第一夫君レオンハルトの恋 15
部屋に入ると紅潮した『彼女』とクリストフが互いに見つめあっていた。
ズキっと胸の辺りがした。この痛みはなんだろう。
『彼女』が視線を躱すように身じろいだ。
クリストフが仕切り直すように小さく咳をする。
「この状態で公式の記録を録るを許して欲しい。実は確認したいことがある」
クリストフが同意を求めるかのように言葉を発しながら私達を見る。
「まず聖樹の印の記録をしたい」
それを聞いたルイスが何やら魔道具を取り出し、全員の左手の甲に刻まれた聖樹の印を録画する。その後、クリストフが
「そのまま録画を続けて欲しい。誓いのキスのことのことなのだけれど、ズバリどんな味がしたのか答えて欲しい。先ずはハルカ。君はどうだった?」
いきなりの問いにおそらくどう返答すればいいのか困ったように『彼女』は沈黙した。
「あちらの世界、貴女の世界のキスと比較して欲しい」
クリストフの言葉に思いの外自分も動揺した。
そうだよな。彼女の申告した実年齢を考えれば、恋人がいても不思議ではない。
『彼女』を見ると、どう答えようか逡巡しているのが見てとれた。
聞きたくないけど、聞きたい…… 矛盾している自分の感情に戸惑いつつ、彼女の言葉を待った。
『彼女』はあきらめたように言葉を発した。
「比較…… 出来ません。ごめんなさい。この年で恥ずかしいんですが…… 実は遠い昔、初恋をこじらせてから、男性とちゃんとおつきあいしたことなくて…… この年なんですが、あんなディープなキス、今日が初めてです。
なので、正直圧倒されて、怖かったです。これ、記録されるんでしょ…… もう勘弁して」
…… え? 今、なんて言ったんだ『彼女』は。
…… は、初めて? 初めてって言ったよな。えっと、つまり…… 自分が『彼女』の初めての相手ってこと? え? え? え〜〜!
衝撃的な事実に、言葉を失って、でもその事実を認識すると、嬉しくて、でも恥ずかしくて、なんともいえない甘酸っぱい気持ちになってしまった。
恥ずかしいのだろう涙目になっている『彼女』が私達の方を見る。
だめだ、にやけてしまう。慌てて口元を隠す。ああ、でも、嬉し過ぎて、もし自分が子供だったら『やったあ!』と叫びながらぴょんぴょん飛び上がってその嬉しさを表現しただろう。
流石に自分の歳を考えればそれはできないけれど……
え? ということは、私が『彼女』にとって『初めて』の相手? この後の『夫婦の営み』のことは頭によぎってぼっと赤面してしまった。
「私が…… ハルカにとって初めてということなのかい?」
つい言葉を発してしまった。
「うっ…… うん。そうだよ」
『彼女』の言葉に思わずぱっと顔を背ける。
心臓がやばいくらいドキドキしている。
自分の全ての神経が『初めて』という言葉に反応してしまっている。
「それなら手加減してあげたのに」
クリストフがクスリと小さく笑いながら、ぽそりと小さくつぶやいた。
あ、こいつ、経験者だって言いたいのか。
まるでマウントをとりに来るような発言にムッときてしまう。
「わかりました。では、この三名の比較でいいのでお答えできますか」
クリストフは『彼女』に答えを促した。
『彼女』は大きく息を一息ついて、私の顔を見て答える。
「レオンは、甘い熟れた果実のジュレのような味、私が大好きな梨。夏の果実なんだけど、小さい頃熱を出して寝込んでいた時に母がよく食べさせてくれて。私の一番好きなもの。死に水も梨の果実がいいなって思うくらいの……」
え? 甘いジュレ? 『彼女』が一番好きな味?
『彼女』の言葉に嬉しくて、つい、口元が弛みそうになる。
「レオンはどうでしたか?」
クリストフの問いに『彼女』の顔をじっと見つめながら口を開く。
「ハルカのキスもよく熟れた葡萄のような甘く濃厚で飲み干してしまいたい……」
『彼女』と視線が絡み合う。
「ではルイスはどうでしたか、ハルカ」
クリストフは事務的に『彼女』に問う。
「ルイスは…… 甘く濃厚なクリームの味……」
ルイスに視線を向けつつ『彼女』は答える。ルイスがにっこり微笑みながら
「僕も、ハルカのキスは濃厚で甘いクリームの味、全部食べ尽くしてしまいたい……」
え? 感じる味が違う?
「クリスは?」
ルイスが『彼女』への視線を外さないまま『彼女』に質問する。
「クリスは… 濃密な蜂蜜のような甘い蜜の味…」
『彼女』は視線を一瞬クリストフに向ける。
濃厚なクリームに濃密な蜂蜜?
「ハルカのキスは普通とは全然違いましたね。ハルカはとても、とても甘い蜜の味。舐め尽くしてしまいたい……」
そう言うと『彼女』の方を凝視しながら
「…… 楽しみです」
ぼそっと呟くのが聞き取れた。
「お、お手柔らかに」
『彼女』はクリストフに少し怯えたようにそう応えていた。
「それでは今日から二日間は第一夫君のレオンが、次の二日間は第二夫君のルイスが、そして次の二日間は第三夫君の私と過ごすことになります」
この日程は私が第一夫君としてクリストフに提案した案だ。
ルイスが少しだけ不満を漏らす。
「二日だけ?」
「ええ、『マナ欠乏症』のフェロモンを大量に浴びることは危険なので、落ち着くまでは時間に上限が必要ですから。ここまで急いだのはハルカへのマナの供給に対処する為です。それから、レオンはすべきことを忘れないで下さい。記録も忘れずに」
記録のことを思い出したのか緊張して固まって絶句している『彼女』を私はふわりと抱き上げた。
「さあ、行こう」
嬉しさを隠しきれない自分を自覚しながら、そのまま『東大公国』へと続く転移ゲートを開き『彼女』を抱いたままその中に入っていった。




