冷戦時代4
「すなわち協力者がいたことになる。向かいのビルにいたんだろ?」
矢野は黙秘しているが、この場合黙秘は肯定を意味する。
「まあいい。言い忘れてたがサプレッサーってのは銃声で敵に位置がばれないようにするためによく用いられる。それをつけていたスナイパーを、X。つけてない方をYとする。橋中駐車場に潜んでいたYは、小倉大臣と関係者を発砲する。このときの銃声に違和感はなかったからこの発砲はYによるものだ。次にYはスナイパーの警官に向かって発砲する。それによって警官スナイパーの意識は橋中駐車場に集まる。そしてXが、お前によって散り散りになったSPの1人と首相に発砲し殺害する。あとは、Yがやみくもに発砲するだけでテロという扱いになる。ギリギリまで発砲して、あくまでもテロであることを強調すればいい。そして、警官隊突入の際はXによって知らされYはそれを参考に逃亡する。逃亡の際、XまたはX以外の者が爆弾を爆発させる。ってことだな。」
佐々木に整理してもらったことで改めて事件の内容がわかった。だが、なぜ佐々木は事件の概要をペラペラとしゃべってしまったのだろうか。
ここで佐々木が急に笑顔になった。
なにも知らない人が見れば優しい刑事に見えるだろうが、真田から見れば恐怖でしかない。もちろん、矢野も同様に恐怖を感じているだろう。
「以上のことから我々国北県警はXとYを共に逮捕するに至った。簡単だったぞ。Xがいたであろうアパートの屋上から、指紋と毛髪が採取できた。あとは、周辺の人混みの少ない場所を捜索して、すぐにわかったよ。もうすぐニュースにでもなるからちゃんと見とくんだな。」
真田は尋問を始める前に佐々木に呼び止められたことを思い出す。彼は失敗は許さないというような鋭い目で真田をみつめた。そして、どんな驚くことがあっても決して顔に出すなと釘を刺してきた。その意味がやっとわかった。実際国北県警はまだ矢野以外の容疑者を逮捕するには至っていない。それどころか犯人特定に役立ちそうなものは一つも見つかっていないのだ。管理官が、怒り出すのも時間の問題だ。だが、佐々木はそれを承知の上で矢野に勝負を挑んでいる。
「うそだ。そんなの嘘だ!嘘に決まってる。」
「いいや嘘じゃない。逮捕したのは本当だ。」
今度は真田が言ってみる。1人に言われるより二人に言われた方が信憑性が増す。
「そこで、おまえの耳にもいれておいた方がいいから言ってやる。そのXとYの取り調べが始まったわけだが、二人はすぐにはいたそうだ。矢野、おまえはただのすてゴマだったそうじゃないか。テログループってのは所詮そんなものだ。」
矢野の顔がみるみる赤くなっていく。
どうやら自尊心が高いようだ。
「いいや、お、俺はそんな捨て駒じゃない。大義のために戦ったまでだ。」
「いいや、おまえは捨てゴマさ。だが、そんな捨てゴマでも役に立つことがある。その大義ってやつを教えろ。もう義理立てする必要はないだろ?おまえの扱いはわかったんだから。」
矢野は飛びかかりそうな体勢をとっている。
自尊心が高い人間にはそれを傷つければいいというのが尋問の基本だ。
「私が考えるおまえたちの大義ってやつを教えてやろう。おまえたち、本当は民生党に雇われたんじゃないか?あんな陳腐な政党になぜ味方した?」
「ちがう!そんなものではない!我々は人類を半分に減らすという神の望みを実行するという高尚な目的なのだ。」
矢野は高々と宣言する。
真田は佐々木の真意を悟った。今までの緻密な推理は、このためにあったのだ。事実を的確についている推理によって矢野は相当悔しがっていたに違いない。自尊心の高い矢野は反論の余地を探っていたはずだ。そこで、佐々木がわざと間違ったことをいうことで相手から情報を引き出したのだ。全てはこのためにあったのだ。
佐々木はもう矢野に対し何の感情も抱いていないようだった。
「そうか、わかった。行きましょう。」
佐々木に促されて部屋を出る。
完敗だった。
捨てゴマの矢野にこれ以上の情報は望めない。例え、組織の場所をしてっていたとしてもすんなり教えるとは限らない。ここは交代すべきだろう。真田は別の刑事を呼びに行く。その際に佐々木に話しかける。
「収穫は少なかったな。」
すると、佐々木は驚いたような顔をした。
「警部補、これは大収穫です。敵は矢野や、その仲間だけではない。緻密な計画に、スナイパーの配備、そして銃の準備など、到底三人で出きるものではないです。彼らはやはり、組織なのでしょう。そして、その目的もわかった。彼らが神と崇めているものはいったい誰なのか。それとも物を崇拝しているのか。それは定かではありませんが、はっきりわかることがあります。それは連中が市民を殺そうとしていることです。これで、やっとスタート地点に立てた。ここからが本番です。矢野の尋問は敵を知らなかった我々にとって、大きな収穫ですよ。」
言われてみて気づいたが、確かにそういう言い方もできるだろう。
しかし、真田は長年の勘と佐々木の目の奥から、これらは虚勢であると悟った。