復活する陣地
島原一揆衆は原城……背を海に隣接している天然の要塞、今は放棄された廃城に辿り着いていた。
城の一部は……新たに島原城を建築する際、素材や機材の一部を転用・流用したので抜けている。しかし城の基盤となる石垣や城壁などの構造物は、かなりの割合が残っている。堀も……ゴミや倒木などで埋まっているものの、除去すれば十分機能するだろう。
何より最大の利点は――一万を超える人間を、余裕で全員収容できる点だ。しかも急ごしらえの野戦陣地ではなく、堀と塀に囲まれた安全な場所で、休息を取れるのが大きい。装備や武器弾薬、兵糧の保管も、ボロくなった蔵に収納も可能だ。
「よし……! これなら皆で使えるな!」
「あぁ。見張り台や櫓も残っている」
「ちと腐食してそうで怖いのもあるな。こっちは補修しよう」
「そちらも大事だが……城の基礎はやはり塀や堀であり石垣だ。優先して直すべきは――」
「いやいや、まずは皆の武器や装備の整理整頓と、兵糧・武具の収納をだな……」
使える拠点を手にしたものの、このまま戦闘に持ち込まれるのは怖い。やるべき事は山ほどある中で、端麗な容姿の天草四郎は真っすぐ向かう場所があった。
「四郎様。どうされました?」
「授かった奇跡を使う時が来たようです。そうですね……何か武具を収納していたであろう蔵はどこですか?」
「しばし待て。古い図面によると……」
元々『原城を拠点にする』のも、選択肢の候補だったのだろう。主導者があらかじめ、古い図面を持ちだしていたらしい。放棄が決定した城の図面なんて、厳重に管理する理由も無い。程なくして見つかった『武器庫』を示すと、天草四郎はすぐに向かった。
「古びてはいますが、まだまだ使えそうですね……」
「図面によると、外の倉庫と……城内部にも何か所か武器庫があるようです。一番近場のここは、合戦時に使う補給所と呼ぶべきでしょうか」
「城の内部に敵を引き込んで、迎撃の兵に武器や矢、弾薬を補充する場ですな」
補給所と武器庫は機能を兼ねる事も多い。弓があるのに矢が無ければ、銃があっても弾と火薬が無ければ武器にならない。もちろん今は放棄されているから、それらを保管するスペースはほぼ空。残っているのは、せいぜい壊れてそのまま捨てられた武器や防具類だけだ。
そんな状態なものだから、歩くたびに土埃がしっとりと舞う。独特のにおいが鼻と肺を刺激し、中にはせき込む者もいる。古びた武器庫を歩く四郎は、虚空を見つめて呟いた。
「――いけるか? ハルファス?」
「四郎様?」
「っとと……うん。これなら可能でしょう」
「それは……どういう意味でしょうか?」
何もない所への独り言は怖いし、返答も主語が抜けて頼りない。困惑する仲間たちに笑いかけると、四郎は授かった奇跡を語った。
「新たに私は、二つの奇跡を授かりました。一つは『拠点を作る』奇跡ですが……元となった原城を土台にする形でも使えるようです」
「おぉ……! して、もう一つは?」
「『武器庫を武器や矢、弾薬で満たす』奇跡です。この蔵に向けて……その二つを同時に行使します。一旦、ここから外に出て貰えますか」
いまいちピンと来ない浪人たちだが、彼のカリスマと何度か見せた『奇跡』が、説得力を持たせた。検分に来た全員が蔵を出てから扉を閉じ、天草四郎が目を閉じて、扉に手を添えて何か念じ始める。
彼が何かの『奇跡』を行使している……光が降り注ぐとか、神の声が聞こえるとか、そんな分かりやすい予兆は感じられない。ただ、天草四郎にだけ――この世ならざる存在の意志が感じ取れていた。
『いいぜ。開けてみろよ』
誰もいない蔵の前で、コクリと天草四郎が頷く。埃っぽく、ロクな武器の残っていた蔵の中が……『奇跡』によって満たされていた。
「お、おぉ……!」
「槍も刀も、弓矢に火薬まで……!」
「見ろ! 蔵の中も新築みたいだ!」
「漆喰の壁も綺麗に塗り直されておる……‼」
多くの者が『奇跡』と信じて疑わぬ中、この奇跡を起こした天草四郎も目を丸くしている。しわがれた老人の声が、どこか自慢げに、彼だけに語りかけた。
『どうよ? 俺の権能は? これで武器切れや弾切れ知らずさ。ま、火薬や弾丸の方はちと心もとないかもしれんが、補給が無いよりマシだと思ってくれ。
拠点作成の方は……本当は『ゼロから作る』権能なんだが、元の下地の出来がいい。オレサマも楽に仕事が出来るってモンよ!』
「……ありがとうございます」
『いいってコトよ! これでまた人間を沢山ブチ殺してくれや!』
小さく呟いた彼の言葉は、彼と契約した悪魔に向けてのもの。それを神への感謝と誤認した浪人たちは、大いに沸き立っていた。
「あぁ! そうだな! これぞ神の御意思に違いない!」
「この奇跡があれば勝てる!」
「これで武具不足は気にしなくていいな……!」
「となると、兵糧を優先すべきでしょうか」
「確かに。腹が減っては戦は出来ませぬからなぁ!」
「それに、奇跡で作り出せるのは武器が主体の様子ですから……防具も集めさせましょう」
武器、弾薬の心配がいらなくなった一揆衆は、それを前提に作戦を立て始める。各々音顔に希望が灯る中で、かしこまった様子で浪人の一人が四郎に要望を出した。
「それと、原城の補修ですが……拠点を作る奇跡は、可能な限り大規模な工事が必要そうな箇所、崩落の危険のある個所などを優先していただきたい。これだけの大所帯です。暇な者で柵などは作れます。塀の補修や、原城本体の修復などをお願いしたい。隠し通路などもあるでしょうから、可能ならそちらの再建も。堀の復旧は……体力のある者や力自慢にやらせましょう」
「良い案ですな。四郎様、お願いできますか?」
「お任せください」
かくして――一揆衆は廃城を手に入れ、その武器庫と城の補修に『奇跡』が用いられ、放置された城を見る見るうちに復旧させていく。
自分たちには神の加護があると信じ、楽園に近づけると信じて。
さて、まずは創作の部分から。悪魔ハルファスの権能についてですね。
ソロモンの悪魔・ハルファスの権能は三つ。
『兵士を転移・転送する』能力
『拠点を作成・生成する』能力
『武器庫に武具を満たす』能力
この三つが、悪魔ハルファスの権能と言われています。本作内では天草四郎によって、原城の修復・復旧と、武器弾薬の補充をさせていますね。
次、史実の部分。
一揆衆が原城に立てこもったのは『史実』です。拠点を欲したのも本当で……ここに自分たちが立てこもり、籠城の構えを取ります。島原城の築城によって、ここ原城は放棄されていたのですが……十分復旧可能な状態だったみたいですね。
地形としては……ちょうどこう、断崖絶壁が海側に飛び出しているような地形で、三方向が海に面している天然の要塞です。攻撃の方向が限定されている上、攻め側が坂になるような地形で……非常に実戦向けの立地・地形と言えるでしょう。




