裏切られた女神
「私は、神だ――」
白髪の少女が、誰にも届かないほどの小さな声で呟いた。
サファイアのように透き通った瞳は、光を失っていない。だが、胸の中心を、銀の剣が貫いている。白い肌ごと突き抜けた刃は、心臓の鼓動を奪う位置で止まり、呼吸をするたび、身体の中から温度が抜けていくのが分かった。痛みはもうない。代わりに、世界が遠ざかっていく。
視界の端で、四人が立っている。
二人の男と二人の女。どれも戦い慣れた目をしている。そして勝利を確信した油断と冷たさがあった。
赤髪の女は、薄く笑った。
「……神? まだそんなことを言うのね」
白髪の女は答えない。答えるだけの余力がないからではない。何を言っても意味がないと知っているからだ。
彼女の背後に、淡い光が滲んだ。
魔法陣。
線は細く、しかし精密で、世界の法則を直接引き剥がすような形をしていた。魔法陣が広がるにつれ、空気が鳴った。圧力が生まれ、風が吹き荒れ、四人の衣が煽られる。
褐色肌で紫の瞳の女が、余裕な顔で言った。
「――まだ動けるんだ」
黒髪黒目の大男が、大剣を片手で構え直し攻撃に備える。
「止めろ。魔法を完成させるな」
だが遅い。
瞳が、ゆっくりと真紅へ染まった。血ではない。怒りでもない。何かを“起動”する時の色だ。
青髪の青年が、わずかに顔色を変える。
「……攻撃じゃない。あれは――」
少女の身体が、光に溶けるように消えていく。
消える、というより、ほどける。
――この魔法は最終手段、しかもこれは不完全だ。
傷が深すぎる。魂をまともに保てない。
それでも、やるしかない。ここで終われば、私の存在は奪われる。
光の中で、少女の魂が裂けた。砕け、細い糸が引き千切れ、無数の欠片が別々の方向へと消えていく。
「…必ず戻る」
身体が、光の粒になって崩れ始める。神にとって肉体など付属品にすぎない、魂さえあれば復活できる。だが彼女は肉体と同時に“魂"もバラバラになってしまった。
その言葉の後、残ったのは沈黙だった。
褐色の女が歯噛みする。
「ちっ、逃がしたか……!」
黒髪の男が低く問う。
「どこへいったか。わかるか?」
青髪の青年は、割れた空間を睨みながら言った。
「あれは転移ではないです。“魂”だけを別の世界へ送ったようですね。……ですがあれだけ弱っていれば魂はもう保たないでしょう。魔法が正常に動作したかも怪しいですね。」
赤い長髪の女が、床に落ちた銀の剣を拾い上げた。刃には血がついているのに、銀は曇らない。むしろ、血を拒むように淡く光っていた。
彼女は嬉しそうに、そして軽い調子で笑う。
「まあいいわ。あんなに弱っていて、逃げたところで何ができるの?」
剣を指で弾く。澄んだ音が鳴った。
「それより――“地球”が手に入ったんだもの。そんなこと、どうでもいい」
四人の視線の先に、誰もいない空間が残る。
ただ、魔法陣の名残の光だけが、空間にうっすらと焼き付いていた。
それは、ひとつの“道標”だった。
彼女が戻るための。
あるいは――誰かが追うための。
◇◇◇◇
そして、女神の“魂”は、世界の境界を越え、世界の外へ落下していく。
知らない世界へ。知らない時間へ。知らない場所へ。
最後まで書きます。




