名前
大型ロボットが、こちらに向き直った。
胸の大穴の奥で、淡い青い光が脈を打つ。私の胸の奥の熱と、同じリズムだった。息が浅くなる。視界が狭くなる。けれど足だけは止まらない。
「それ以上前に出るな、今すぐ下がれ」
スミスの声が飛ぶ。命令というより、危険を弾き出した上での制止だった。
私は刃を握り直す。赤い光が薄く揺れ、刃先がわずかに熱を持った気がした。
大型ロボットが踏み込む。床が震え、金属片が跳ねた。片腕がないぶん、胴体を捻って距離を詰める。壊れているのに速い。速すぎる。
スミスが横へ滑り込み、棒状の武器で膝の側面を叩いた。硬い音。火花。だが機体は止まらない。衝撃が装甲に吸われていく。
「……っ、硬ぇな」
スミスの呟きに余裕はなかった。笑いもない。目だけが冷えている。
大型ロボットの残った腕が、周囲の残骸を薙いだ。金属の山が崩れ、粉が舞う。私は反射で身を沈めた。破片が頬を掠め、冷たい痛みが走る。
胸の奥が鳴った。
――回収しろ。
声ではない。命令でもない。けれど、それ以外の選択肢が消えてしまった。
遠くで足音が重なった。金属の靴底が床を叩く音、複数。統率された音が近づいてくる。
戦闘部隊だ。
彼らは到着するなり散開した。銃口が上がり、狙いが素早く揃う。動きに無駄がない。いつでも撃てる――はずだった。
「下がれ!」
後ろからスミスの声が聞こえる。私に向けた命令だった。
――でも、足が動かなかった。
下がるという選択肢が、最初から存在しないみたいに、胸の奥が前へ引いている。青い光の脈が、穴の奥の光と同じリズムで鳴っている。
銃口が揺れる、狙いが定まらない。私は射線の真ん中に立っていた。
撃てば、まず私に当たる。
「撃つな!」
スミスが隊員たちに命令を飛ばす。
隊員たちは即座に理解し、私に射撃が当たらない位置を探しながら、周囲に広がっていく。巨大な機体の隙が見えたら、いつでも撃てる距離と角度のまま。
だが誰も動かない。ただ、全員の視線が私に固定される。いつでも撃てる体勢なのに、引き金は引けない。
スミスが歯を食いしばる気配がした。
「……くそ」
けれど、後ろのスミスは私を止められない。止めに入れば、彼自身も巻き込まれると分かっているからだ。
「……なら、胸だけ狙え! 穴の奥だ!」
それは相手を倒すための最善策だった。
私は頷いた。
大型ロボットの胸へ一直線に入る。床を蹴る。身体が軽い。軽すぎる。自分の足で跳んだ感覚ではなく、誰かに背中を押されたように、気づけば自然と前へ進んでいた。
私は宙を舞うように戦っていた。
それはまるで相手を翻弄する舞踏のようだった。
赤い刃が光る。青い光が暴れる。二つが噛み合う。
穴の縁に刃が触れ、金属が擦れる。火花。手首が痺れる。それでも押し込む。刃先が刺さるべき場所を見つけさせるために奥へ奥へと滑り込ませた。
刺さった。
大型ロボットがびくりと跳ねる。青い光が乱れ、関節が一拍遅れる。動きが鈍る。赤い光が刃から滲み、内部へ染み込むように広がった。
私は刃を抜かない。
抜けば逃げられる気がした。逃げられたら、私の中の何かが戻らない気がした。
だから、捻った。
刃を奥で捻じ込む。
大型ロボットが暴れる。胸部の装甲が軋み、私の腕が持っていかれそうになる。肩が抜ける感覚。視界が白くなる。
それでも離さない。
周囲は静かだ。戦闘部隊は見ている。撃てないまま見ている。スミスが息を飲んだ気配がした。
青い光が割れた。
割れたというより、ほどけた。糸が千切れるみたいに、光がばらけて穴の奥から浮き上がる。
私は反射で手を伸ばした。
指先より先に、胸の奥が掴む。
光が、私の中へ吸い込まれていく。
眩しいはずなのに、目は焼けない。
そしてなぜか、心地よさが広がった。自分が一つになったというよりも、何かが私に加わった、そんな感覚に近かった。
大型ロボットは最後に一度だけ腕を振り上げた。だが途中で止まる。関節が噛み合わず、力が抜ける。
そのまま崩れ落ちた。
金属の山が鳴り、粉塵が舞い上がる。沈むように倒れ、動かなくなる。
誰もまだ銃を下ろしていない。撃っていないのに終わったからだ。
「……倒した」
かすれた声が落ちる。
私の手から赤い刃が滑り落ちた。床に当たる音が妙に遠い。
私は膝に手をついた。呼吸が荒い。喉が震える。けれど胸の奥は静かだった。
吸い込んだ光が内側でほどけ、欠けていた場所にぴたりとはまり込む。そこが埋まった瞬間、胸の奥の脈が一段低く落ち着いた。――回収できた。
スミスが近づいてくる。倒れた機体ではなく、私を見る。
「……今のは、何だ」
スミスが私に何か質問をしてきたが、その言葉は私には届かなかった。
そんなことよりも、私は今、初めて自分が形になったような感覚、やっと私が私であると感じられた――エアラ。
胸の奥で、鈴が鳴るみたいに震えた。
やっと思い出した。
私の名前は『エアラ』
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