18:錆びた剣の山
車輪が荒野の砂利を噛む音が、廃棄都市バルドの静寂を破った。
広場に面した長屋の影から顔を出した作業員たちが、土埃を巻き上げて近づいてくる三台の大型荷馬車を見て、わっと歓声を上げる。
「来たぞ! モルディスの旦那の馬車だ!」
「おいおい、なんだあの荷台の沈み方は! 車軸がひん曲がりそうだぜ!」
先頭の御者台から飛び降りた小太りの商人モルディスは、顔中の汗を汚れた袖で拭いながら、得意げに胸を張った。
「へっへっへ。約束通り、ガレリアの街から最高の『土産』をたんまり持って帰ってきたぜ!」
モルディスが顎をしゃくると、彼の雇った荒くれ者の護衛たちが、荷馬車を覆っていた分厚い帆布を乱暴に引き剥がした。
ガシャンッ! と、重々しい金属音が広場に響き渡る。
荷台に山積みになっていたのは、金銀財宝でも新品の武具でもない。
刃の欠けた長剣。
ひしゃげた胸当て。
柄の折れた槍。
そして、用途すら分からない歯車や鎖の残骸。
それらすべてが、赤茶けた分厚い錆に覆われている。
かつてどこかの戦場で血を吸い、あるいは放棄された廃墟で雨風に晒され続けた『鉄屑の山』だった。
「す、すげえ量だ……。これ全部、麦と交換してきたのか!?」
巨漢のガルムが、荷台からこぼれ落ちた錆びた手斧を拾い上げ、目を丸くした。
モルディスはニヤリと笑い、腰に手を当てる。
「ガレリアの傭兵ギルドやスラムの屑拾いどもから、二束三文で買い叩いてやったのさ。なんせ今の時代、こんなサビだらけの鉄屑を溶かして打ち直せる鍛冶師なんて、王都の高級工房くらいにしかいやしないからな。……どうだいノアの旦那! あんたの要望通り、馬車三台分の鉄屑と魔喰石だ!」
騒ぎを聞きつけて執務室から降りてきた俺は、荷台の凄まじい有様を一瞥し、短く頷いた。
「見事な手際だ、モルディス。これなら、ヴィンが作った反射炉の腹を十分に満たせる」
「ひひっ、そうだろう! さあ、じゃあさっそく五十ポンドの麦袋を百個、引き渡しても――」
「――待ちなさい。まだ『検品』が終わっていません」
モルディスの言葉を遮るように、冷たく澄んだ声が広場に響いた。
俺の背後から、分厚い革張りの帳簿を抱えた財務長セリアーナが歩み出る。
彼女の背後には、レオたちが、木製の巨大な天秤ばかりと、鈍く光る『帝国標準鉄分銅』を台車に乗せて運んできていた。
「け、検品だと? おいおいお嬢ちゃん、これは麦や塩じゃないんだぜ? まさか、この鉄屑の山を一つ一つ量るって言うんじゃないだろうな」
「当然です。私たちが提示したのは『純粋な鉄の質量』に対する取引条件です」
セリアーナは表情一つ変えず、モルディスの足元に転がっていた赤茶けた剣を拾い上げ、天秤の皿に投げ入れた。
「モルディスさん。あなたは商人ならご存知のはずです。この武具を覆っている『錆』は酸化した鉄……つまり、炉に入れて溶かせば不純物となって目減りする無駄な質量です。これをそのまま鉄の重量として計算するのは、水増しされたワインを買わされるのと同じこと」
「なっ……!?」
セリアーナは羽ペンをインク壺に浸し、帳簿にスッと線を引いた。
「全体の重量から、目視による錆の侵食率の平均値、およそ十二パーセントを『欠損分』として差し引かせていただきます。さらに、剣の柄に巻かれた腐った革や木製の柄の部分。これらは鉄ではありませんから、当然ゼロ査定です」
「ば、馬鹿な! そんな細かい計算、王都の連盟本部だってやらねえぞ! 大体、この大量の鉄屑から革や木をひっぺがすのにどれだけ手間がかかると思って――」
「ガルムさん! トマスさん! 荷台の鉄屑をすべて降ろし、革や木をハンマーで叩き落としてから天秤に乗せてください。五十ポンド量るごとに、私が帳簿に記録します!」
「おうっ! 任せとけ、財務長!」
セリアーナの号令に、ガルムたち重労働班が嬉々としてハンマーを振り上げ、錆びた武器の柄を次々と粉砕し始めた。
彼らにとって、セリアーナの冷徹な数値管理は、自分たちの労働(麦)の価値を守ってくれる最強の盾だと理解しているからだ。
「おい、待て! やめろ! そ、そんなことされたら俺の利益が……っ!」
真っ青になったモルディスが止めに入ろうとするが、トマスが丸太のような腕で軽く押し返す。
「計量のない取引は取引ではなく、ただの搾取です」
セリアーナは天秤の分銅を微調整しながら、アメジストの瞳でモルディスを射抜いた。
「私たちはあなたの中抜きを許容する代わりに、独占販売権という莫大な利益を提供しています。ならば、あなたにも『完璧な品質の納品』という義務を果たしていただかなければ、対等なビジネスとは呼べません」
反論の余地すらない、冷徹なまでの正論。
かつて裏街道で誰かを騙し、ぼったくってきた流れ商人は、この最果ての限界集落で、人生で初めて「一厘の誤差も許されない完璧な取引」という名の暴力に屈した。
「……あ、悪魔だ。この女……いや、この街は狂ってる……」
モルディスは膝から崩れ落ち、頭を抱えて呻いた。
俺は少し離れた場所から、その光景を満足げに眺めていた。
魔法や武力による脅しではない。
『帝国標準分銅』という絶対的な基準と、帳簿というシステムを用いた完全な支配。
これこそが、俺が思い描いていたネクサスの経済戦争の基本戦術だ。
セリアーナという最強の『監査』がいる限り、外部からの搾取はすべてこの広場で弾き返される。
(さて……)
俺は天秤に次々と乗せられていく、柄を落とされた鉄屑の山を見つめた。
ヴィンデールが組み上げた巨大な反射炉は、すでに予備燃焼を終え、いつでも獲物を飲み込めるように薄暗い坑道の奥で口を開けて待っている。
餌(鉄)は揃い、胃袋(炉)も完成した。
(……あとは、このドロドロに溶けた鉄を、寸分の狂いもなく『同じ形・同じ重さ』のスタンダードに打ち直せる、偏執狂的な職人が必要だな)
俺の呟きは、ハンマーが錆びた剣を砕く甲高い金属音に掻き消された。
限界集落の広場には、着実に『工業化』という名の次なる時代の足音が満ち始めていた。




