第一夫君レオンハルトの恋 16
ゲートをくぐり抜け『彼女』のために用意した部屋に移動した。
白を基調とした部屋に日の光が射し、部屋全体が明るい。
『彼女』をイメージして選んだ家具だ。気に入ってもらえただろうか? 私の腕に抱かれたまま、キョロキョロと部屋を見渡す『彼女』。
「貴女をイメージして作りました。ここは貴女の為の部屋です。お気に召していただければ嬉しいです」
そっと額にキスをする。ベッドの際へと『彼女』を降ろし、ベッドの端に腰掛け、その隣に座るように『彼女』を促した。
『彼女』はベッドサイドに用意させていた軽食に視線を移していた。おそらくほとんど何も食べていないのではないか? そう思いあらかじめ用意していたものだ。すぐ摘めそうなサンドウィッチやデザートだ。
「何か飲みますか?」
「珈琲を」
『彼女』の返事に頷く。すぐ淹れられるように用意していた珈琲を淹れる。珈琲のいい香りが部屋に広がった。
「ミルクとシュガーはどうしますか?」
「ミルクとシュガーは一つでお願いします」
それとなく『彼女』の好みを訊く。キュルッと『彼女』から可愛らしい音がした。恥ずかしがって、視線を下に向けているので、食べやすいように移動式のテーブルの上に淹れたばかりの珈琲と一緒にサンドウィッチやスコーン、カットフルーツを置いて、食べるように促す。
「今日は疲れたでしょう。大丈夫ですか」
隣に座った『彼女』の耳元でそう囁くと
「ええ、まあ……」
『彼女』は私にここに至るまでの経緯の中でカルチャーショックを受けたことを話し出した。私は『彼女』の疑問に返していく。
「成婚の儀の左手の甲に刻まれた印は何なのか?」
二人の左手に刻まれた白い聖樹の紋だ。『成婚の儀』で互いに『結婚誓約書』に署名しその後、互いの手を重ねると契約魔法が成立する。それを証明するのが聖樹の文様だ。
この星で古来からある『成婚の儀式』だ。これがある男女は既婚者であるという証明にもなる。
女性に刻まれる幹や枝の文様と男性に刻まれる葉の部分が組み合わさって一本の聖樹の文様になるのだ。一組のペアに一対の文様が刻まれる。
ペアごとに文様は違い、男性の文様の丁度幹や枝の空白部分からマナが放出され、女性の幹や枝の文様がそれを鍵の役割を担っているようになっている。
つまり女性の鍵によって男性のマナはロックされることになり、「成婚の儀』の相手以外とは『マナの供給』が不可能になるのだ。つまり、第三者との『営み』は物理的に出来なくなる。
『魔力やマナ』の少ない王族以外の人は基本ワンペアだ。(一夫一婦制)
『魔力やマナ』の多い王族、特に強い国王は十人の妻を持ち、それ以外の王位継承権を持つ王族は『魔力やマナ』の量によって三人まで妻を持つことが許される。(一夫多妻制)
『魔力やマナ』の量に格差が大きすぎると相手の健康を害わせることがあること。
『渡り人』とは違い、この星では『マナ欠乏症』に罹ることはほぼないが、『出産』によって女性の『マナ』は子へと分け与えられ、大量に放出されること。それを補うために夫である男性の『魔力やマナ』が供給されることを説明する。
『彼女』は興味深そうに、私の説明を聞き漏らさないように真剣に話を聞いている。
『渡り人』の伴侶は国王と同じ十人とされていた。(一夫多妻もしくは一妻多夫)いわゆる国王並待遇だ。とはいえ、その遺伝子は残されることはない。彼等の星と私達の星では行為そのものに大差はないが、生殖自体が異なるのだ。私達には彼等の星のような精子や卵子といったものが基本必要ない。この為、『遺伝子』というものの継承がないのだ。
もちろん私達の星のすべてがそれぞれの両親からの『魔力やマナ』によって構成されている。そういう意味では彼等とは同じかもしれないが……
なので『彼女』が子供を持つことは不可能ではない。卵子自体を必要としないからだ。ただし、子宮自体の機能が落ちているので、それ自体が回復するのには大量のマナの供給が必要とされている。その上『マナ欠乏症』だ。マナを大量供給したとしても大量消費されてしまうので、そこにはまわらないのだ。と王宮の典医から『彼女の医療記録』と共に説明された。
おそらくこの時点で他の夫君候補は自らの『魔力やマナ』の量を考え離脱したんだろう。
この話を聞いた彼女は、想定すらしていなかった可能性に少し驚き、そして寂しそうに笑んだ。そんな彼女に胸がギュッと締め付けられた。
『彼女』の手の甲には私達三人の夫君の文様が重ねられ刻まれている。『成婚の儀』時のように互いの文様を重ねるようにすると紋様の部分が白く輝きだした。それと同時に必要なのが直接マナお供給し合う部分のマナの認証だ。誓いのキスが深いのはこの為だ。互いの左手の聖樹の印を認識後、上の口、つまり口付けによる『マナ』の交換によってマナを供給する為にマナを生体登録させ認識させる。『マナ供給』するために必要なことだと彼女に伝える。
「上の口? 他には?」彼女の問いに「前と後ろの口」と当たり前のように答えると『彼女』は虚を疲れたかのように黙り込んでしまった。
気持ちを落ち着かせるかのように『彼女』は少し冷めかけた珈琲を一口飲んだ。食事を促すように一口大にサンドウィッチをちぎって、彼女の口元に持っていく。それを迷うことなくパクッと口に入れる。すっかり私に餌付けされているように、まるでこれも決められた約束事のように二人にとって当たり前のことになっている。口の中が空くと再び『彼女』の口元に食べ物を運んでいく。
私の口元にも『彼女』から食べ物が運ばれる。
え? 私も? いいのかな? 結構嬉しいけど恥ずかしいぞ。
それを口にする。互いにもぐもぐし合う。空腹が満たされる。
『食事』を終えると、『彼女』の血色が良くなった。『マナ欠乏症』が進行するとまとまった『マナ』を供給しない限りは『貧血』に近い状態になるとルイスからは聞いていた。
別宮『月の光』のマナの源泉である程度は補給されたそうだが…… 『成婚の儀』でも少量とはいえ『マナの供給』をしてはいた。が、全然足りないんだろう。呼吸をするように『マナ』が消費されていくのが『マナ欠乏症』だ。今の『彼女』の消費量やこれから行う『大浄化』を考えれば、『魔力やマナ』の多い王族でも夫君一人では補いきれないのだ。
食後のおかわりの珈琲をゆっくりと飲んでいる『彼女』。
可愛いな。ああ、本当に私は幸せだ。目の前にいる『彼女』が自分の妻だなんて。
「ハルカにとって私が初めてで、大好きな味だといわれてとても嬉しかった」
いきなり話を振られて珈琲を噴き出しそうになった『彼女』。
「レオンは初めてだったの?」
そう問い返される。
「ああ、そうなんだ。恥ずかしいけれど…… 誰かをこんなに求めてしまうなんて、自分のものにしたいだなんて思ってことなくて、戸惑っている。私達は魔力やマナが多すぎることと王族だから迂闊なこともできないということもあって中々縁遠かったんだ。魔力やマナの差が大きいと相手に負担がかかるから…… 正直、ハルカがルイスやクリスと成婚の儀をしている時、全然平気じゃなかった。それが必要だと判っていても嫉妬したし、誰にも触れさせたくないと思った」
私の言葉に『彼女』の瞳からポロポロ涙がこぼれていく。
「いつも泣かせてしまうな」
そう言うと『彼女』の頬に手をやり唇にキスをする。
始めは軽く啄むように何度も繰り返す。『彼女』の瞳が私をじっと見つめる。
「優しくするから。ハルカ」
天蓋の四隅にあるリボンを解きベッドがレースのカーテンで覆われた。