備蓄
上にいる者達の視線に気づかないまま……一揆衆は城の補強に務めていた。
偵察は来ているだろうけど、本格的な侵攻は見えない。復旧前に仕掛けられるのが怖い所だが、散発的な攻勢ばかりだった。
「甚兵衛殿、敵軍の撤退を確認しました。我々の勝利です!」
「よし!」
一揆衆が湧きたつ。今も小競り合いはあるし、命を落とす者もいなくはない。しかしそれ以上に敵軍を退けている。思った以上に順調な展開で、一揆衆の士気は高かった。
さらにその合間合間を縫って、彼らはある事を進めていた。
「おぉい! 帰って来たぞ! 城門を開けてくれ!」
見張りの者へ声をかけるのは、外を回っていた仲間たちだ。門番役の一揆衆が扉を開いて迎え入れれば、山ほどの物資を抱えて戻って来ていた。
「森様! 益田様! 兵糧や武具を集めて来ましたぞ!」
「おぉ! ご苦労であった! では蔵に保存を」
「はい!」
拠点を手にした島原の一揆衆は、原城を補修しつつ……周囲の村を巡ったり、代官所に襲撃を仕掛けて、武器や兵糧を奪い蓄えていた。もっとも『奇跡』の恩恵もあり、防具や兵糧を優先して溜め込んでいる。完全に略奪行為なのだが、彼らの表情は明るかった。
「これでしばらくは籠城できる。後は……」
「我らの信心を海外の教皇様に認めていただき、この原城を中心とした地域に『キリシタンの国』を築く。その保障と後ろ盾になっていただくだけですな」
「あぁ。ここ近年、幕府の強硬策に思う所もあるはず。我々が武器を取り、立ち上がった事を知れば……きっと救いの手を差し伸べてくれるに違いない。何せキリスト教は信仰の下、すべての人は平等と説く教えですから」
それは幕府が最も恐れ、警戒し、キリシタンを弾圧する一番の理由なのだが……ある種純粋である彼らは、裏にある事情や感情まで考えは及ばない。今の所、彼らを支援しようとする外国はいなかったが、このまま抗い続けていれば、いずれ海外側から自分たちを支援してくれるだろう。少なくても、彼らはそう信じていた。
事は今の所順調に思える。だがしかし……浪人衆の一人、益田甚兵衛の表情が険しい。近い立場の一揆衆の一人が、おずおずと聞いた。
「何か……憂いがあるのですか? 甚兵衛殿」
「うむ。どうも島原藩の動きが鈍い。それが気になってな……」
「偶然ですが、我々が決起した時は領主の松倉勝家が留守中で……代官共も薄々ですが動機を理解しておるのでしょう。士気の低さや統制の甘さは、十分説明がつきますが……?」
「むしろそれが困るのだ。こうも島原藩の対処が遅いと……逆に時間が稼げん。幕府軍が出張ってきたら流石に苦しい。その前に、諸外国に我々の土地を『主の加護の下の独立国』と認めていただきたかったのだが……」
益田甚兵衛が唸る。島原藩が対応を遅らせている内に、海外のキリスト教国家の後ろ盾の下にして、独立自治権を成立させる。それが本来の決起計画の理想形だった。
だがそれには……多大な時間と折衝が必要だ。ひとまずお触れを出すだけでも、相当な月日が必要なのは分かるし、日本とヨーロッパでは物理的な距離も遠い。
それには、長くダラダラと応対してくれた方がいい。しかし『大事』と判断されれば、早急に幕府が出張って来る。国のトップ直々の精兵を相手にするのは、素人の農民もいる一揆衆では厳しい。
――この不安と懸念は、相手方の情報が読めないからなのか? それとも、何らかの直感や予感によるものなのか? 深く思案が至る前に、彼の子息が神妙な表情で歩いてきた。
「お父上、よろしいですか?」
「四郎か。どうした?」
「吉兆です。先ほど私の下に天のお告げがあり……海を跨いだ先の天草でも、我らの同士が決起したとの事です」
「なんと!」
「それはつまり……?」
四郎はにっこりと頷く。お告げの正体や、彼が腹の内側に抱えた物を完璧に隠し通して。
「はい。天草地方でも一揆が生じた。幕府のキリシタンに対する弾圧は、ここに限った話ではありませんからね。彼らも耐えかねて……と言う事でしょう」
「おぉ……!」
「して、戦況は?」
「はい。どうやら富岡城を包囲し、攻勢に出ている様子」
ぐっ、と拳を握る浪人。長き忍耐の時を終え、いよいよ我らの時代が来るのだと確信している。しかし四郎の父、益田甚兵衛は違った。
「……マズいな」
「父上?」
「何をおっしゃるのです! ご子息の言う通り、これはまさしく吉報ではありませんか! 天が我々キリシタンをお導きに――」
「違う、そういう話じゃない。『藩を跨いでキリシタンが反乱を起こした』状況がマズいと言っている。これでは、江戸幕府が本気で潰しに来るぞ……」
「「!」」
キリシタン達の蜂起……連続して二か所で発生したのなら、他の潜伏キリシタンも目覚めるかもしれない。その恐怖と危険性を認知した江戸幕府が、大規模な兵を率いて自分たちを叩き潰しに来る――その展開が容易に想像できた。
これは『独立自治権』を求めていた層にとっては、あまり好ましくない展開。もっと時間をかけて島原藩に応対してもらい、しばらく江戸幕府は静観してもらいたかった。中央政府が腰を上げた時は、既に海外の手が入っていて手遅れ……その状況が最善であった。
次々と決起する事は、一見して朗報に思えるが……これでは『上がった火の手が派手過ぎて』幕府を刺激する危険性が高い。一概に喜べない空気の中で、益田甚兵衛は頭をかいていた。
原城に立てこもった一揆衆は、補修工事をしながら……周辺の代官所や村々で兵糧を蓄えます。略奪行為の類ですが、島原藩は対策できなかったようで……彼らが籠城の構えとその準備を進めるの止められませんでした。何度か攻撃は仕掛けているようですが、効果的な物では無かったと記録があります。




