29:規格化された暴力
使者の激昂した号令とともに、五十人の武装傭兵を一斉に解き放った。
戦場の血と泥を啜って生きてきた暴力のプロ。
個々の膂力、すり減った刃の鋭さ、そして何より『素人を踏みにじる』という絶対的な自負を身に纏い、彼らは雪崩となってバルドの正門へ雪崩れ込んだ。
対するはネクサス警備部門。
ほんの数週間前までスラムでその日暮らしの泥試合に明け暮れていた、元ゴロツキや日雇い労働者たちだ。
「――第一列、盾!」
レギナ・フォルマリスの甲高い声が、戦場の喧騒を鋭く切り裂いた。
その瞬間、ガルムをはじめとする最前列の男たちが一糸乱れぬ動作で重厚なオーク材の盾を構え、隣の仲間と寸分の隙間もなく密着させた。
ドゴォォォォンッ!!
傭兵の巨大な戦斧が、ガルムの盾に直撃する。
凄まじい物理的衝撃。だが、ガルムの足は一歩も後ろへ下がらなかった。
「なっ……!?」
傭兵が驚愕に目を見開く。
盾を構える角度、足を支える重心、そして背後から二列目の仲間が肩を押し当てて衝撃を分散させる陣形の理。
レギナの地獄の訓練によって骨の髄まで叩き込まれた『規律』が、個人の暴力を完璧に殺殺していた。
「第二列、槍!」
レギナの次の号令。 重盾の隙間から、鈍い銀色の穂先が一斉に突き出された。
老鍛冶師アルキメデスが不眠不休で打ち出した、ネクサス印の『規格化された槍』。
長さ、重心、穂先の角度。そのすべてが一厘の狂いもなく統一されている。
だからこそ、隊列を組んで同時に押し出した時、それは数十本の槍ではなく、一つの巨大な『機械の牙』となって襲いかかるのだ。
「ぎゃあぁぁっ!?」
「くそっ、なんだこいつらは! 隙がねえ!」
傭兵たちは瞬く間に混乱に落ち入った。
彼らの戦い方は、あくまで個人の武勇に依存した『点』の暴力だ。
しかし、ネクサスの警備部隊は完全に統制された『面』として迫ってくる。
右から切り込もうとすれば左の槍が死角を突き、足元を狙おうとすれば隣の盾が即座にカバーに入る。
圧倒的な戦力を誇っていたはずの傭兵団が、まるで巨大なプレス機にすり潰される不純物のように、次々と血を流して後退していった。
「……見事なものですね」
防壁の上からその光景を見下ろしていたセリアーナが、静かに息を漏らした。
「個々の素力では到底及びませんが、システムに組み込まれた瞬間、防衛線としての強度は完全に逆転しています。再現性と代替性のある完璧な防衛機構です」
「手練れの魔法や剣技は確かに美しい。だが、それには再現性がない」
俺は広場で無様に逃げ惑う傭兵たちを見つめながら、淡々と答えた。
「システムは違う。ガルムが倒れても、後ろにいるレオが同じ盾を持ち、同じ槍を握れば、防壁の機能は一ミリも落ちない。属人性を徹底的に排除した『規格化された暴力』……これこそが俺たちネクサスの剣だ」
「退け! 退けぇっ!!」
傭兵のリーダー格がたまらず撤退の悲鳴を上げた。 だが、時すでに遅い。
「――前進。押し潰せ」
レギナの冷徹な号令のもと、警備部隊はジリジリと歩幅を合わせ、完全に戦意を喪失した傭兵たちをバリケードの壁際へと追い詰めていった。
わずか十分。魔法の閃光も、奇跡の技も必要なかった。
泥にまみれた労働者たちの手によって、商業ギルドが誇る数十人の暴力は、完膚なきまでに鎮圧されたのだ。
「ひっ……! くるな……ば、化け物どもめ!」
豪奢な馬車の前で、特命使者の男が腰を抜かし、泥まみれの地面に這いつくばっていた。
周囲には武器を捨てて呻き声を上げる傭兵たちが転がっている。
絶対の自信を持っていた権力が、辺境の廃棄都市と見下していた街の『歯車』に完全に粉砕された瞬間だった。
ギィィィ、と。 バルドの分厚い木門が、ゆっくりと内側から開かれた。
俺は防壁から降り、セリアーナを伴って震える使者の前へと歩み出た。
使者は俺の姿を見るなり喉の奥で悲鳴を上げ、泥の上を後ずさろうとする。
「さて、物理的な摩擦は十分に冷却されたようだな」
俺は腰の剣には一切手を触れず、代わりに胸ポケットから一巻の羊皮紙を取り出した。 セリアーナとともに書き上げた『通商条約』の原案だ。
「……交渉のテーブルに着く準備はできたか、使者殿? これから、本当の『経済』の話をしよう」
血と鉄の匂いが漂うバルドの門前。
圧倒的な防衛システムを背景に、ネクサスが初めて世界に向けて牙を剥く、冷酷な外交戦が始まろうとしていた。




