源氏名
玄関を出ると、一応二人は外で待っていてくれていた。
それに感謝しながらミーヤを挟む形で二人に並ぶと、俺達は共に歩き出す。
「しっかしアレだね」
俺は首筋を撫でながら呟いた。
「首がスースーしてて落ち着かない」
「足が、ジャナイノ?」
じゃないの。 ミーヤはつるつるになった俺の足を見ているのだが、そちらはあまり気にならない。
いや、慣れきってるって訳じゃ、決して無いが。
それ以上に首に何も巻いていないのが落ち着かない。
そりゃマフラーを巻いていたらそこらの偽ヒーローより判別が容易になってしまうし、仕方が無いのだが。
例えば、幼児がタオルケットを手放せないのと一緒だ。
俺の場合、寝る時には首まで布団を被らないと落ち着けないし、不安になると首元や口の周りをさする。
我ながら情けないとは思うのだが、こればかりは直せない。
「さて、どこ行こう」
「考えてねーのかよ」
先行して歩く綾菜がそんなことを言い出す。
あまりにも迷いの無い歩き様だったから、どこか目的地があると思っていたのだが、まるでそんなことは無かったらしい。
「ヨスコいこっか。近いし」
ヨスコ――俺らの自宅と学校の中間点辺りにある、総合デパートだ。
五階建ての建物で、一階の食品売り場を初めとし、アクセサリ、工具、インテリア、雑貨などなど、ここにいけば大体のものは手に入る。
今はほとんど見かけない、屋上遊園地も完備。 一階のクレープが人気であり、それにパクつきながら店内を回るのがうちの生徒の嗜みとなっている。
まぁ要するに。
「知り合い御用達じゃねーか!」
類似形の顔をしている双子に姉に向かって、俺は叫んだ。
この格好を知り合いに見られるのは、非常に勘弁願いたい。
「大輔が、往来で女装する変態さんだってバレちゃうね」
「その、安いエロ漫画みたいな言い回しやめれ」
にししと笑う綾菜に、俺はジト目で返す。
まったく、どこで覚えてきたのかねぇこの子は。 勝手に持ってかれたエロ本には、書かれていなかったと思うのだが。
と、横を歩いているミーヤが俺の袖をくいっと引っ張った。
「ダイスケ、声」
「あー、アレ疲れるからやめるよ」
その仕草に少々キュンとしながら、俺は答えた。
やってみて分かったが、あんなもん続けていられないし、あいつらに勝手に喋らせるというのがどれだけ危険かもさっき身をもって味わった。
「むぅ、声だけなら可愛かったノニ」
「……ミーヤ、あくまでうちの姉を先輩として尊敬してるだけだよね?」
狩人に褒められても、双子は喜ぶまい。
俺はミーヤが愛してくれるなら、股間以外は改造する準備があるけどさ。
「ダイスケは嫌い」
何を感じ取ったのか。 ミーヤは口を尖らせながらそっぽを向いた。
はいはい、分かってますよお嬢様。
内心でため息をつきながら、俺は苦笑いをした。
――さて、話しているうちに、俺達はヨスコへとたどり着いた。
俺の願いは届かなかったようで、中はサラリーマンやら小学生やら俺らと同じ学校の高校生やらで溢れかえっている。
まぁ、綾菜達やデパートとしては、嬉しい事だろう。
俺はといえば、全員の視線がこちらを向いているようで気が気でない。
「ほら、大輔。 恍惚としてないで中入るよ」
「……これならいっそ、真性マゾになりたいわ」
促された俺は、ため息をつきながら後に続――こうとしてもう一つ思い出した。
「つうか店内で名前呼ぶのやめろよ。バレバレじゃん」
「どうせ会話を聞かれれば、どっちが大輔かモロバレだと思うよ」
「いや、せめてそこらの人にオカマだと思われたくない」
そもそも俺は、どっかで二人並んで蛇に二択迫れるような状況を想定していたのだ。
こうなってしまっては、女装も羞恥プレイ以外の意味をほとんど持たない。
「じゃぁ久しぶりに源氏名使おうか」
「うげ」
「ゲンジナ?」
「大輔が、昔々女装してた時に使ってた名前だよ」
「お前がさせてたんだろうが」
ミーヤには昨日話した、他の人間と打ち解ける為の特訓。その名残である。
それは女装して知らない女の子をナンパするという内容の物だったが、その時俺は仮の女性名を持っていた。
「アー、偽名のようなモノ?」
「そんな感じ」
そもそも、ミーヤには源氏名の意味が分からなかったらしい。 細かいニュアンスが伝わってしまうと俺の評判は余りよろしくない方に行きそうなので、ほっと一安心だ。
「じゃ、これから大輔はリンちゃんね」
綾菜が悪戯に、ニヤリと笑う。
「あぁ、懐かしい名前だ……なっ」
大輔の輔を車輪の輪と書き間違えた事が発端の名前だ。
その名を聞き、俺が苦笑しようとした途端、脳の真ん中に辞書の角を落とされたような鈍い衝撃が走った。
思わず額を押さえるが、違う、実際に殴られたわけじゃない。
そしてその痛みも、一瞬で消え去る。 代わりに、荒い心臓の動悸が耳にまで響いてきた。 膝が震えている。
立っていられずに、俺は柱に寄りかかった。
どうしたんだ、俺の体。 なんだ、何で、何が起こってるんだ。 おかしいのは中身だけで充分だぞ。 落ち着け、落ち着くんだ。
「ダ、ダイスケ?」
「……大丈夫?」
膜を一枚隔てたようにして、遠くから二人の声が聞こえてくる。 耳の火照りと共に、その膜が薄れていき、ようやく体が元に戻ってきた。
「いや、平、気……」
そう答え、顔を上げた。
心配そうな二人の顔。 と、綾菜の表情に一瞬別のものが走った、気がした。
そしてそれが、とても不吉なものだと俺は感じる。
疲れているのかもしれない。 もしくは女装外出という行為は、本人が思う以上に精神力を削るのか。
頭を振り、ひとまずそれらを脇に置いた俺は笑顔を作った。
「で、何買うんだ?」
その表情で問いかけると、綾菜の影は消え、一転笑顔を浮かべた。
「まずはクレープっしょ」
あぁ、やっぱり何かある。 今度はアイツの取り繕った態度でそれが分かってしまう。
ミーヤも違和感を覚えたようで俺達の顔を見比べる。
「いこ、ミーヤ。 アンタも早く、りのん」
だが、結局彼女は綾菜に手を引っ張られていった。
何だ最後のちょっとイタい名前は。 どういう漢字変換するんだ。
……アイツが俺の呼び方を変えたのは、きっとそれが俺の頭痛の原因だと悟ったからだ。
あいつは、何故こんな事が起こるのかを知っている。
綾菜は占い師だ。 しかし、他にも隠し事があるのではないか、その時俺はそう感じた。




