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◆彼女の話しって?(1)

「実はですね、ナタリーさん」

 

 彼女がコホンと咳払いをして言う。

 うるさい男がいないので静かな真昼の空間に彼女の声が響いた。


「実はわたくし、人間界にいるある男性に会いにきましたの。」


「男性?」


 男性と聞いて秒速で思い浮かんだのはエリクソンだった。

 だってつい先刻婚約者だと言っていたし、男性だし?一応彼と会って嬉しそうだったし?     


「それは、エリクのことですか?だったら追いかけたほうが…」


 咄嗟に出た質問だけど、彼女は首を横にふり、違うとだけ答えた。

 じゃあ親戚かしら?もしかしたら友人とかもしれない。

 けれど、なんでその人に会いにきたことをあたしに話すのかは全くわからない。


「エリクソンじゃありません。その方は、わたくしのお慕いしている方なのですわ」


「え?お慕いって……。」


 やや古風な言い方で一瞬考えちゃったけど、それって好きって意味で、シルビアさんの好きな人は婚約者のエリクソンじゃなくて、別にいるっていうこと?


「好きな人…ですか?」


 そう返すと、彼女は少し頬を赤らめてしおらしく「そうですわ」と答えた。


 へぇ……。好きな人かぁ。はにかんじゃって、恋する乙女って感じでかわいいわねー。


 少々照れて赤みを帯びた頬を隠すように両手で覆い隠す彼女が、その美しい容姿にプラスされてかわいらしい。

 と、悠長なことを考えていたあたしだったけど、それって、ちょっとマズイんじゃない??

 婚約者がいるのに別に好きな人がいるなんて。

 いやまて。

 あ!もしかしたら!

 

 頭の中に何かがピーンときた。

 これはインスピレーションってやつじゃないかしら!


 これはまだ仮だけど、もしかしてシルビアさん、別に好きな人がありながら、実は家のために政略結婚させられそうになってるかわいそうな人だったりするんじゃ……??

 ハッ! 

 そうよ!でなきゃあんな煩くて口の悪いエリクソンと結婚なんて考えないでしょ!

 うんうん。それで、シルビアさんはどうにかこの結婚を取りやめにしたいんだけど、出来なくてあたしに相談してるんだわ。きっと。

 だって胸に恋心を秘めたまま好きでもないやつと結婚とか女にとっては悲しすぎるもの!で、同じ女であるあたしに意見を求めにきたってわけね。エリクに言ったってしょうもなさそうだし。だいたいエリクが繊細な乙女心を分かるはずもないし。だったら、あたしに出来ることは彼女が身の内に隠している思いを聞いてあげることだわ。良いアドバイスが出来れば良いけれど……。

 えぇい!ともかく!

 そんな境遇の人がいるのに放っておけるわけがないわ。

 さぁ。シルビアさん!とりあえずそのモヤモヤした気持ちを全部あたしに吐き出しちゃってー…!!


 ガタリ


 椅子が鳴る音が響く。


 途中からだが、いつの間にかあたしの心の声は喉を伝わって言葉となり、外へと飛び出ていたみたいだ。

 急に声を荒げたあたしに驚いて椅子に座った彼女が身体をのけ反らせているのが見えた。


 それと同時にふふと爽やかな笑みをたたえると、彼女はでは続きを。と言って体勢を整えたのだった。


 しかし、あたしの勝手な憶測がやはりただの妄想話であっけなく終わり、同時に鼻血が出るくらい恥ずかしくなるのもそのすぐ後だった。








 昼。

 シルビアから逃げるようにしてライアード家から抜け出したエリクソンは、村人の水資源となっている井戸の縁に腰かけていた。ちょうど村の中央に位置するこの場所は、ささやかだが市場もあるため人通りが多い。昼の、日中で最も陽が昇る時間帯なので、子供らは駆け回って遊び、大人達はその様子を見守りつつ各々の仕事に精を注いでいた。たまに井戸の水を汲みに村人が寄ってきて、男なら「やぁ!」と気さくに声をかけ、女なら(村娘なら)エリクソンと目が合っただけではにかみ顔になりながらも「こんにちは」と挨拶は欠かさずに水を汲んで去っていく。

 どの村人も明るく前向きで生きる力に満ち溢れているのが特徴だった。自然に恵まれ、綺麗な空気を吸い、穏やかにのびのびと出来る環境にあるからだろう。それが人々の心を落ち着かせ、住人の少ないこの村でも互いを思いやり助けあって生きていこうという活力を与えてくれるのだ。


 エリクソンはすっと背を反らして伸びをする。

 昼の暖かい日差しが彼を照らし、その心地好さに欠伸が出た。 眠い。

 帰って一眠りしようか。


 ナタリーが使っていいと言ったいつもの部屋を思い浮かべる。ナタリーの部屋とほぼ同じ構造で、部屋の向きが彼女の部屋と対称的になっているあの部屋だ。

 正直あまり使ってはいない。

 寝るためにベッドだけは使っているが、外に出かけて“例の奴ら”を狩り行っていることのほうが多いのでまったく生活感のない空間のままだろう。

 それに何故かあの部屋で一人でいるより、階下に降りて昼間たいてい彼女がいるリビングのソファで寝そべってるほうが暇つぶしになるのでそちらの方が居心地が良い気がした。ソファも意外と良いものだし。

 

(ああ、でも駄目か……。シルビアがいるんだった。きっとあいつは今頃ベラベラしゃべってる頃だから煩くてまだあそこじゃ安眠できねぇ)

 リビングで寝そべっていたら彼女らの話し声が聞こえてくる。そうしたらきっと気が散って寝付けない。


(静かな所行くか)


 そう思い場所を移動しようと立ちあがりかけたエリクソンの身体にふと影が落ちる。

 また村人が井戸の水を汲みにきたのだろうか?

 だとしたら邪魔になるし、そろそろ避けるか。と、スッと顔をあげ目の前に立った村人を見つめてエリクソンは固まった。


「………」

「……やぁ…」


 村人にしては珍しく元気のないか細い声。だが、彼が持つブロンドの少しクセのある髪と、碧の瞳という容姿にはとても見覚えがあった。

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