新チームの初試合
チーム名や監督の名前などが明かされて、視点も監督視点から客観視点へと変わります。
ここからが本番となります。
「岸野ってどんなピッチャーやっけ?」
「えーと、球がそこそこ速かったような」
「あー。そうや。確か三振取られた」
「マジすか。俺打ちましたよ」
先輩らしき男が後輩らしき男の肩を軽くどつく。
今の”タイタンズ”にとって岸野は主戦力だが、他球団の一軍の選手にとってはただの敗戦処理でしか無い。
ドラフト一位で名前こそ知られるが、方程式の一人でも無い限り中継ぎの投手が一人の打者と何度も対戦する事はそうそう無い。
一軍プロ初登板の投手にそこそこ抑えられるというのは良くある事。
その理由の一つにその投手がどのような球を投げるのか、どのくらい速いのかがわからない事にある。
プロ野球はデータだ。
選手の癖や球速、カウント球は何かを研究して戦っていく。
二年目のジンクスと言われる物もデータが大きく関係する。
一年目に派手に活躍した選手は、シーズンのオフに徹底的に研究されて二年目を向かえる。
”厳しいカウントになるとこのボールでカウントを整えてくる”
”立ち上がりは制球が不安定だから、置きにくる事が多い”
二年目からも活躍すればする程、研究もといマークは厳しくなっていく。
その中で活躍を続ける選手が一流と呼ばれる選手なのだ。
これはある意味タイタンズの武器になる。
一軍経験の無い、もしくは少ない選手達が集っているこのチームには追い風だ。
しかし、同時にリスクもある。
仮に今季派手に活躍した選手がいれば、その選手がマークされて二年目にも同じような活躍を計算し辛くなってしまう。
通年で活躍していない選手や実績が少ない選手が将来に期待こそされるも、信用されない理由はここにある。
一つ極端な例を挙げるとすれば”実績は無いが、規定に乗り.280の打率を残した若手”と”去年まで三割をコンスタントに打っていたが、今季は.270の打率に終わった中堅”という所だろうか。
簡略すれば、研究される若手と研究され尽くされてる中堅。
来季の活躍を期待できるのは、誰の目にもわかるだろうが後者だろう。
ましてや、マークの対象が少なくなるであろうタイタンズには”それ”が一人の選手に集中してしまう。
つまり、仮に活躍した選手がマークを乗り越えれるような選手でない場合、言い方は悪いが戦力となりえなくなってしまう。
岸野がマウンドで投球練習を始める。
三球目が捕手である高橋のミットに納まった瞬間、勢い良くセカンドにボールを放っていよいよ試合が始まる。
「やはり高橋の肩は一級品だな」
今季からタイタンズの一軍監督になった三嶋は思わずそう呟いた。
三嶋が高橋を起用したのには、高橋が正捕手候補であるという以外にも理由があった。
岸野は一軍で敗戦処理というポジションながらも一年投げた選手だ。
一軍レベルの守備を体験している岸野にとって、二軍レベルの守備はイラつかせる要因なのだ。
岸野の荒れ球をこぼそう物なら、遠慮や逸らしてランナーが進塁してしまう恐怖感によって岸野の持ち味である球の勢いが失われる事に繋がる。
だから現状一番守備能力の高い高橋は適任なのだ。
そしてもう一つ。
万年二軍のタカアキのリードを岸野が素直に聞くとは思えないという事。
プロの選手には、野球に拘らずプライドが存在している。
嫌な物に聞こえるかもしれないが、プロの選手には必要な物で、あるからこそプロに入れたと言っても過言では無い程にプレーにおいても重要な物だ。
たくさんの人間が自分を見る環境で、それが無いと潰れてしまうのだ。
岸野には一軍で一年やったプライドがある。
万年二軍のタカアキの事を本能的に信用できないのは致し方ない事なのである。
ましてや、タカアキは今年で三十一歳で岸野より五歳以上も歳が離れている。
言葉にしてリードに文句や意見も言いづらい。
お互いの信頼関係が重要なバッテリーにとってこれは致命的な欠陥になってしまう。
三嶋は現役時代投手だったから、この事は調整で二軍に落ちた時に体感していた。
バッテリーコーチの助言もあり、このような起用にしたのだ。
「プレーボール!」
審判の合図と共に二、三回バットを振っていた相手球団の打者がバッターボックスに入り、十人十色の予備動作をして岸野が大きく振りかぶる。
それはタイタンズの戦いが始まった事を意味した。