとマズいな。」

「フォローって…僕たちも関わってるってバレたらこれからの人生に支障が出るよ?それともまた魔王軍に雇ってもらう?」

「それは勘弁。要は顔が割れなきゃいいんだろう。」


「うわぁ!」

「なんだこいつ!」

賞金稼ぎの一団、その後方から悲鳴が巻き起こる。先頭でオシャラの馬車を追いかけていた賞金稼ぎはその異常に気が付いた。

「何か後ろが騒がしいな。」

何が自分の背後で起こっているのか、それを確認しようと振り返るとそこには、燃える馬に乗った首の無い騎士が鞭を振り回しながら賞金稼ぎの一団を割って入る様に来ていた。

「魔、魔物?」

自分の見たものが信じられなくて目を擦り改めて確認しても、その首無し騎士の姿は変わらない。他の賞金稼ぎがその首無し騎士を倒そうとそれぞれ攻撃するが、彼の卓越した鞭捌きで武器をはたき落とし、体に巻き付くと馬から引きづり落す。その動きに賞金稼ぎは手も足も出ていなかった。

「いきなり来てなんだ!?仕事の邪魔をしやがって。」

一人の男が手綱を絞り、首無し騎士の背後に回る。背中の矢筒から矢を取り出し、弓につがえギリギリと引いた。矢じりにはドロっとした液体が纏わりついている。

「鎧の隙間にぶっ刺してやる。ちょっとでも体内に入ればたちまち体が痺れる毒付きだ…。」

馬上の上とは思えない程、安定した体勢で狙いを定め男は矢を放つ。矢は一直線に首無し騎士の元へ飛んでいく。その時、矢を放った男は信じられない物を見た。確かに騎士の背後から馬の足音に紛れさせ気づかれぬように矢を放ったというのに、騎士はノールックでその矢をキャッチして見せたのだ。完全な死角から高速で飛んでいく矢を反射神経だけで取れるわけがない。そもそも頭のない騎士に死角という概念があるのかは分からないが…。そう戸惑っている内にカウンターと言わんばかりに鞭が飛んできて…。気がついた時には馬から弾き落とされていた。

「よし!遠距離野郎排除完了!」

では首無し騎士はどのようにして周りを見ているのか?その答えは案外単純で、上空を見れば分かる。

「デュラハンだとこういうことができるのか。」

感心したような声を出すナギ。その足にはがっしりと掴まれたガラハッドの頭があった。まだ人間社会にデュラハンだという事がバレていないガラハッドは自分の胴体だけをオシャラの救援に向かわせ自分は上空からそれを見ていた。賞金首たちの焦りようは滑稽だ。目的が一致しているから群れているだけで賞金首たちに連携など微塵もない。よって腕の立つガラハッド一人でも十分かき乱すことができた。ガラハッド(頭)とナギは文字通り高みの見物だ。

「ねぇガラハッド。これって要は上から見てるから動けてるわけだよね?」

有頂天になっているガラハッドに対し、ナギは聞く。その声色には僅かに不安の色が混じっていた。

「あ?あぁそうだが。」

「となると…この先ちょっとマズいんじゃないかな?」

そうナギに言われ進行方向を確認したガラハッドは口をあんぐりとあけ絶句した。オシャラの馬車は深く生い茂った森に突入しようとしていたからだ。

「あの森じゃ空から下の様子なんて見えないよね?」

「?!緊急脱出!」

ガラハッド(胴)の指示でシャノンは空へと上がった。

「なんで森を突っ切るルートを指示した?」

「いやー慌ててたから…当初のコソコソルートをそのまま教えちゃった。」

ガラハッドの妨害が無くなった賞金稼ぎ達は楽にオシャラ達の馬車に取りつけるだろう。森の中では馬車は小回りが利かないから一本道を真っ直ぐ進むしかない。オシャラの後を追い、多くの賞金稼ぎが森の中へと入っていく。微かに揺れる木々と車輪が勢いよく地面を転がる音を聞きながら、ガラハッド達は上空でオシャラ達の無事を祈るしかなった。

「荷馬車はどうなった?」

「分からない…そろそろ出てくる頃合いだと思うけど。」

果てしなく長く感じる時間の後、ようやく森の出口が激しく揺れたかと思うと、オシャラが駆る馬車が飛び出てきた。けもの道を強引に突き進んだのだろう。彼や馬車に刃は無数の木の葉や枝が付いていた。そして最悪な事にそれを追いかける賞金首たちの集団は森に侵入するよりずっと近くまで迫っている。それこそ手を伸ばせば馬車へ乗り込めそうな勢いだ。ガラハッドはシャノンの高度を下げると荷馬車の天井に飛び移る。ガタガタと小刻みに揺れる馬車の上でバランスを取るのは極めて難しい。

「オシャラの野郎、もっと安全運転しろよ。」

「そんな事言ってる場合かな。」

その状態で馬車に迫ってくる賞金首たちを迎え撃つのは至難だった。それにさっきはあくまで馬車に気を取られている賞金首たちに奇襲をかける形だったから上手くいったが、今度は違う。

「右舷方向から二人行ってるよ。前に回り込むつもりだ。反対側からも乗り込もうとしてる。」

「分かってる!くっそいまいち距離感がつかみにくい。来るなら一人ずつ来いってんだ。」

空の上からラジコンを操作するかのように自身の体を操るガラハッドも段々としんどさが見えてきた。

「くそっ!一網打尽にできたら楽なのに。」

ゾンビのように馬車に飛び移ってくる賞金稼ぎを蹴り落しながらガラハッドが愚痴る。

「僕も降りて相手しようか?」

「いやギリギリまで粘る。シスターには迷惑かけられない。あぁくそ、しまった!」

少し油断した隙に馬車にしがみ付いてきた奴に足首を掴まれたガラハッドはそのままの勢いで引きずり落されそうになる。

「がぁあ放しやがれ!」

何とかギリギリ落ちる寸前で馬車の縁に片手でしがみ付くガラハッドだが、堪え入れずその手を放してしまうのは時間の問題だ。

「今だ!あの騎士を引きづり落せ!」

賞金稼ぎは邪魔者を排除しようとここぞとばかりにガラハッドへ攻撃する。

「ワラワラと食べ物に群がる蟻みてぇに寄ってきやがって。俺の体に触るんじゃねぇ!」

「こんな上から言っても聞こえないと思うよ。それよりいよいよマズいんじゃないか?ガラハッドが落ちたらあの馬車は完璧に無防備、つつきたい放題だ。」

「だからそうされないように頑張ってるんだろ!」

ガラハッドは懸命に腕を伸ばすと何とか再び馬車の上へとよじ登る。

「なんとか戻ってこれた。舐めんなよ!」

そうガラハッドが迫る賞金稼ぎ達に啖呵を切った瞬間だった。小石を踏んだかはたまた窪みにハマったか…。荷馬車がいきなりガタンと跳ねる。

「あああぁ!だから安全運転しろって!」

ガラハッドの主張むなしく、馬車が跳ねた拍子でガラハッドの胴体はしがみ付く暇もなく、馬車から弾き出され、地面に激しく打ち付けられるとゴロゴロと転がった。シャノンが心配そうに駆け寄る。激しい全身打撲にむちうちは免れないだろう。

「あの胴体に戻るの覚悟がいるなぁ。」

思わず現実から目を背けるガラハッドにナギは「それどころじゃないだろ」と叱責した。ガラハッドという護衛がいなくなったオシャラ達にもはや抵抗力はない。賞金稼ぎ達が彼らを生け捕りにするとは限らない。

「もういいね。流石にこれ以上は二人が危険だ。僕も加勢するよ?」

「いや、その必要はない。何とか時間は稼ぎきれた。」

降下しようとするナギを止めガラハッドは下を見るように促す。オシャラ達の馬車は両側が鋭く切り立った峡谷へと侵入していた。まるでそこだけを綺麗さっぱりくりぬいたかのような形。明らかに人の手が入ったその不自然な地形をナギは以前見たことがあった。

「なんの音だ?」

オシャラを追い峡谷に侵入した賞金稼ぎ達は互いに顔を見合わせる。遠くでゴロゴロと雷のようになる野太い音。それは段々と賞金稼ぎ達に近づいてきた。

「落石だ!!」

賞金稼ぎの行く手を阻もうと、峡谷の両壁がボロボロ崩れ賞金稼ぎ達に巨大な岩の塊となって降り注いだ。

「早く逃げろ!」

「なんだってこんな時に!」

オシャラが通り過ぎた箇所からドミノ倒しのように崩れていく峡谷内で賞金稼ぎ達はみな押しつぶされまいと必死な様相で来た道を戻っていった。賞金稼ぎがこの道を乗り越えオシャラ達を追い続けるのは不可能に近いだろう。彼らは逃げ切ったのである。ガラハッドは峡谷の淵で空を見上げ、こちらに手を振っているスロウと目が合った。


「いい機転の利かせ方だったろ。」

「うん。助かったよ。」

「…あれは大丈夫そ?」

スロウがナギの背後で地面にのたうち回っているガラハッドを指さす。

「あぁー痛みに悶えてるだけだからしばらくしたら落ち着くと思う。それにしても本当にいいの?オシャラ達を匿ってくれるのは有り難いけど、それは人間と生活を共にするってことだよ?」

「あんた等が出来てるなら大丈夫でしょ。それに俺に色んな事を見て来いって言ったのはあんた等だろ。」

「そう。まぁそれならいいんだ。本当に感謝してもしきれないよ。」

そう微笑むナギにスロウは気恥ずかしそうに顔を背けた。

「感謝しないといけないのは俺達だ。」

ボロボロになった馬車からオシャラがブランケットにくるまれたアニーの手を取り出てくる。

「だいぶ激しいチェイスだったけどアニー君は無事かい?」

「まぁなんとか。大量にブランケットやらを用意してもらったおかげで。だいぶ酔ってはしまったみたいだけど。」

「あんたがオシャラか?俺がスロウだ。あんた等の事をしばらく面倒見てやる。それにしたって聞いてた通り本当に肌が黒いんだな。」

「身の安全は彼に任せれば大丈夫だと思う。必要な物とかあれば手紙を送ってくれれば僕が届けるよ。」

「本当に…何から何までありがとう。」

「いいってことさ…」

ボロボロの状態で顔をしかめ亀のように這いつくばりながら、息も絶え絶えにガラハッドが言う。

「子供が無事に生まれると良いな…。」

「本当にありがとう。君たちの事は忘れないよ。」


「ほらガラハッド頑張って。あと少しだから。」

「体の節々が痛ぇーよ…。」

「そうだね。お疲れ様。明日は仕事お休みしようね。」

ナギに体を支えられる体勢でなんとかシャノンの背に乗りながらガラハッド達は帰途についていた。

「スロウに任せればしばらくは安心だろうけど…オシャラ君は指名手配のままだから、依然油断はできないね。昼に追いかけっこした賞金稼ぎ達がまたいつ徒党でも組んで押しかけるか。」

ナギの心配は最もだ。それに街によそ者である賞金稼ぎ達が蔓延っていると仕事にも支障が出る。しかしその心配は意外な形で解決されることとなった。

「あれは…」

街の入り口から無数の人影が馬に乗ってぞろぞろと出てくる。見たことのある顔ばかりだ。

「賞金稼ぎ達が街から出ていく…。でもどうして?」

オシャラの事を諦めたのだろうか?賞金稼ぎの表情には不満とやるせなさが滲んでいた。

「ここは我らの街だぁ!!!」

案内所に入った時、街中の冒険者が酒を片手にどんちゃん騒ぎをしていた。騒ぎの中心にはアズがいてなにかやり切ったと晴々とした顔をしている。

「おぉー戻ったか二人とも。」

「おいアズなんの騒ぎだこりゃ?」

ガラハッドが聞くとアズは誇らしげに胸を張った。

「よそ者を追い出したのでな。皆で宴会しておったのだぞ。」

「よそ者って賞金稼ぎの事?」

「うむ。聞けば他の冒険者連中も賞金稼ぎのあのスカした態度がいけ好かないってことで、我がちょいと焚きつけただけよ。」

「あ、そう…。まぁ…よくやった。」

「ふむ。そんな事より例の奴は無事送り届けれたのだろう?」

「まぁね。しばらくは様子見かな。」

「それなら結構。ほれお主らも一仕事終えたのだから好きに食べて飲むといい。」

あまり見ない気分のいいアズにガラハッドとナギは顔を見合わせる。今日はかなり忙しい日だったしここは雰囲気に流されるのもいいかもしれない。三人は手に取った杯を勢いよく上げた。

オシャラのキャラ間違えたなぁ。

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