葛西健吾 1
落合康二は警視庁に所属している。
組織をロクなものではないと常日頃から感じていたが、今回の手際の良さには正直驚いた。
『ネットに爆弾の作成方法を載せた男、緊急逮捕』。
新聞の見出しが、社会に潜む狂気を晒していた。
落合は、適当にそれを畳むと、ネクタイを結び直す。
これから、その男への取り調べが始まる。
一切の情報や私情をも話さずに膠着している取り調べ。
腹を煮やした上層部が指名したのが、かつて落としの落合とまで言われた彼だった。
廊下がやけに綺麗に磨かれているよう感じた。
ドアノブの銀が、重厚感を持って彼を迎える。
狭い部屋。
対面には無精髭を生やした男がいた。
名を葛西健吾。
年は36、A型。
新宿区のマンションに一人暮らし。
だが、落合が聞き出したいのはそんなパーソナルデータではない。
「おはよう」
落合は、自分でも驚くほど、緊張も威圧もない、平坦な声が出せた。
葛西はそれに対して、少し萎縮していた。
「おはようございます」
か細く枯れた声だった。
この男は思想犯ではあるが、それは決して現実離れした異世界に思考があるのではなく、むしろ地続き。
何かが歪んだまま進んだ結果の必然にも似たものなのだろう。
人はそれを、ボタンの掛け違いなどと呼ぶ。
「よく眠れたか?」
落合の問に、葛西は少し考える素振りを見せた。
ただの世間話にも真摯に向き合う姿勢は、葛西の誠実さの現れなのだろうか。
「いえ、昨日は悪夢を見てしまいました」
「そうか」
落合は椅子に腰を下ろした。
重い音が部屋に響く。
何かの始まりを告げるようだった。
「昨日、また爆破事件があったよ」
落合の唐突な語り出しに、葛西は少し狼狽えた。
視線が泳いで、何処か遠くに救いを探しているようだった。
「そうですか……」
「もう教えてくれないか。サイトを削除するためのパスを」
サイトとは、もちろん葛西が作成したホームページの事だ。
落合はPCには詳しくないが、なんでもそのパスがないと、サイトには誰でも手順を踏むことでアクセス出来てしまうらしい。
一方の葛西は、PCには自信がありそうだった。
返すように言葉をつらつら並べていく。
「やはりプロバイダからは削除出来ませんでしたか。上手くいってるようで何より。サーバーも複数経由させた甲斐がありましたね」
知らない単語ではあったが、理解しようと熱を尽くした。
落合は葛西と視線を合わせる。
垂れた、小動物のような目だった。
「そろそろ協力してくれよ。じゃないと罪も重くなるよ」
その目が少し閉じた後に、また小さく見開かれた。
「そうですね。そろそろいいでしょう」
葛西は腕を組んで語り出す。
彼の紡ぐ言葉と、記録係のキーボードの音だけが暫くの間響いていた。




