第9話 可愛いリントのためなら頑張ります‼
私は現在、王宮に行くまでの馬車に揺られている。
今回の件で、陛下がご褒美をくれるらしい。
始めは夜会を開き、大々的に私を褒めてくれる予定だったらしいが断った。
そこまですごい事をしたって感じがしないし、ブレスレットの件は偶然が重なったからってだけだし、これから殿下にはお仕置きみたいなお願い事を叶えてもらうし。
何より私はこれから陛下に不敬を働くつもりだから。
馬車が止まり、扉が開かれる。
馬車から出ると、見慣れた金髪碧眼の青年が手を差し出してきた。
「今日はよろしくお願いします、殿下」
私は殿下の手を取り、優しく握る。
「あぁ、務めは果たす」
正気に戻った殿下は元に戻った知性のある青い瞳で私を見た。
うん、こうしているとやっぱり魅力のある人だなと思う。
もちろん、可愛いリントには劣るが。
ゆっくりと殿下と共に謁見の間まで歩く。
「例の、破棄の件だが」
例の、というともちろん婚約破棄の件だろう。
近くに使用人も居るため、濁したらしい。
どうなったんだろうと殿下を見つめると、苦々しい顔をしていた。
「母上と共に陛下にお伝えしたが、返答が返ってきていない」
「そうですか」
陛下はどう考えているんだろう?
恐怖心を抱きながら、私達が扉の前に立つと、衛兵が恭しく扉を開けた。
謁見の間では正面に陛下、その隣に王妃殿下、階段を下った両脇に第二王子、宰相、エレン、クリス、リント、父であるオーウェン公爵などこの事件に関与する、もしくは関与した者の親がそろっていた。
「陛下、エメルダ・オーウェン公爵令嬢をお連れしました」
殿下が告げると、金髪碧眼の殿下をそのまま年取らせた様な陛下は嬉しそうに笑った。
「あぁ、よく来たエメルダ。今回の事は本当にすまなかった、そして我が王家と国を救ってくれたこと心よりお礼を言う」
王家と国を救った……。
いや、確かにそうかもしれないけど、でもただブレスレット組み立てただけなんですけど?
その他は全部行動したのは他の人だし……。
と、陛下の言葉を覆すことはもちろん出来ないため粛々とお礼を言うしかない。
「身に余るお言葉ありがとうございます。この国の平穏が続き、嬉しく思います」
「ハハハ!そなたと私の仲だろう?堅苦しいのはよそう。今回呼び立てたのは褒美の件だ。だが王家からの物とは別に私からも一つ、褒美を授けようと思う」
私は目を瞬いた。
「あの、陛下恐れながら今回ブレスレットのことに気がついたのは偶然にございます。それに、一緒にエレン様やクリス様、リント様が居たからこそ発見出来たと思います」
陛下は金色の顎髭をじっくりと引き延ばして撫でた。
「まぁ、そう言うな。大した重さは無い物ゆえ受け取れ」
陛下が手を上げると使用人の一人がやってきて、私に大粒のルビーに金の装飾の台座がついたネックレスを入れた箱を差し出してきた。
ルビー周辺の金の装飾は流れる水をイメージしているのか流線形で美しい。
「今回、其方の悪評が轟いたことによりこちらでも少々調べた。
すると、王宮や公爵家、他の屋敷でも使用人達は皆、其方の悪評など全く信じておらなんだ。信じていたのは、貴族や王族など上辺でしか物事を見られない者達だったな
そして、その使用人達は其方を面白い呼び方をしていた。知っているか?」
「いえ……」
面白い呼び方……エメルダだから……エメちゃんとか?
無いか。
ニヤリと陛下は少年の様に口角を上げた。
「其方、一部では『静かなる賢者』と呼ばれておるそうだ」
「し、静かなる賢者‼ですか⁉私が?」
「静かに粛々と問題を解決し、最後はそこの愚息達が動いていることからお主は目立たぬが、解決の中心に居るのはいつも其方だと使用人達は言っておった。
そんな才ある者がこのまま埋もれるのは忍びない。
そこで!だ‼私はその『静かなる賢者』を其方の通称とする。
受け取れエメルダ・オーウェン‼
其方のためだけに作られた『静かなる賢者』の称号を持つ証を‼」
パチパチと横から拍手が聞こえた。殿下がした拍手は周囲に広がり、宰相や父や王妃様までもが拍手してくれている。
は、恥ずかしい‼
正直そんなすごい事したこと無いけど、コレは断れない雰囲気だし……もらっちゃっていいんだよね?
自分でも、耳まで真っ赤になっていることが分かりながら、私はネックレスに手を伸ばそうとすると、殿下が先に手に取り、着けてくれた。
着けてくれる瞬間に見えたが、金の台座の裏には現王家の紋章が刻まれていた。
何から何まで!すごい‼
「み、身に余る栄誉ありがとうございます。この名に恥じぬ様に日々精進致します」
「うむ、期待しておる。して褒美は何を希望する?」
「あ……」
「決めていないのか?」
「いえ…………」
決めている。……けど言い出し難い空気‼
こんな空気の中でこんなすごい物もらっておきながら、貴方の息子さんとの婚約破棄がご褒美です‼って失礼すぎる‼
「エメルダ、私から言おうか?」
殿下がこっそりと聞いてくれる。
薬が無ければ殿下すごい紳士‼
じゃ、なくて流石に自分で言わないといけないよね。
ど、どうしよう。早く言わないといけない。
謁見の間は静まりかえり、時間が1秒経つごとに私の手は震えた。
そして、無意識にリントの顔を探して見てしまった。
リントは目が合うと、ただ微笑んだ。
それはいつも見る可愛い笑顔ではなくて、どこか無理して大人になろうとしている、私を安心させようとして作られた笑顔。
『エメルダの好きにしていいよ。無理しなくていいよ』
そんな事を言われている気がして、ズキリッ!と胸が痛んだ。
リントにこんな顔させたくない。
彼には、いつもの屈託のない可愛い笑顔でいて欲しい。
そしてなんせ私、年上ですから‼
年上のプライド‼ありますから‼
頑張るしかないでしょ‼
私は縮こまりつつあった肩を広げ、姿勢を正して失礼にならないように気をつけながらも正面から陛下を見据えた。
「陛下、この度は素晴らしい称号をありがとうございます。
そして、もう一つ望む物を何でもいただけるということでしたら、私はどうしても……そう、どうしても欲しい物が一つあります。
ですが、それは不敬に当たることも重々承知しております。この場でお伝えすることをお許しいただけませんでしょうか?」
「?許そう、してそれは何だ?」
頭に疑問が飛んでいる陛下に私はにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。ですが褒美の内容の前にまずは殿下から陛下にお話ししていただきたいことがございます。殿下、お願いします」
私の言葉に殿下は重く頷くと、一歩前に出た。
そしてすかさず、エレンが殿下に本一冊ぐらい出来そうな程の書類の束を渡す。
「陛下、私はこの度の愚行をエメルダに謝罪した際、あるお願いをされ、私はそれを受け入れました。それを今から実行しようと思います」
「ん?うむ」
「では」
コホンと殿下は咳払いをして、迷いの無い威厳のある声で書類を読み上げ始めた。
「ここに記載されている全ては、事実です。
4月20日、私、クライスはエメルダ公爵令嬢を呼び止めキャメル男爵令嬢を罵倒した件について激しい口調にて問いただしながらも、エメルダの反論は一切聞かずにその場を立ち去りました。
しかしながら、キャメル男爵令嬢の罵倒されていたという時間、エメルダは教職員と居たことが3人の教師から確認が取れております。
同日、私、クライスはエメルダをキャメル男爵令嬢と比べ優しさも品も無い女であると根拠の無い発言を致しました。エメルダは公爵令嬢として既に社交界でもマナーの行き届いた素敵な令嬢であることは周知の事実だったにもかかわらず、罵倒した件につきまして、全てが私の浅慮による発言だったと省みております。
翌日4月21日、私、クライスは教室に急ぐエメルダを紳士にあるまじき行為ですが、彼女の腕を掴み強く引きとめ、あまつさえ指を指して大衆の面前でキャメル男爵令嬢に水をかける様な嫌がらせをやめるようにと言い放ちました。ですがこのキャメル男爵令嬢が水をかけられた時間、彼女は侯爵家の令嬢2人、伯爵家の令嬢3人と共に教室で談笑していたことが複数名の証言より確認がとれております。そして事実を告げようとする彼女を私は鼻であざ笑い、婚約者が居る身でありながらもキャメル男爵令嬢の肩を抱きエメルダの言い分は聞かずにその場から立ち去るという愚行を」
「待て待て‼なんだそれは」
淡々と読み上げる殿下に対して陛下が声を荒げた。
陛下は私の方を見て説明するように促すが、私から言うことは無い。
全て殿下と打ち合わせ済みだ。
殿下は書類から顔を上げて陛下を見た。
「私の愚行の全てです。エメルダからのお願いというのは、全ての事実を明らかにすることでした。
陛下から始まり、王妃である母上、上位貴族から順に下位貴族、そして学園の生徒一人一人に全てが私の愚行であること、そしてエメルダが無実であることを証明してまわります。
……これはエメルダからのお願いではありましたが、私も己の愚かさを知るために必要な行為だと思います」
「…………あと、どれくらいあるんだ」
無表情で殿下は書類に視線を戻した。
「まだたったの3項目ですのであと582項目あります。第一王子の行為と事実を把握することも王家の務めかと思いますので、しばしお付き合いください」
「582…………」
「補足ですが、今は陛下にお伝えしている状態ですので母上には後ほど別で報告させていただきます。ご了承ください」
「え?」
言われた王妃様は真っ青な顔をしていた。
うん、そうだよね。
人の話を長い時間聞いているのって疲れるし。
「では、時間にも限りがありますので続けさせていただきます」
陛下と王妃様の呆然としている姿を放置して殿下はまた読み上げ始めた。
私が殿下の謝罪の代わりに要求した二つのお願いというのは、一つ目がこの一人一人への事実の訂正。
単純に薬でおかしな行動したんです。ごめんなさいと、言っても反省しているかどうかは分からないし、私とオーウェン公爵家の風評被害は収まらないと思う。
私は必死こいてアリスの言う虐めの内容とそれに対する自分の無実の証拠や証言を調べ上げていたので殿下に読んでもらい、全ての事実を明るみに出してもらうことにした。
彼のプライドはズタズタだろうが仕方がない。
本人のやったことだ。
そしてもう一つのお願いというのは、私は褒美に婚約破棄を要求するので殿下もそれに同意してもらうというもの。
父にも婚約破棄を希望する旨を伝えたが、頑張っておいでと逆にエールを送られた。
証言集めの段階で父の秘書に何度か手伝ってもらっていたため、父も殿下に嫌気がさしているらしい。
「———以上となります。ご清聴ありがとうございました」
殿下は淡々と最後まで読み上げたが、聞いている方が皆疲れていた。
陛下も王妃様もぐったりとしている。
陛下は頭を押さえながら言った。
「して、元々何の話だったか」
「エメルダの望む褒美の件です。エメルダ」
「はい」
私は姿勢を正し、ハッキリと告げた。
「陛下、私が褒美に望むのはクライス第一王子殿下との婚約破棄です」
椅子の背もたれに体を預けていた陛下が瞬時に王の顔に戻り、目を瞠った。
「正気か?この国の王子との婚約を自ら破棄するなど」
「はい」
ふむと陛下は伸びた顎髭を触った。
「クライスはどう思う?」
「私はエメルダに同意します。先ほど聞いていただいた様に、私は今回の件でエメルダをこれ以上無いほどに傷つけました。彼女の夫になる権利は無いと考えます」
「ふむ」
暫く陛下は、顎髭を触って私達二人を見ていた。
良いか悪いかどっちだろう?
言った瞬間に首が飛ばなかったのは良かった。
というかそのために貴方達に非はありますよー!って伝えるために先に殿下に書類を読み上げてもらったんだけど……。
じっと陛下を見ると、陛下も綺麗な殿下と同じ青い瞳で無表情に見返す。
その顔は怒っている様にも思える。
駄目?どっち⁉
何を思ってるんですか陛下‼
「フッ」
ん?今…………笑った?
「ククッハハハハハハハ‼」
陛下は静まりかえった謁見の間でただ一人、大笑いをしだした。
ひぇぇぇ!
陛下が!陛下が壊れた‼
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