◆数奇的な出会い(1)
奇怪な事件が起きた。
血が全て抜き取られた状態で遺体が発見されるという不可解な事件。
殴られたり斬られたりの外傷は無く、ただ血液だけが失われている。
そして発見された遺体には、決まって二ヵ所針みたいもので刺されたような痕跡が残っていた。
それを悪魔の仕業だと騒ぐ者もあれば、疫病だと言う者もいた。原因が分からないまま犠牲者が増えるばかりで、得体の知れない怪事件に人々はただ恐れおののいた。彼らはまだ
「ソレ」の存在を知らなかったから。
「最近物騒よねぇ…」
親友のカトレアがジャムサンドを頬張りながら呟いた。赤毛でくせのある長い髪が前に垂れてくるのか、片手でおさえながら食べている。
「あの事件のこと?血が抜き取られた状態で遺体が沢山発見されてるってやつ」
「そうそう、それそれ。悪魔のせいだとか疫病だとか言われてるけど、実際どうなのかしら。誰かが手のこんだ殺人をしてるとも考えられるし、もしかしたら血を吸っちゃう獣とかがいたりしてね。原因が分からないのが怖いわ。ねぇ、ナタリーはどう思う?」
どうと言われても…。実際血を抜かれた死体を見たわけでもなく、ただ人から人へと口コミで伝わってきた話だから何とも言えない。
「怖いとは思うけど…ちょっと分かんない。だって実際に見てないし」
自分の目で確認したこと以外あまり信じないナタリーは、恐怖心というものが湧いてこない。
「相変わらずねぇ」
カトレアは長年付き合ってきてるナタリーの性格をよく知っているから、今回の事件のことも特に変わりなく話す彼女に感心した。村の人はみな恐怖しているというのに。冷静というか合理的というか。
「ナタリー、私そろそろ家に戻るわ。手伝いしなきゃ」
「うん、わかった。頑張ってね」
親友に手をふり、別れを告げるとナタリーも家へと戻った。
ナタリーは石造りの家に一人で住んでいた。両親も一緒に住んでいたのだが、二年前に両親が旅行に出かけた時、ちょうど両親が乗っていた馬車が激しく転倒、そのまま二人は帰らぬ人となってしまった。たまたまナタリーはカトレアの家に泊まっていたので、ナタリーだけは無事だったのだ。
一人で生活するようになってからはや二年。ナタリーにはずっと欠かさずに続けてきたことがあった。亡き両親の冥福を一日二回祈るのだ。朝起きてから一回、寝る前にも一回、必ず十字架に祈る。亡き両親に一日の出来事を話したり、元気にやっていますと報告したりした。
そうすることによって一人の寂しさをまぎらわそうとしていたのかもしれない。
ナタリーは帰ってくるやいなや、両親の形見にしている十字架に挨拶すると、再び外へと出かけていった。
外は気持ちのいい昼下がり、村は陽気に包まれてぽかぽかと暖かい。
広大に広がる田畑や、ところどころ家が集まって集落ができているこの村は自然に恵まれていて非常に美しい。
ナタリーはこの村が大好きで、特にこれからいく場所はもっと好きだった。村のはずれ、少し森の中に入っていくとそこには古い教会がある。
今は使われていないが、森の中にひっそりと建つ教会のステンドグラスは見事なもので、ナタリーはそれを見たくてよくここへくる。光輝くステンドグラスが心を喜喜とさせてくれるから。
片方の扉がはずれてしまっているが、壊れていない方の扉をキィと音をたてて開けると、誰もいないであろうと思っていた教会の中に人がたっていた。教壇のちょうど手前あたりに、全身黒ずくめの長身の男の人。後ろ姿だから顔は分からない。
誰だろう…。いつもはこんなところへくるのは自分くらいなのに。村人の誰かかもしれない。
「……あの…あなたもステンドグラスを見にここへ?それともお祈りですか」
努めて明るい声で話しかける。ところが教会の中で立ち尽くす人は、答えるどころか振り向きもしない。
聞こえていないのだろうか。
「あの〜……、旅の方ですか…?」
すると長身の男は首を少し左に傾けて、
「お前は村人か?名は」
と聞いてきた。
人にものを尋ねる時は自分から名乗れ、と思ったが、少し高慢そうなそれでいてよく耳にとおる心地良い低音にそんな感情は打ち消されてしまった。
「私はナタリーです。ナタリー・ライアード。あなたの言うとおりすぐそこの村人です。あなたは?」
男はフンッと鼻をならすと、
「人間に教える名などない」
と言った。
人に名前を尋ねといて自分は名乗らない、その上人を小馬鹿にした失礼きわまりない男の態度に腹がたつ。
しかも
「人間に教える名などない」とか、まるで自分は人外の者であるかのような話し方に変な人に会ってしまったと後悔する。
こういう人には極力関わらないほうがいい。どうやら村人では無さそうだから、ナタリーはさっさと村に帰ろうとした。「じゃあ…私帰るんで。さようなら」
一応相手の失礼にならないようにお辞儀した。変な人に絡まれないようにするには、無視するか自分が身をひくかしておかないといけないと思ったからである。
ここで相手の高慢な態度に腹をたてて何かされたのではたまったもんじゃない。
後ろを振り向いて教会の出口を目指そうとした時
、ドンッと何かにぶつかった。
「痛っ」
教壇の前にたっていた男だ。
いつの間に回りこんでいたんだろう。
尋常じゃない速さだ。
「な…何ですか。私家に帰るんで。そこどいて下さい」長身の男を見上げる。
そこにあったのはひどく美しい顔。
肌は透き通ったように色白で、蒼白に近い。
漆黒の髪が揺らめいて、前髪が目にうっすらとかかっている。
そしてなによりも驚いたのは瞳の色。
赤い、妖艶な光を放っている。
「お前はここに何しにきた」
男の声にハッとする。
「…ステンドグラスを見に…でも、もう見たからいいです。そこどいて下さい」
村人でもなく、旅人にしては荷物の一つも持たないこの怪しい男と関わってはいけない、と思い男を避けて帰ろうとすると足止めをくわされる。
「待て。お前から旨そうな匂いがする」
「…食べ物なら持ってません。あなたの気のせいじゃないですか」
つくづくおかしな事を言う男にナタリーは少々苛立ちをみせながら、足早に出口へと向かった。
「旨そうな匂いがするのは、お前の血だ」
血、という単語に足がとまる。
今なんて…?血が美味しそう?何言ってるの。
ふと頭に怪事件が思い浮かぶ。血が抜き取られるという怪事件。
男がゆっくりと近づいてくる。
ナタリーは後ずさった。
じわじわと距離をつめられて、背中が壁にトンと音たててついた。気づくともう後はない。
男は面白そうにナタリーに近づくと、両腕を壁についた。
「あなた何者…。血が美味しいって、あなたがあの事件の犯人なの」
「あの事件…?…ああ、あの下等な奴らが起こしてる怪事件ってやつか。あんな奴らと俺を一緒にしてもらっちゃ困る」
犯人を知ってるような男の口ぶりに、ナタリーは何か聞き出せないか試みる。
「あなたは犯人を知ってるの。それは誰?」
「さぁて。知ってるような知らないような」
明らかに犯人を知ってるくせにもったいぶってニヤニヤしてる男に腹がたつ。
「それより血をくれ。腹が減っている」
男の瞳が妖しく光り、ナタリーは男にいきなり抱き締められた。
「ちょっ…!?」
突然のことに驚いていると、首筋にブツリ…と音をたてて痛みが走った。
「っ…!?」
首筋に顔を埋めてる男の喉元がゴクリ…ゴクリ…と音をたてているのが分かる。心臓の鼓動にあわせて送りこまれる血が男に奪われていく。
なにこれ…。私の血を飲んでるの……いやぁ…!
恐怖で顔が真っ青になる。
やっぱり血が抜き取られるという怪事件の犯人はこの男?ならば今男がしてる行為を阻止しなければ自分は死ぬ…。
…やだ…死にたくない。
死にたくない……なのに血が奪われていくせいか体に力が入らない。
恐怖に一筋涙をこぼすと、男は何かを警戒するように顔をあげた。
解放された安心感に力が抜けてその場にヘタリと座り込む。
「フンッ……、下等な奴がお前の血の匂いに誘われてきたみたいだ」
男は、二人以外誰もいない教会の中を見渡して、ナタリーには見えない何かを感じとっているようだ。「来たぞ」
男が目線を天井に向けた。ナタリーも視線を上にあげるていく。するとそこに黒い何かが張り付いていた。
「ひっ…」
教会の天井に張り付いている黒いもの…頭と胴は人の形をしているが、手足が六本あって、まるでクモのように広げている。突如現れた
「ソレ」の頭がギギギ…と音をたてて回り、明らかにナタリーを見つめている。
気味が悪い
「ソレ」と目が合って、ナタリーは恐怖に震えた。
〔その……女…の…………生き血を……………………すすり…たい……すすりたいぃぃ……!!〕
男と女の声が同時に混ざりあったような声で、
「ソレ」が叫んでくる。
「あれがお前が言っていた怪事件の犯人だ。最近はアイツらの数が極端に増えてな。それよりお前狙われてるぞ?生き血をすすりたいってさ。熱烈にラブコールされてるが、どうするんだ?」
男がクックッとおかしそうに笑っている。
笑っている場合じゃないだろう!と怒りたいが、少々貧血ぎみでそんな気力がない。
「…あなたは私を助けてくれないわけ…?」
力が抜けて一人で動けない今、頼みの綱となるのは目の前の男しかいない。
「なんで俺が」
上機嫌に笑っていた男があからさまに嫌そうな顔をする。
「私の血、あげたでしょ!!」
「俺に恩を売る気か。いい度胸だな。だが…………まぁいいだろう。お前の血は特別に旨かった。この先も俺にその血を捧げるなら、助けてやってもいい」
勝手に人の血を吸っといて、その上この先も捧げろと?冗談じゃない!…が、ドォォンッと大きな音をたてて
「ソレ」が降りてきた。ズルズルと這いつくばって迫ってくる。
〔血が……ほしい…………ほしいぃぃ…その女の血…よこせぇぇぇ!!〕
「ソレ」が大声をあげて突進してきた。
「あ〜あ、お前もアイツに体中の血、全部吸われておさらばだな」
あんたも吸っただろう!と言いたいが、突進してくる
「ソレ」とこの男じゃ危険度の違いなどはっきりしていた。
ここで血を全部吸われて死ぬか、この先ずっとこの男に血を捧げて生き延びるか、不本意だがナタリーの心の中は決まっていた。
「わかった!あんたに血、あげるから早くアレを何とかしてっ!!」
すぐそこまで
「ソレ」が迫ってきてもうダメだと目を瞑った瞬間、ドガッと鈍い音がしてガシャァァァン!!とステンドグラスが粉々に割れた。
「きゃあぁぁ!!」
凄まじい音にナタリーは絶叫した。そっと目を開けると教壇側にあった大きなステンドグラスは粉ごなに砕け、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
男はというと、さっきと全く同じ場所につったって一歩も動いた形跡がない。
「あ、終わったぞ。アレはもう死んだ」
「嘘…」
一体なにをしたのだろう。男はその場から動いた形跡がなく、ただ凄まじい音がして気がついたらアレがいなくなっていた。
「嘘だと思うなら外に見に行けばいいだろう。グチャグチャになってるの見たいんだったらな。それと、さっきの約束は守れよ?いいな」
「わ…わかってる。………というか…あなた本当に何者…?」
「本当に分からないのか。田舎じゃ情報が遅れてるのか知らないが、俺はバンパイアだ」
「バンパイア……が何でここに…」
「そんなのお前に話す気ない。それよりここを離れたほうがいいんじゃないのか?お前からまだ血の匂いがぷんぷんしててアイツらまた寄ってくるぞ」
だから出血したのはあんたのせいでしょ!
と言いたいが、まだふらふらして怒鳴る元気がない。
「ねぇ…私を家まで運んでくれる?」
「だからなんで俺が」
「貧血だからよ…立てないんだってば。家に帰って栄養とらないと私あなたに血をあげられないんだけど。よく分かんないけど私の血、おいしいんでしょ?」
そう言うとバンパイアの男は渋々ナタリーを担ぎ上げると
「家まで案内しろ」と言って運んでくれたのだった。
こうして謎のバンパイアと出会い、約束を交してしまったナタリーがこの後波瀾万丈、奇々怪々な生活が待ってるとは夢にも思わなかった。なかった。
こんにちは。読んで下さった方ありがとうございますm(__)m 今回は謎の男の名前を出さないで終わってしまいました(^^ゞしばらく出さないかも。 結局分かったのはナタリーとカトレアだけでしたね。でもこれからどんどん登場人物を出していって絡ませていきたいなぁと思ってますのでどうぞよろしくお願いします。




