◆数奇的な出会い(2)
第1話 数奇な出会いのすぐ後のお話になります。
「ねぇ…なんで家にあんたがいるの」
ナタリーは不機嫌な表情でベッドに横になる男を睨みつけた。
「お前が約束したからだろう。俺に一生血を捧げるってな。早く俺のために血を生産しろ。こっちはさっき雑魚一匹殺すのに力を使って腹が減る一方なんだ」
悪びれもせずナタリーの家にあがりこみ、足を組んで寝転がっている。
「血をあげる約束はしたけど家にあがっていいなんて言ってないってば。私は貧血で足がおぼつかないから、家まで運んでって言っただけ!」
「…それが俺に対するセリフか?この場でお前の血、全部飲んでやってもいいんだぞ人間」
体を起こすと、ナタリーに近づいて強迫する。
ナタリーは一瞬ひるむも、負けじと対抗した。
「別にそれでもいいけどあなたが私の美味しい血二度と飲めなくなるだけだものね!」
確かにこの女の血の味は甘美で極上の味がした。こんなに美味い血は滅多にないだろう。
一度味わったら忘れられない。そんな味だった。
それをひと飲みしてしまうのも勿体ない。
男は黙って再びベッドに横になると、腕を枕にして眠ってしまった。
「ちょっと、だから出ていってって言ってるじゃない〜…!」
叫んでも注意しても返事はなし。
なんなのこのバンパイアは!自己中すぎるッ!
ナタリーは扉を乱暴に閉めるとリビングの椅子に座った。
外見は人間でも、あの男は人ではない。それに命を助けてもらうためとはいえ、血を提供し続ける約束をしてしまったことを後悔する。
誰かに相談しようか。すぐ思い浮かんだのはカトレアだった。
「ううんダメダメ!カトレアにこんな話できるわけない!それにあんな危険なヤツがカトレアに会ったら何をするか分からないし…」
神様…どうか何もおこりませんように。お父さん、お母さん、どうかナタリーを見守っててください。壁にかけてある十字架に向かって堅くお祈りする。とにかくあのバンパイアには出ていってもらわないと。家には置いておけない。
意を決してもう一度バンパイアの眠る部屋の扉を開けた。
だが、そこには眠っているはずのあの男がどこにもいない。
「あ…あれ?いない…」
出ていってくれたのだろうか。
とりあえずいなくなってくれてホッと安堵する。
「良かった」
パタンと扉を閉めるとノックの音がする。
誰かきたのだろうか。もしかしたらカトレアかもしれない。
「はーい」と声をあげて玄関へと向かう。パタパタと階段をおりて扉を開けた。
「ナタリー、こんばんは!」
そこにはナタリーの予想どおりカトレアが立っていた。「ねぇナタリー、夕飯一緒にたべましょ?」
ニコニコと上機嫌なカトレアに、ふっと笑みがこぼれる。
「うん。中にはいって。カトレア」
「お邪魔します」
「カトレア、なんかご機嫌だね。何かいいことあった?」
「うん。実はね、さっきすっごくかっこいい人見たのよ」
「へぇー」
カトレアは目をキラキラ輝かせている。
ナタリーはまたカトレアの悪い病気が始まったと呆れるかえる。カトレアは少しでも異性に優しくされたり、容姿の綺麗な異性をみつけるとすぐに惚れこんでしまうのだ。
「今日はね、私が会った男の人の中でも特別にかっこ良かったのよ〜。」
「ふーん」
「ナタリーは興味ないのー?つまらなそうに聞かれると私悲しくなるんだけど」
とは言っても夕飯の支度をしている途中で話しかけられては、集中できない。
「で?どんな人だったの?」
仕方なく話を聞いてあげる。
「それがね、黒髪で赤い瞳をした背の高い男の人だったのよ。珍しいわよね。旅の人かしらぁ」
黒髪に赤い瞳…。
思わず手がとまる。
「……そ…そう。良かったね」まさかあのバンパイア…いなくなったと思ったら村中ほっつき回ってるんじゃ…。
…ううん。気にしない気にしない。いなくなってくれた方が有難いし。
カトレアも何もされてないみたいで良かった。「あれ?ナタリー、首どうかしたの?」
バンパイアに血を吸われた傷を指摘されてギクッとする。
一応布をあててあるから直接傷が見えることはないのだが。
「あ〜…ちょっとね。今日不運にも棚から物を取りだそうとした時に物が落ちてきちゃってぶつけたの。痛かったぁ」
とっさに嘘をつく。
「うわぁ〜…痛いじゃない。気をつけなさいよナタリー」「んー。気をつける」
嘘ついてごめんね、カトレア…
心の中で、自分を心配してくれる親友に向かって謝った。
その日の夕飯はカトレアが来てくれたおかげで、ナタリーは楽しい一時を過ごした。
唯一無二の親友、カトレア。彼女はナタリーが両親を亡くしてからは特に、ちょくちょく遊びにきてくれる。ナタリーが一人で寂しくないように、気づかってくれてるに違いない。
「ありがとねカトレア」
「やぁねー、急にお礼なんか言っちゃって。変なのー」
あはは、としばらく会話した後、カトレアは自宅へと帰っていった。
長い長い一日がやっと終わる。ナタリーは家の扉に施錠すると床についた。今日はいろんなことがあった。教会に行ったら変な黒ずくめの男と出会い、人ならぬモノに襲われた。
思い出すだけで身震いがする。あの黒い化け物…、一体どこから現れたのだろう…。怪事件がおきたという話は耳にしていたが、それは人事で、どこかで自分には関係のない話だと思っていた。
でも、見てしまった。あの化け物を。
飢えたように血を激しく求めておそいくる化け物を。
もうあの教会にはいけない…。また今日みたいなことが起こったら嫌だし、大好きだったステンドグラスも壊れてしまったから。
目をかたく閉じ、布団を頭までかぶった。
お父さん、お母さん…一人は怖いよ…。辛いよ。どうして死んじゃったの…。
感傷に浸っていると、窓からコンコン…と音がした。
気のせいかと思いきや、音はいっこうに鳴りやまなくて。
コンコン………コンコン…
そんなはずはないとナタリーは耳をふさいだ。きっと幻聴だ。だってこの家は二階建て。ナタリーがいる部屋はまさに二階で、こんな高い位置にある窓をノックできるはずがなかった。
こんなことできるのは化け物くらいだ…。
まさか…教会に現れた化け物がまた…?
昼間の恐怖と今起こっている事実が重なる。
いやぁ…、こないで…
ブルブルと肩が震える。
怖い…………
怖い………………!
「おい人間、ここ開けろ」
「…?」この高慢なしゃべり方は……
あのバンパイア…?
途端に心から恐怖が消えていく。
「いるんだろう。開けろ」
高慢な態度は気にくわないが、彼がいると何故か心に余裕ができる。教会であの化け物をいとも簡単に倒すほど強いからなのかだろうか。よく考えたら、彼も化け物も吸血行動というやってることには大差ないのに、彼には怖いという感情はあまり生まれてこない。
「早く開けないとここ割るぞ。いいのか」
窓ガラスを割られたら地味に修理費がかかってしまう。彼の脅しに慌ててカーテンを開け、窓の鍵を開けた。
カーテンを開けた時、満月をバックに彼が窓枠にしがみついて侵入しようとしている体勢で、まさにバンパイア、という感じだった。
シュタッと軽やかに床に降りたつ。
一体どこに行っていたのかは知らないが、何も二階から入ることはないと思う。しかしまさか戻ってくる、とは思ってなかったから意外だった。
「あー眠い」
「……なんでバンパイアが夜眠くなるのよ…」
「うるさい、人間。黙れ」
「ナタリーだってば。ちゃんと名前あるんだから、呼ぶなら固有名詞で呼んでよ」
昼間もフルネームで名乗ったではないか。
「いーや、お前なんか人間で充分だ」
「じゃああなたの名前教えてよ…」
「断る」
やっぱり…。人には名前を聞いたくせにその名で呼ぶわけでもなく、自分は名乗ろうとしない。勝手すぎる態度にほとほと呆れて寝ることにした。
ナタリーは彼が入ってきた窓に鍵をかけて、カーテンを閉めた。
「私寝るから。バンパイアさんは隣の部屋とか開いてるからそっち使えば…?」
一言だけそう伝えると、布団の中に再びもぐって目を閉じた。さっきまで恐怖で眠気などなかったが、今はゆったりとした睡魔の波が襲ってきて、気持ちよく眠れそうだ。
「ナタリー・ライアード……か」
ナタリーが完全に眠った横で、バンパイアの男は静かにそう呟いた。




