六十九
ひときわ大きな轟音が響いたと思ったら、マリーヌ達は外に放り出されていた。
一体何が起きたのか本人達も解らないが、そう表現するほかないほど、唐突に周囲が元に戻ったのである。
元に──ティレシスの王城の中庭に。
だが、その場所は完全に元通りというわけではなかった。
中庭の中心部。最も花が咲き誇っており、立派なガゼボなどがあった場所。
そこに、巨大な穴ができていた。
深さ数百メートルはあろうかという、覗くのも恐ろしい穴。それが、中庭のほとんどを飲み込んでいる。マリーヌ達はそのふちに座り込んでおり、その足元はぐらぐらと不安定だ。
全員慌てて穴から離れると、そこもがらがらと音を立てて崩れた。王城を巻き込むことは無さそうだが、中庭は完全に消え去りそうだ。
「これが、予知にあった陥穽⋯⋯?」
僅かに残った植物が枯れて変色しているのも確認し、マリーヌは呆然と呟いた。
それは、これまでの予知とははるかに小規模だが、確かに予知で見た陥穽に間違いなかった。
「ということは、迷宮は消えたのか⋯⋯?」
恐る恐るといった風に口にしたフィナリアに、マリーヌははっと顔を上げた。
「そうだ⋯⋯ミカエルシュナ嬢は!」
”姫君は、連れ去られたヨウでス„
彼女らの前に降り立ったティターニアが、苦々しげに言った。
それを聞いて、マリーヌは視界が暗くなるような心地に襲われる。
「ああ⋯⋯そんな」
”私は、姫君の元に行きマス。あの方を守るタメ、お傍にいなけレバ„
「ま、待って!」
ふいっと背を向けるティターニアに、マリーヌは慌てて声をかけた。
「せめて、せめてどこに連れ去られたかだけでも教えてくださいまし!」
”⋯⋯ヒトの子に教える必要は無イ──と、言いたいトコロですが、姫君も貴女ガタを心配させるコトは本意ではナイでしょう„
ため息をついたティターニアは、マリーヌ達に向き合った。
”かつて存在した国⋯⋯その首都に、姫君は連れていかれたノダと思われマス„
「かつて存在した国⋯⋯もしや、アヴァロン⋯⋯?」
”ああ、確かそのヨウな名前だったと思いマス„
ティターニアは首を傾げた。
記録に残されている滅んだ国はそれなりにあるが、アルトゥールという男に関わりがあるのなら、アヴァロンしかない。その首都の場所となると──
「確か、現在はローディウム帝国の領土になっているはずだ」
フィナリアの言葉に、マリーヌは頭の中の地図と歴史書を引っ張り出した。
確かに、マリーヌが習った歴史でも、かつてのアヴァロン王国の領土の大半はローディウムに吸収されている。
正確には、ローディウムはアヴァロンが滅んだ後にできた国のため、アヴァロン滅亡後の国を合併した形ではあるが、版図が重なっているのは確かだ。
マリーヌはティターニアにお礼を言おうと顔上げ、しかし、精霊の姿が見当たらないことに気が付いた。どうやら、さっさとミカエルシュナの元に向かったらしい。
ミカエルシュナのことが心配なのは解るため、そのことは特に気にしなかった。
それより、今は──
「中庭は立ち入り禁止とする。多少なりとも霊脈の魔力が抜き取られた以上、回復に手間も時間もかかるだろう。王宮魔術師に調べさせる」
「大神殿からも、人員を派遣させていただきます」
フィナリアはひとまずの方針を口にした。それに続くように、フェリクス大神官も言葉を紡ぐ。
それを聞きながら、マリーヌはロビンを振り仰いだ。
「ローディウムに向けて魔法速達を飛ばして。皇帝陛下に、状況をお伝えしなければ」
「はっ」
「ミカエルシュナ嬢は、皇帝陛下の妃候補。その方が我が国でさらわれたとなると、無関係というわけには参りません。何より、我が国の裏切り者が関わっている。お姉様」
「ああ。この件は、おまえに任せる、マリーヌ」
「大神殿からも権限を幾つか委ねます。頼みました、殿下」
「⋯⋯マリーヌ様、僕もお供します」
姉と大神官に頷きを返したマリーヌは、婚約者の言葉にぱっと振り返った。
「フェリクス様?」
「僕⋯⋯私は今回、何の役にも立ちませんでした。ですが、今度こそ」
フェリクス少年は、強い眼差しでマリーヌを見つめた。
「次こそ、祖国の無念を晴らしたいのです」
その眼差しに促されるように、マリーヌは頷いた。
───
その夜、ユリウスはずっと執務室に詰めていた。
いつもなら、よほど忙しくない限り寝ている時間だ。
なら、今日はそのよほど忙しい日なのか? ──否。
彼はただ、眠れないのだ。胸のうちに謎の焦燥感がくすぶっていて、それが眠気を遠ざけている。
そのせいで落ち着かなくて、結果明日の分の仕事までこなしてしまっていた。
「兄上⋯⋯そろそろ寝た方がいい」
そんな兄に付き合っていたルキウスが、眉根を寄せて言った。それに対し、ユリウスは椅子の背もたれに上体を預け、天井を仰ぐ。
「解っている⋯⋯だが、今横になったところで、眠れる気がしない」
「兄上⋯⋯」
「何だろうな⋯⋯この不安感は」
ユリウスは秀麗な顔をしかめた。
こういう直感は、当たるものだ。
過去にも根拠の無い不安で眠れなくなったことがあるが、その時は決まってユリウスにとってよくないことが起きた。
母が亡くなった時、父が狂った時、兄が殺された時──全ての時、言いようのない切迫感があったのである。
ならば今回も──と。
ユリウスは懐から宝石を取り出した。金緑色の宝石は、ミカエルシュナの持っている宝石と繋がった、通信用の宝石だ。
──これが、一方通行でなかったらな⋯⋯
ユリウスは宝石を見つめ、歯噛みする思いをした。
今日、ミカエルシュナがとある作戦を実行することは聞いていた。詳細までは知らないが、聞いておくべきだったかと今更思う。
おそらくこの焦燥感は、ミカエルシュナに何かあったと予感しているからだ。
ため息をついて宝石をしまおうとしたユリウスは、宝石がぽう、と輝くのを見咎めた。
「ミカエルシュナ嬢!」
慌ててしまうと手を止め、声を張り上げる。
『お久しぶりです、ユリウス様』
だが流れてきた声は、思ったそれではなかった。
水晶のように澄んで凛とした声ではなく、砂糖のように甘ったるい高い声。
それを聞いた瞬間、ユリウスもルキウスも凍り付いた。
一瞬の沈黙の後、低く唸るような声で、ユリウスは声の主の名前を呼ぶ。
「デュラック嬢⋯⋯!」
『はい! またこうしてお話できて、本当に嬉しいですわ』
声──ニヴィエ・デュラックは弾んだ様子で言った。向こうで頬を紅潮させる姿まで想像してしまい、ユリウスは苦々しく思う。
「その宝石は、ミカエルシュナ嬢が持っていたものだ。なぜおまえが持っている」
『いただいたのです。もう必要無いものですから』
「それを判断するのはミカエルシュナ嬢だ。おまえではない!」
ユリウスの一喝に、ニヴィエは息を飲み、しかしすぐに媚びるような声音を上げた。
『でも⋯⋯もうユリウス様の妃にはなれませんわ。あのエルフは、我が主のものになりましたもの』
「⋯⋯何?」
ユリウスの片眉が跳ね上がった。
その時、扉が叩かれる音が響く。ユリウスは視線でルキウスに指示し、それを受けたルキウスは素早く部屋の外に出て対応する。
ユリウスはそれを確認しながら、宝石に問いかけた。
「どういう意味だ」
『どうもこうも、言葉通りですわ。あの女──ミカエルシュナ嬢は、千年前よりあの方のもの。もとよりユリウス様の妃になりえなかったのです』
「⋯⋯何を言っているんだ、おまえは?」
『いずれ、解りますわ。名残惜しいですけど、今話せるのはここまで。いずれ招待状を送ります。それまで、浮気なんてしないでくださいましね?』
最後におぞましい言葉を残して、一方的に通話は切られた。
ユリウスはしばらく宝石を睨み付けていたが──やがて諦めて、戻ってきたルキウスを見遣る。
「⋯⋯何があった」
「ティレシスより魔法で速達があった」
ルキウスは苦い顔をした。
「ティレシスにて、ミカエルシュナ嬢がさらわれたと⋯⋯犯人はニヴィエ・デュラック、エドワルド・ティレシス、そして──かつてのアヴァロン王国国王、アルトゥール・アヴァロンだと」
その内容に、ユリウスは目を見開く。
千年前の因縁が、大きく動き出そうとしていた。




