楽しい買い物
「これは?」
「んー、ちょっと野暮ったくね?」
「これはどうよ」
「狙いすぎな感がある」
「これなんか私のオススメ」
「お前ホンットに少女趣味だな」
綾菜の見繕った服を、俺が批評する。
「あ、あの……」
んで、モデルはミーヤ。 彼女はここ、二階婦人服売り場にて、既に十枚以上の服を試着させられていた。
評価は厳しいものの、俺は眼前の光景を先程の疑問を忘れるほどに楽しんでいる。
「な、何で私の服なんて、選ぶんでショウ」
ミーヤはフリッフリのフワッフワを着た体を試着室のカーテンに隠しながら、抗議とも質問とも取れる声を発した。
流石はヨスコだ、なんでもある。
「だって、ミーヤが私服二着しかないって言うから」
「しかもスカートは一枚しかないとか言うから」
「ジャージなら一枚……」
「部屋着なんでしょ?」
「しかも寝巻きでしょ?」
俺達が交互にリズム良く言ってやると、ミーヤはグゥの音も出ない様子で黙った。
やはり数の暴力というものは恐ろしい。 正論ならば尚更だ。 俺も最近よくやられているから分かる。
ミーヤがこっちに派遣されてきた際、荷物は最低限の物しか持ってこなかったらしい。
上着二枚とスカートは、鹿子との買い物で手に入れたモノだそうだから、自然ジャージ一枚で日本に来た計算になる。どんだけ男らしいんだ。
ついでに下着は何枚所持しているかも聞き出そうとしたが、それは綾菜に阻止された。
「そもそも、ダイ……リノンの下着を買いに来たんじゃ」
「いらないって。 そこはプライドが許さないし」
それが嫌なのもあって、俺はミーヤにファッションショーをさせているのだ。
いや、個人的に物凄く愉しませてもらったりなんだりはしているけれど。
さてと次は何を着させてやろうか。 流石にそんなきわどいのはないよなぁ。
いや待てよ。あの辺にあった小さめサイズのTシャツを着せてやれば……。
思いつき、俺は振り返った。
「下着をお探しでしょうか、お客様」
「は、はひ!?」
すると振り向いた先、俺達の真後ろに店員さんが立っていらっしゃった。
「ひゃ、ひゃたしは、別に」
ちょうど声が裏返ったので、そのまま弁明する。
「そうなんですよー。 この子も下着探しに来てて」
だが、綾菜が横から割り込んできて、それを邪魔した。
「あ、てめっ」
「は?」
思わず低い声で唸りかけると、店員様の顔がこちらに向く。
俺は慌てて口をつぐんだ。
「ウフフ、恥かしがってるんですよ。 できれば似合うのを見繕って欲しいんですけど」
勝手なことを言う綾菜を怒鳴りつけたいのだが、今声をあげれば、俺が混み合うデパートを女装で歩いて喜ぶ変態さんだと思われてしまう。
ていうか、やっぱ見て分からないんだ、凄いぜ俺。 いや待て、そんな変態が日常に紛れ込んでいるなんて思いたくて、彼女も気づかないフリをしているのかもしれない。
考えれば考えるほど、冷や汗が……。
「なるほど、かしこまりました。ではこちらへ」
店員様が後ろを向く。その隙に綾菜の足を踏みつけようとすると、ひょいっと避けられ、逆に踏み返された。
「あ、なるべくきわどいのをお願いしますね」
俺に舌を出してから、店員様にそんなことをおっしゃる。
「承知しました」
おい、アンタも何承知してんだ。 何を納得した。 俺にどんな事情があると察したんだ。
何、女の子ならそういう時もあるよね、みたいな顔してるんだ、やめろ。
結局俺はその女に薦められるがまま、かなりアレな下着を三枚買う羽目になった。
ミーヤに可愛い服を何着か渡せたのだけが、今回の救いだ。
それから更に色々な店をめぐり、俺たちは屋上へと向かった。
一階から五階まで通じる階段は吹き抜けになっており、上にはずんぐりとした飛行機の模型がつるしてある。
「つうか、なんで、階段なんだよ……」
俺は息も絶え絶えになりながら、そこを昇っていた。
「密室で襲われるのは、マズい」
「あんまり近づかれると、匂いで大輔が男の子だってバレちゃうかもだし」
「フェロモンむんむん、だかん、な」
確かに今の俺は汗臭いかもしれない。 ニヒルに笑ってみせると、綾菜もニッコリと俺に笑い返した。
「なんかまだ余裕ありそうだね。次家具屋行こうか」
「勘弁しろ!」
両手に荷物を満載しながら、俺は叫んだ。 肩にかかる負担が、積載量オーバーを訴えている。
原因は両手に下げた紙袋の数々。 中身は先ほど買った服やアクセサリー、更には今日の夕飯の材料だ。
それをなぜか俺が一手に。 じゃなく両手に担っている。
ミーヤと綾菜は空手だ。
「ていうかこれじゃ、可愛そうな目に遭ってる方が俺だってバレバレだろ!」
「オゥ」
「気づいてなかったのねミーヤ」
相変わらず、無駄にグローバルな反応だ。
「でも、こんな変装しておいて正体バレバレだと、相手も逆に警戒するんじゃないかな」
「まぁ、それは、そうかもしれんけど」
「思わないでしょ。 まさか趣味で女装してるなんて…」
「趣味じゃねーよ!」
いや、やるって言ったのは俺だけど。
陰鬱な気持ちになりかけた俺の目に、ふと、壁に貼ってあるポスターが映った。
『ケイゴ君! 貴方の敷地を守るスゴイ奴! 二つ一組になったセンサーが、進入した不審者を即キャッチ! 大きな音で貴方に知らせます! 定価五千九百八十円!』
赤と緑のマダラ模様のキノコ型をしたその商品が、目立たないはずがない。
まぁ目立つからといって、これ買う奴はよっぽどアレなセンスか欲求不満だな。
って、俺この名前どっかで聞いたような……。
「ダイスケー!」
足を止めた俺に、ミーヤが上から呼びかける。
見上げると、とてもまぶしい物が目に入った。
何で世の芸術家達は、ミーヤのパンチラっていうこの世に顕現した美の象徴をモチーフにしないんだろってぐらいの。
俺専属モデルにしたいから、世に喧伝はしないけど。
「ドシタノ?」
「ぐへへ、なんでもない」
不思議そうにしているミーヤにそう答え、俺は階段を昇りだした。
ま、ライトグリーンのありがたいものも目に焼き付けたし、彼女についていくとしよう。
……一昨日見た物と色が一緒だったが、まさか二枚ローテーションじゃないよな。
帰りに下着も買い足す必要があるかもしれないなんて思いながら、俺はミーヤ達に追いついた。