天守から見下ろす者達
他に誰もいない原城の天守閣に……16歳の少年、天草四郎は一人たたずみ地表を見下ろしていた。
彼が起こした『奇跡』……いや彼と契約した悪魔『ハルファス』の権能と一揆衆の働きにより、原城は要塞としての機能を取り戻しつつある。周囲に誰もいない事を確かめてから、鳩の姿の悪魔が契約者に話しかけた。
『カカカッ! 大したモンだな! オレサマの助力があったとはいえ……こりゃあ一国の首都か、重要拠点に比類する防御力だぜ!』
「ただの農民の反乱軍が持つには、過ぎた要塞だ。この城をほったらかしにしてくれた藩主殿には、感謝しかない」
『全くだ! 捨てるにしたって……使えねーようにブッ壊しておかねぇから、乗っ取られて大変なコトになるっつーの‼』
まさしく今の状況である。ゲラゲラと笑うハルファスも上機嫌だ。城内部の修復も悪魔の権能で進めているし、その他の補修も進んでいる。元々一万を超える人手がいたのだ。放棄された廃城とはいえ、時間と人手があれば復旧可能。そこに『奇跡』が加われば、戦に耐えうる城に戻るまで時間はかからない。今は立派な櫓も立って、周囲の警戒も万全だ。
これなら島原藩が仕掛けて来ても、すぐに応対が可能だろう。奇襲はほぼ不可能に近い。堀も塀も何重に張り巡らされ、防衛側の各所からは弓矢や銃器の射線が通る。投石や行き止まりに、槍衾などの罠もたんまりだ。
さらに武器庫は装具で満タン。これで原城の防備は完全な姿……それどころか、改修補強した状態で敵軍を迎え撃つ事が出来るだろう。
『この要塞を落とすにゃ、万単位の軍が必要だろうなァ……くっくっく! どれだけの血が流れるのか、今から楽しみだぜェ……!』
「同感だ。敵も味方も、全員内臓をブチ撒けちまえばいい」
『おぉ? お前もそう思うの? 敵も味方も死んじまえってか?』
誰もが聖人と崇め、今も奇跡を振るい、人々を束ねる天草四郎……その彼が、味方まで罵るような言葉を吐くとは信じられない。
それは彼が決して表に出さなかった一面、歴史が語らざる天草四郎の本心があった。
「思うね。特にオヤジと、盲目信者共なんかは、特に」
『おーおー辛辣じゃねぇの? 父親まで死んじまえってのは、中々歪んでるねェ……』
「順番が逆だぜハルファス。オヤジがオレを歪ませたのさ。徹底的に『聖人』になるよう躾られたからな」
『ほぅ?』
悪魔ハルファスは、戦争と流血にこそ興味を持つが……あまり個人に対して執着は薄い。人間なんざあっさり死ぬ生き物で、一人一人の個を注視した所でどうにもならぬ。つつけば血を吹き出し、切れば内臓がぶちまけられて死ぬ。どれだけご立派な事を口にしようが、生臭い肉の塊こそが真実だ。
だから……契約者の動機や感情に、さして関心を持たない。適当に話を合わせるだけだった。――今までは。
「ま、別にそれを恨んでるって訳じゃない。実際、聖人としてふるまい、クソみたいなことをそれらしく伝えて、奇跡をトリックで演じるだけで……他人を上手にコキ使えるってのは、中々便利な技能だよ」
『人を引き付けるカリスマを、そんな歪んだ表現するヤツは中々いないぜ?』
「……過去にいたのかよ?」
『全く同じ言い方はされちゃない。が、敵方のカリスマをそういう風に表現するヤツなら見た事あるね。軍事の悪魔なモンで……あいにく場数と経験が違うゼ? 人間』
「なら分かるだろう? 結局こんなのはな、ただのお決まりの傾向だよ。客観的に見ればな」
――ハルファスは何も言わない。何も言えない。
それは一個人が行きつくには、そして『この時代』でたどり着くには、あまりに先鋭的な、一つの真理だったから。
「えらっそうな理由、それらしい信仰、溜め込んだ不満……どんな口実やお綺麗事を並べようが、結局人間欲が全てだ。現に見ろよ、下にいる奴らを。全員が全員、本当に同じ目的のために集ってるか?」
言われたハルファスが、眼下の人間たちの様子を見る。聞こえて来る声色は明るく、士気も高そうだったが……確かに彼らの意識には、微妙な温度差があるように思えた。
「ざまぁみろってんだ、クソ代官共が!」
「はははっ! お前、本当に代官を肥溜めにブチこんでなかったっけ!」
「死んでいった奴らも、これで少しは浮かばれるだろうよ!」
悪政によって溜まりに溜まった鬱憤をぶちまけるカタルシス……それに酔っている者もいれば……
「この勝利は……大いなる父が見守って下さっているからでしょう」
「あぁ……わしらが、どれだけ幕府に迫られても、胸の奥には神への愛が、強い信心がある。きっと神も、わしらの戦いを見守って下さっているに違いない」
信心を捨てよと迫られる中で、固くキリスト教の信仰心を保ち続け、試練と苦難を思い返しながらも……この連戦連勝を、キリスト教で定義された神が見守り、自分たちを加護してくれているからだ……と改めて祈りを捧げる者もいる。
また……彼らに戦闘の指南や訓練を施している浪人衆は、ある事を強く期待しているようだった。
「これで拠点は出来た。あとは――」
「あぁ。ポルトガルでも何でもいい。ともかくキリスト教の権威ある誰かに、ここを『神に献上された土地』としてしまえば……もうここは日本ではなくなる。あんなクソ代官どもではなく、殉教者たる我々の手で、国を持って運営できる……」
「ほんの狭い地域だけでいい、幕府の下じゃなく、神の下の平等の国を……」
日本の中に独立法治国家を……『キリストの信仰の下の国』を設立せんとする者達もいる。
確かに一つの集団として、一揆軍として一まとめになっているが……彼らの欲望の形、欲求の形には差異が見られる。四郎の言い分に一度頷いて、ハルファスは言った。
『いいじゃねェか。手駒として使えるなら何でも。人間なんざ誤解しあってナンボ。それを纏めてんのは、オマエの手腕だと思うがね』
「何割かはな。だがほとんどの奴は、ただ勝ち馬に乗ってるだけだよ。あるいは勝てる見込みがあるからか……他の選択肢を奪われて仕方なく、って感じだろう。要は欲望なんだよ。人間を突き動かすのは、結局」
さも美しいキリストの教えの下、洗礼さえ受けた彼は……どこまでも冷たい目つきで、下々を見下ろす。
「オレはなハルファス……人間のそういう欺瞞が、たまらなく我慢ならない。坊主も大名も、キリシタンも農民も、結局は自分の欲に忠実なだけの、クソを詰めただけの肉袋に見える。そんな気持ちの悪い生肉どもは……たかがオレ如きのクソ野郎にこき使われて、戦場で夢も希望も無く内臓をブチ撒けちまえばいい。その姿を見ると……スッキリする」
ハルファスは……羽で顔を押さえて笑った。悪魔らしくもあり、けれど悪い仲間を励ますような声色で、愉快痛快と笑い転げた。
「……破滅願望持ちで悪かったな」
『いや違ぇよ。別にソレ自体は何とも思わん。過去の契約者にも、自殺願望で戦い起こす馬鹿も結構いたし。ただな……オレサマも近い事は思うんだわ。たかが正義だ信仰だで殺し合える人間が滑稽で滑稽でしょうがねぇ。偉そうな奴とか、キレイゴト喚いてる奴が八つ裂きになる瞬間とか最高に笑えるクチでね』
「くくっ、つまりオレとお前は……趣味が近いと言うことか?」
『おうよ。悪趣味仲間だ。仲良くやろうぜ、天草ァ!』
ただの雑談のつもりだったが……存外、天草四郎とハルファスは近い感性らしい。
これから顕現するであろう地獄を、二人とも、楽しみに見下ろしていた。
天草四郎の内面・心象について
これは……どうでしょう? ほぼほぼ創作だと思いますが、記録が全く残っていないので何とも……そう、ほとんど残っていないんです。天草四郎の精神について、詳しい記載のある物が。
前評判として言い伝えられていた『預言の子』や『奇跡』は、あくまで噂や表層に過ぎません。記録に残っているのは……他の一揆衆からは『聖人』としての立ち振る舞いを崩した事は無かった事、麗しい美少年だった事。この二つだけです。
当時の基準で一応は成人済みですが、16は現代基準だと高校生の年頃の青年です。加えて……父親の益田甚兵衛は、教養や学問の教育を施しているのは『史実』です。
ここで作者の想像ですが……益田甚兵衛は『預言の子』の話を聞き、自分の子息こそソレだと信じた……のではなく、意図的に『預言の子を教育して作り上げた』可能性を考慮したい。
史実ですと、天草四郎はあくまで飾りとしてのトップ。一揆の実働や実権を握っていたのは、益田甚兵衛を主体とした浪人衆と言われています。つまり――『自分たちがトップになるための傀儡』だったのではないか……この説は比較的、信憑性があるようですね。
戦国時代でもよくあったヤツです。まだ若い人間を頭に据えて、実際はその背後にいる大人が好き勝手やる……一揆衆の一部は、ここから独立して自治権を狙っていた話もあるようなので、傀儡政権の形を作る事は不自然じゃない。
だが……そんな『教育』を受けた人間側の心は歪む。果たして、天草四郎は本当に『聖人』だったのか? それとも腹の底に、大人たちや人間に対する黒い感情を溜め込んでいたのか……確かめようがありません。ただ、本作の中では『黒』とさせていただきました。




