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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
四章 偽りの関係
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オモイノチカラ

 部活の後、俺はプールの更衣室の隣にある、準備室に居た。

 スコアや備品が保管してある場所なのだが、俺の目的はそれではない。

「んーっと、無いな……」

 屈み込んでダンボールを漁る俺。 この中はプールの落し物入れとなっていた。

 俺が探しているのは、綾菜のハンカチである。 アレを落としたのはプールだと思っていたのだが、見つからない。

 誰かが、拾ったのか? 考えてみれば、荒れたプールにハンカチなんて落ちていたら、犯人の遺留品と思うのが普通な気もする。

 警察を呼んだとも聞いていないから、指紋が採られてどうこうだとは思わないが、何か後々厄介な事になりそうな予感がする。

 俺が鬱々とした気分で、ダンボール底の、何年入っているのかも分からない旧型のゲーム機まで漁り終えた所で、双子が目の前にすっと現れた。

 ……こいつらの唐突さには、未だに慣れないな。

『そういえば、昨日蛇に体当たりされたけど』

『その後変わりない?』

「え? あぁ、ぶつかったって言っても……顎と尻ぶつけたぐらいだし」

 話題まで唐突だ。 何で今頃と思いつつも、俺は質問に答えた。

『本当ね?』

『どこもおかしいところはないわね?』

「尻……いや、口がぱっくり割れちゃいました」

『元々でしょ』

『くだらない自虐は置きなさい』

 自分でもくだらないとは思うが、そうばっさりやられると凹む。

 ったく、何の話だよ。 と、俺は視線で先を促した。

『化け物は自分だけじゃなく、その周囲の物理法則まで捻じ曲げるの』

『私達を見れば分かるでしょう?』

 双子が喋っている間に立ち上がり、ドアについた窓から外を確かめる。

 うん、誰もいない。

 俺は改めて双子に向き直り、頷いた。 

 確かに双子は、俺以外には見えない。 ついでに皮がなければ触れない。 こんな奴ら見たら、世の中の物理学者が首を吊るだろう。

『言ったでしょう? 化け物は思い込んだ通りになっていく』

『あの化け物が、貴方に死ねと念じれば、ただの体当たりでも見た目以上に力を持つの』

「えーと……?」

『相手が毒を持ってる、みたいな認識で良いわ』

『殺意という名の毒。 触れただけで、それは貴方に入り込んで殺そうとするわ』

「どんどん、何でもアリになっていくな」

 いや、違うか。 最初から何でもアリなのだ。 改めてひどい生き物だな……もちろん俺含めて。

「まぁ、別に変わりない」

 双子に言われて思い返すが、特に体の不調を感じた出来事は無かった、はずだ。

『でもあいつがその毒を持っていても』

『貴方はぶつかったぐらいで死ぬはずがないって思っている』

『だから貴方はその思い込みで、自分を守れるの』

『貴方の中の常識って言い換えてもいいわ』

 化け物が常識を振りかざして自分を守るというのも、滑稽な話だ。

 まぁ、要するに俺は蛇と肉体的にぶつかった時、精神的にもバトルをしていたらしい。

 むしろそちらの戦いの方が激しかったようだ。

「って、それ聞いたら次から無事でいられなくなりそうなんだけど」

 双子が言う事が本当なら、俺はその毒とやらを意識してしまった所為で逆に今度蛇に触れられた時、大ダメージを負うかもしれない。

 俺ってダメだダメだと思っていると本当にダメになるタイプだし。

 俺が不安になり、おそらく余計にその毒とやらの効き目を高めていると。

『だから今聞いたのよ』

『貴方には、今日半日大丈夫だったっていう常識があるでしょ』

 双子は呆れたような顔で俺を見ながら、そう言った。

「まぁ、そりゃそうだけど……」

 曖昧な返事をする俺に、双子は眉根を寄せて珍しく真剣そうな顔をした。

『それより重要なことがあるわ』

『普通の人間は、その毒に抵抗できないの』

「え?」

『貴方の片割れが蛇にぶつかられただけで』

『死んでしまう可能性もあるって事』

 理解が遅い俺に、双子はそう補足してから揃って鼻を鳴らす。

  そうか、だからこいつらは今それを言ったのか。 綾菜への危険を知らせる為に。

『どうせ守る気なんでしょう』

『占い師を』

「え、あぁ…」

 口を尖らせつつこちらを見る双子に、俺は頷いた。

 いくら占い師だからって、やはり俺は綾菜を見捨てることなんて出来ない。

 だが双子には、乗り移り先である俺を弱体化させてまで綾菜を守る義理は無い訳で。

「ありがとうな」

 俺は素直に礼を言った。  双子はそれに対して「アンタの為じゃないんだからね」などと定番な反応はせず、長くため息をつく。

『それに、貴方だって』

『まるきり大丈夫って訳じゃないのよ』

 それどころか、俺の不安を更に増すような事をのたまうのだ。

『あのドリルが』

『きっと良い例になると思うわ』

「ドリルって、ミーヤのか?」

 問うと、双子は揃って頷いた。

 それから童謡でも歌うように交互に喋る。

『バラバラにされても復活するはずの蛇が、逃げた』

『アレには、きっと化け物に対する怨嗟がたっぷりと籠められている』

『絶対に殺す。 生きては返さないっていう類の』

『それは多分、蛇の脱皮で助かるという思い込みには敵わなかった。 でも』

『ヒヤリとはさせたんでしょうね』

「だから逃げた、か」

『貴方も変に強気にならないで』

『小ずるく逃げ回りなさい』

「へいへい」

 こいつらも、一応心配はしてくれているんだろうか。 確かめたら罵倒されそうだから聞かないでおくけど。

 ――と、そんな事を話していると、背にしていたドアがノックされた。 

 振り返ってガラス窓を見てみると、そこには笑顔の生首が。 もとい笑顔を窓から覗かせている三橋愛華がいた。

「ど、どうした三橋」

 ドアを開けて彼女に応対する。 

 先程まで双子が喋り倒しだったし、俺も聞かれてまずい事は口に出していないはずだ。 なのに胸が跳ねたのは恋以外のなんだろう。

「大輔さんのお姿が見えなかったので……どなたかとお話していましたか?」

「い、いや、ちょっと寸劇してただけだよ」

「そうですか……」

 双子は三橋が途中で射抜くような視線をした所為か、俺の中へと戻っている。

 三橋は失礼しますと言いつつ準備室に入ると、きょろきょろと左右を見回した。

「じゃ、じゃぁ俺はこれで」

「あ、待ってください」

 俺が入れ替わりに部屋から出ようとすると、彼女に呼び止められる。

「あの、今度の特別メニュー、私なりに考えてきたんですが……」

「あ、そうなの?」

 言いながら彼女はおずおずとノートを差し出した。

 思わずそれを受け取ってしまい、俺はノートをパラパラとめくる。

「バタフライの選手に腰痛は付き物だそうです。 ですからフォームの改善と共に筋力トレーニングを並行して行きましょう」

 ノートには、三橋の解説通り、筋トレの方法等が丁寧に書き込まれていた。

 何となく彼女はノートにびっちり書き込む派だと思っていたのだが、意外にも図が貼り付けてあったり項目をページ毎に区切ってあったりで、読みやすい。

「凄いな、三橋」

「い、いえ、図書館の本やインターネットの記事をつまんだだけですから……」

「それを整理して自分なりに纏めてるのが凄いんだって」

「そそそんな事ありません! 私なんかより大輔さんのほうが凄いです!」

 俺が褒めると、彼女は銃でも突きつけられたかのように、両手を宙に掲げそれと頭を激しく振った。

「は、何が?」

「だって、大輔さんはいつも明るくて、気遣いが上手くて、誰にでも優しいですから」

 そのリアクションと言葉に唖然とした俺が聞き返すと、彼女は両手の指先を合わせ、それをぐにぐにと押し合いながら言葉を紡いだ。

『厭味かしら』

『皮肉かも』

 双子が頭の中でそう囁く。

 否定したい所だが、俺にもそう聞こえてしまう。 俺の何処を見たらそうなるんだ。

 例え俺がそう見えるとしても、それは正体を見破られない為に必死に繕った姿だし。

「それこそ、買いかぶりだと思うよ」

「いいんです。 私にはそう見えるんですから」

 少々硬い声を出してしまった俺に、三橋がはにかみながら笑った。

 その笑顔に、ミーヤという彼女(偽)がいる身でありながら少し心動かされてしまう。

 ――と、そんな俺の軽薄さを諫めるように、ポケットの携帯がぶるぶると震えた。

 取り出してみると、表示名マイラバー。 件のミーヤからだ。

「どなたですか?」

「あ、ミ……綾菜」

 三橋が小首を傾げたので、咄嗟にそう答える。

 まぁ別に嘘って訳ではない。

 すっかり頭から抜けていたが、俺は今日この二人と一緒に帰る事になっていたのだ。 その催促だろうとメールを開く。

『綾奈さん怒っています。 大輔早くしてください』

 何故敬語。 ていうかそれでも呼び捨てか。 あと綾菜の字が地味に間違ってる。

 色々つっこみたいが、それより早く行った方が良さそうだ。

「ごめん、綾菜……が待ってるから行くわ。 あ、今日はありがとうな」

「いえ、お役に立てたなら、とっても嬉しいです」

 ノートを彼女に返すと、三橋はそれを両手に抱いて目を細めた。

「また、明日学校でお会いしましょう」

 こんなに喜んでくれるなら、これからはもうちょっとだけ、彼女の言うような優しい奴になろうかな。

 彼女が犯人候補だという事も忘れ、俺はその時そんな事を考えた。

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