侵入者 16 最終話
これにて完結となります。
16
夏子は明くる日から店に来なくなった。急に店を辞めたという。みんなの非難の目が正助に向けられた。
正助もほどなくして辞め、人の世が嫌になったので、揖斐峡でキャンプ生活をしていたのであるが、渓流釣りのおっさんに、クマが出ると脅かされて名古屋に舞い戻った。
当分働く気にもならないので、港区のネットカフェや公園で寝泊りする毎日。
公園にはきっとホームレスの親父がいて。
―ほんだでおまいさん、昔はよう、わしらの親のでやあはそんなもん、田舎では当たり前のように見られたがや。女も、いい歳になるとさいが、田や畑の畔で尻をまくって、牛のように立ったまましとったがや。
という。
してみると夏子は寝とぼけて先祖返りしたのか? 何と間が悪いことか。盗撮さえしなければ―まだ胸が痛むし、未練があった。名古屋に舞い戻ったのは―名古屋でなければならない理由はどこにもなかった―何時か何処かで、偶然に、夏子に再会できないかという、淡い期待があったからだ。
ある日、小春日和の児童公園でうたた寝していて。
―オラボニイ。
という声を聞いて飛び起きた。
辺りを見回したが、月影の中、静止したブランコがあり、枯れ葉がカサコソ舞っているだけ。誰もいない。
幻聴だった―。
秋の宵
月見の宴
華麗な花の舞踊り
帝興じて問わん
やよ舞姫名は?
カエデなる
アキの御国の白拍子
身分卑しき
野の花にては
カエデとな
野の花とて美しい
花にとまらぬ
蝶があろうか
めっそうな
月の光がまぶしくて
目がくらみます
心が凍ります
イチョウの君
黄色い涙はらはらと
カエデ恋して
泣けるものかな
(了)
お付き合い、ありがとうございました。