マスク・ザ・ノリベン
それから少し後、俺は弁当を摘まみつつ廊下を歩いていた。
『行儀以前の問題ね』
『それも変人アピール?』
先程まで黙っていた双子が、俺の左右に現れ交互に喋る。
「栄養補強に、腹ごなしも出来て一石二鳥だろ?」
素で受け答えしてしまい、周りで何人かこちらを見た気もする。 俺のほっぺに米粒でもついてるせいかもしれないが。
先程まで俺は鹿子と一緒に昼食を摂っていたのだが、その内背後で許しがたい行為が行われ始めた。
なんと綾菜の奴、ミーヤに冷凍食品をアーンさせはじめやがったのだ。
彼氏の前で何たる暴挙。 羨ましい。 俺もしたい。 と現場に急行。
ところが、俺があーんとおかずを差し出しても彼女は一向に食べようとしない。
しかし綾菜に差し出されれば頬を紅潮させながら食べるではないか。 耐え切れず、教室を飛び出して来たという訳だ。
綾菜め。 あの買ったは良いが恥ずかしくて着られなくなりタンスの奥にしまいこんでいるピンクのふわふわスカートを、今度無断で売り捌いてやろうかしら。
などと考えながら歩いていると、廊下の窓側に見知った顔を発見した。
「何をやっているのだ平井」
窓の外を見、たそがれているのは平井洋一だった。
相手は男なので飛びつかずに、普通に声をかける。
「あぁ、大す……誰だお前、いや、大輔か」
弁当箱のふちを唇で咥え、顔を隠した弁当箱仮面の正体を、奴は一瞬で見抜いた。
ため息をついて、俺をまるで悩みのない能天気男を見るような目で見る。
「なんだ、青春の悩みはこのマスクザノリベンに打ち明けるが良いぞ」
マスクをはずして正体を明かす。 更にとっておきの爽やかスマイルを見せてやった。
「別に悩みなんかじゃないよ」
「嘘つけ、そんな顔するのは悩み多き中年サラリーマンか恋する乙女だ」
「その二つが同じ表情してるのは嫌だな」
気弱に笑った後、平井は悩みって訳じゃないんだけど、と前置きしてポツリと言った。
「ただ、片瀬さんが今日も休んだなって」
カポッ。 俺はマスクザノリベンに戻った。
「何でまた弁当箱被るの」
平井が突っ込むが、もちろん表情を隠すためだ。
変身をといたヒーローに不意打ちなど、こいつはどんな極悪怪人だよ。
胸の動悸が治まるのを確認して、俺は弁当箱を顔からはずした。
「まだ二日だろ? 心配しすぎだって」
我ながら、言葉通りの表情が出来たと思う。
……極悪怪人は俺のほうだな。
「うん、だと思うんだけど……最近物騒だし、部室も荒らされてたし」
「あんなのただのいたずらだって」
部室に関しては、実質やったのは俺だし。
「それに……」
「それに?」
「何か、言おうとして口篭ったんだ。 聞き返したんだけど、何でもないって」
姫足が口篭るのなんていつもの事じゃないか。
いや、待てよ。 言い返そうとして、ある可能性に気づく。
「お前らって、もしかして付き合ってた――じゃなくて、付き合ってる?」
過去形になりかけて、言い直す。 しかしそれなら、こいつが彼女をやたら気にするのも分かる。
それなら俺が数分しか見ることができなかった、怯えない姫足というのを日常的に見ていても不思議は無い。
「ち、違うよ。そんなんじゃない」
慌てて否定するところが怪しい。
……俺は、平井と姫足が仲睦まじくしている所を想像した。 すると、うん、なんだかイライラしてきたぞ。
俺だって姫足が好きなのだ。 死亡五分前からだけど。
どれ、もっと苛めてやろう。 俺がそんな風に薄汚く思っていると。
「ていうか」
平井の表情に、すっと影が差した。
「片瀬さんは、大輔と仲良くなりたがってた、みたいだった」
平井は顔を逸らし、呟いた。
こいつは演技が出来ないタイプだな。 表情に悔しさがにじみ出ている。
……俺がさっき覚えた感情を平井はもっと強く、もっと前から感じていたのかもしれない。
「そっか、俺達ライバルだな」
「だ、だから違うって!」
俺が好敵手と認めてやると、平井は真っ赤な頬を更に赤くして否定した。
リンゴかお前は。
「大丈夫、きっと来週には出てくるって」
このセリフを言う際には、反吐が出ないように注意。
俺は舌の根っこ辺りまで来たそれを、胃袋の底に押し戻すのに苦労した。
「あぁ、うん……」
平井は、やはり納得しきっていない表情をしたが、一応は頷いた。
キンコンカンコンと、予鈴も鳴ったので、俺達はそれぞれの教室に帰る事にする。
平井と別れた直後、双子が頭の中で囁いた。
『演技なら大したものね』
『貴方も大したものだけど』
「うっせ」
チャイムに紛れ、俺は小さく悪態をついたが、双子にはしっかり聞こえていたらしい。
薄く笑われた。




