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陸の話

 人魚に陸まで送り届けてもらった若者は、家に戻ると父親に人魚から聞いた話をしました。伯父である王さまに子どもが生まれないのは、恩知らずな真似をした王さまと嵐の海の中から助けたと嘘を吐いて結婚した恥知らずのお妃さまが人魚を殺した呪いだと。いくら待っても呪いがかけられているなら、子どもも生まれないはずです。それに海も王さまが結婚してから魚がいなくなって、魚介類を中心とした伝統的な料理ができなくなりました。

 魚が取れなくなって街に出てきた漁師たちが犯罪組織に加わるようになり、治安も悪化しました。若者の父親もこの国の重鎮たちもそれらに頭を痛めていました。


 話を聞いて、父親には殺された人魚の妹のことがすぐに思い出せました。

 王さまの結婚式の夜に消えてしまった口のきけない娘。

 王さまがお妃さまとのことですっかり忘れ去ってしまった金の髪の娘。

 父親は若者に告げて、ある場所で暮らしている人物を迎えに行かせました。


 長年、王さまに子どもが生まれないことを気にしていた若者の父親は王さまたちが呪われていることを知ると、行動を起こしました。父親は大臣たちを集め、お妃さまが人魚の怒りを買って子どもが産めないことを告げました。

 お妃さまが子どもが産めないことで、自分の娘を妃にしてもらいたがっていた大臣たちは遠縁の娘を離宮に集め、王さまに事の真偽を試してもらうことにしました。命の恩人であるお妃さまを裏切って、愛人を作ることに王さまは抵抗しましたが、お妃さまが命の恩人ではなく、ただの嘘吐き女だと言われると、海の魚の件もあって了承しました。


 さて、若者はというと、父親に言われた場所から一人の少女を連れ帰りました。その少女は母親と同じ金の髪をしたとても美しい娘でした。

 そして、若者と少女は海辺で結婚しました。その結婚式には若者の伯父である王さまも出席しました。どのような身分の者も参加できたので、王さまの結婚式以上の飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになりました。

 若者は少女の母親をはじめとしたこの日に参列できない人物の冥福を祈り、多くの人の涙を誘いました。


 その日以降、海では魚が採れるようになり、人々は若者と少女は海から祝福を受けたのだと言いました。どうやら、若者の弔いは人魚のお気に召したようです。

 二人は海辺に住み、夜には浜辺をよく散歩して、歌を謳ったりしました。




 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




 王さまは離宮に集められた娘の一人を呼んで、その膝枕で目をつぶって寛いでいました。


「そなたは彼女に似ている」


 王さまの髪を撫でていた娘の手に一瞬、力が入り、顔が顰められました。人魚の怒りを買ったお妃さまと比べられたと思ったのです。


「彼女と言うのは?」


 娘は努めて笑顔を浮かべて言いました。それでも、声がわずかに強張っていました。


「私が愛していた娘だ」


 髪を撫でていた娘の手が止まりました。


「彼女とは妃を城に連れ帰った後に出会ってしまった。嵐の中、助けてくれた声しか知らない命の恩人に私は求婚していた。目がさめてから、妃を命の恩人だと思い込んだ私がもう一度求婚した為に結婚するしかなかった。彼女の身元が定かでもなかったから、妃との約束を反故にすることもできなかったのだ。人魚だったのなら、身元がわからないのも無理はなかったのだろう。だが、せめて声が聞けたら、妃が嘘を吐いていたことにも気付けたのだが・・・」


 目を開けた王さまは苦悶の表情のまま、娘の長い髪に触れました。こうして、娘の髪に触っていると、胸の苦しみが和らぎました。

 代わりに、お妃さまに騙された怒りがこみ上げてきます。お妃さまの嘘の為に彼女の命が失われたのです。

 真実を話せないなら、文字で報せればいいと思われるかもしてませんが、人魚の妹はこの国の文字の読み書きができませんでした。貴族の家の上級使用人になる時に上役や主が文字を教えるように、王さまが人魚の妹に文字を教えればよかったのですが、王さまは人魚の妹が文字の読み書きができなくても問題はないと思っていたので教えていなかったのです。


「初めからおかしいと思ったのだ。妃は命の恩人である彼女の声と違っていた。あの嵐で塩水で喉がやられたのだと言っていたから気にしないようにしていたが、あの年齢で修道院にいたのだ。何かの問題で結婚が整わなくて、修道院にいたのだろう。嘘吐きとかな」


 この国では良家の子女は一定の年齢になると修道院に預けられます。そして、10代前半で結婚相手を決める為に実家に戻るまでそこで教育を受けるのです。

 ところが、王さまを助けた時、お妃さまは10代半ば。何か問題があって修道院に戻されたのか、結婚相手が見つかるまで修道院に残されていたようです。王さまに命の恩人を偽ったところを見ると、どちらかわかるでしょう。


「それでも、妃が命の恩人ではないとわからない限り、私は約束を守らなければいけなかった。かと言って、彼女に対する気持ちは強かった。いけないことだとわかっていたが私は彼女を諦めきれず、妃との結婚が整うまでの間に彼女は私の子どもを産むことになった。お腹が大きくなる前に妃には気付かれないように彼女を妹夫婦に預けた。子どもは手元に残せなくても、彼女だけは手元に残しておきたくて、出産後は戻って来てもらった。それがいけなかったのだ。私の近くに居させた為に、彼女を苦しめてしまった。てっきり、私の結婚を見届けて、私に失望して去って行ったと思っていたのに泡と消えるとわかっていたのなら、そんなことをしなかったのに。それどころか、妃との結婚を取りやめてもよかった。命の恩人との約束が大事とはいえ、それで彼女の命を失うくらいなら、私は喜んで約束を反故にしよう。どちらにしろ、命の恩人が彼女だったのだから、約束を破ったことに変わりはないのだがな」


 虚空を睨んで王さまが語る最愛の女性への熱い想いと後悔に娘は相槌すら打てませんでした。

 命の恩人と交わした結婚の約束。それがあるにもかかわらず、愛さずにはいられなかった罪の意識。それでいて、子どもまでいたのに捨てられたのだと思い込んでいたこと。彼女の命がかかっているなら、命の恩人との約束すら反故にしてもよかったという強い後悔に娘はしばらく何も言えなかったのです。

 視線を彷徨わせて言葉を探してから娘は言いました。


「・・・。彼女を愛していたのね。子どもはどうしたの?」


 王さまは目を閉じて頷きました。そして、娘の膝に頬を預けます。


「子どもは妃の目に触れない場所で育ててもらって、今年、妹夫婦の息子と結婚して幸せに暮らしている」


 瞼に浮かぶのは身分を問わず、飛び入り参加すら認めた盛大な結婚式の様子。莫大な金額のかかったそれの大半は出席者の飲食物の費用でした。その式のことは広く知らせてあったので、参加者は近隣の住民だけでなく、国中から物見遊山がてらに集まりました。

 花婿はそこで海の泡と消えた花嫁の母の死を悼み、花嫁を幸せになることを誓ったのです。王さまには花婿が善良なだけに、花嫁を幸せにする予感がありました。


「妹さん夫婦の息子さんと?」

「ああ。いい奴なんだ。きっと、娘は幸せだろう」


 甥を信頼し、安心しきっている王さまの言葉に娘は何やら思うところがあるようでした。


「・・・それはよかったわ。会うことはあるの?」

「結婚式で久しぶりに会った。甥の妻として、今はよく顔を合わせる」


 命の恩人であるお妃さまに気兼ねして、王さまは子どもに会いに行けませんでした。妹夫婦もひょんなことからお妃さまの耳に入ってはいけないと、王さまの子どもを安全なところに隠して育てました。ですから、善良な若者も知りませんでした。


「私も会えるかしら? 王さまの甥御さんと・・・娘さんと」


 迷いながら言う娘の手を王さまは安心させるように優しく叩きました。


「ああ。彼女に似ているそなたに会わせてやりたい。娘にお前の母はそなたのような女だったと教えてやりたくてたまらないのだ」

「そんなにわたしは彼女に似ているの?」


 縋るような娘の声に王さまは目をつぶったまま笑顔で頷きました。


「こうして目をつぶっていると、彼女と共にいるような気すらしてくるほどだ。彼女はもういないというのに、そなたと彼女を重ね合わせるとは私は薄情な男だな」


 大臣の遠縁だという触れ込みで王さまの愛人になった娘は王さまが思い浮かべる彼女とは違う髪の色をしていました。

 ですが、王さまにはその娘が彼女のように思えたのです。




 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




 そして一年後、離宮で王さまの子どもが生まれ、お妃さまは離縁されて、修道院に戻されることになりました。

 しかし、お妃さまは修道院までたどり着きませんでした。人々はお妃さまが嘘を吐いて王さまの恩人に成り代わって殺していたと知って、殺してしまったからです。


 王さまは大臣の娘の一人と結婚することになりましたが、その結婚でも王さまには子どもが生まれません。王さまにできた子どもは離宮に集められた娘たちにあの一年の間にできた子どもだけでした。

 王さまは離宮にいた娘の一人と再婚して、世継ぎを正式な形にしたそうです。



 善良な若者は善良な夫になり、善良な施政者になりました。海の祝福を得ていた若者は王さまにも重く用いられました。

 だから、できたのでしょう。

 若者は王が再婚した妃――離宮に集められた娘の一人を我が家に招きました。王妃を家に招くなどとんでもないことですが、城よりも若者の家のほうが海に近かったからです。

 妃は若者の妻と共に歌います。その歌は若者の妻が夜の散歩で海と謳う歌でした。

 やがて、その声にいくつもの声が加わってきました。声がするのは海のほう。


 人魚たちの歌声は潮風に乗って天高く響いていきました。
























 泡となって消えたはずの人魚の妹は人間に生まれ変わっていたのです。そして、事の真偽を確かめる為に自分の娘を傷物にしたくなかった大臣に遠縁の娘として離宮に送り込まれ、王さまの妃になったのでした。

 若者が父親に人魚から聞いた話を教えていなかったとしても、人魚の妹は自力で王さまの妃になったでしょう。今度は魔女が欲しがっていた声があるのだから。

善良な若者・・・金髪美人な姉さん女房をもらった運の良い人

王さま・・・声しか知らない命の恩人に運命を感じながらも、別人と結婚してしまった間抜けな人

お妃さま・・・継母に疎まれて修道院に預けっぱなしになっていた。身分の高そうな好青年を浜辺で見付けて、お持ち帰りして看病した。本人的には看病したので自分が命の恩人だと思っている

人魚の妹・・・浜辺の波の来ない安全な場所まで求婚してくれた王さまを引きずって行く荒業をやり遂げて、干からびそうになったという命知らずな一面もある

人魚・・・人魚姫が死んで呪いをかけるほどヤンデしまった姉。出てきていない姉たちも同様にヤンデル

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