紅眼人喰魔女と碧眼毒舌人形
ポゥ=グィズィー。黒いボロ切れを繋ぎ合わせた物乞いの様な衣服に腰に下げた二太刀の短刀。その白銀の刃先が私の祈りと共に飛びかかるロリコン戦士達を意図も簡単に両断していく。流れる様に身体を回転させながら襲い来る亡者達をすれ違い様に斬り伏せていく。私が一歩退くと手懐けた三人の「凶器さん」達が私を守るようにそれぞれの得物を素早く構える。あの一瞬の間に半数近くが動けない状態にまで解体されてしまった。
「どうしたのお嬢ちゃん?顔が怯えてるわよ?」
只の変態女と思っていたけど、もしかしたらこの女、ジョゼフ並みに強い?
「貴女、何者?只のゾンビ女じゃないわね?私の知り合いのゴリラ並みに強いなんて」
圧倒的な腕力で亡者達を解体するジョゼフと違い、その女は身体全体を使うしなやかな身のこなしでまるでバレェを踊るように相手をバラバラに両断している。違うタイプの戦い方。
「フフッ……何者か。そうね、私は一般的に殺人鬼って呼ばれていたわ。それも幼い子供を痛めつけた上で解体して食べちゃう最悪な方の」
「皮肉ね……貴女みたいなクズが生き残って、真面目に暮らしてきた人々が軍の炎に焼かれるなんて」
彼女は食堂の壁や机を器用に足場にして亡者達に掴まれない様に飛び跳ねながら確実に一人一人にダメージを与えていく。そのショックからか魂が死を認識してしまい、動けなくなる個体もいる。それほどまでに相手の放つ殺気と剣力は圧倒的。
「強い者が生き残るのは自然の道理でしょ?」
「獣のね。人の道理として貴女は生かしておけない」
ロリコン戦士残り6人。凶器さん3人。数は減ったけどまだこちらが有利なはず。私は膝を付いて片目を瞑ると、十字を切り、亡者達に具体的な祈りを捧げる事にする。
「あら、死ぬ前のお祈り?」
相手が交差させながら振り降ろそうとした短刀に対してロリコン戦士の一体を素早く体当たりさせる。それに加え、足下で下半身を寸断された亡者の腕が殺人鬼ポゥの細い足首を両手で掴む。あの腕の太さなら一太刀では切り落とせないはず。私の視界に蒼い魂と現実の光景が脳内で混じり合う。亡者の体当たりにより短刀の動きが止まった殺人鬼ポゥに複数の手が伸ばされて腕の自由を奪っていく。
「こいつら、知能が残ってるの?いや、そんな訳ない!死ぬって事は心臓か脳のどちらかをやられているはず。心臓がやられれば脳は死に、脳が死ねば延命処置無しに心臓は動かない」
ポゥが短刀を手放し、背後から羽交い締めにしている亡者の肩を掴むと、そのまま力任せに片足を振り抜き、亡者の頭部を破壊する。その鋭い蹴りによろめく背中の亡者がそれでもその手を離さない。
「ふざけないで!なんで頭潰して動けるのよっ!」
ポゥの紅い瞳が怒りを帯びる。
「その人達は肉体に生かされてるんじゃないの」
「なら何に!?まさか……」
群がる亡者達に引き抜いた右足で踵落としを見舞わせたポゥがその反動を利用して左足を引き抜く。ポゥの両足が意図も簡単に自由になる。人間相手に初めての実践。しかも相手は人間離れした殺人鬼女。持久戦に持ち込めばこっちが全滅しそうね。
「彼らを動かしているものは肉体では無いわ」
「馬鹿言わないで。なら何がこいつらを動かしてるっていうのよ!」
私はこちらの焦りを悟らせる事の無いように無表情で答える。
「彼らを突き動かしているのは生前の悔恨の記憶よ」
「記憶?オカルト話も大概にして頂戴!」
腰に提げた木製の鞘を使って亡者を粉砕していくポゥは、その肉塊の下に転がる短刀を拾い上げてこちらに歩いてくる。すぐさま足を止める為に号令をかけるけど、それを目視する事無く逆手に構えた太刀が彼らを両断する。
「命が肉体に宿るのだとしたら、心は何処にその在処を見つけるの?」
「知らないわよっ!」
「ジョゼフもそうだけど……貴女に魂は宿っていない。人が死んだら何も無くなって消えてしまうの?そんなの……そんなの私は嫌っ!」
私の頭に死んでいった家族や優しくしてくれた街の人達の顔が朧げに浮かぶ。私は耐えられなくなってその感情を殺人鬼ポゥにぶつける。分かってる。それらの罪は彼女に関係無い事を。私の前で待機していた三人の凶器さんが私の心に に反応する様に彼女に一斉に飛びかかる。
「死んでも何も残らないわ!肉は腐り、骨は塵に。何もかも消え失せるのよ!私の赤ちゃんも消えて無くなったわ!それが私達の生きる世界よ!還りなさい!」
その叫びと共に彼女の心臓に宿る様に紅蓮色の炎が浮かびあがる。赤い魂は初めて見た。私を守る最後の亡者達が彼女の体術により吹き飛ばされ、その刃先が私の喉元を捉える。こちらのカードはもう何も残っていない。殺人鬼ポゥの目に涙が伝う。
「私の事、魂無しなんて呼ばないでよ。なら、なんなの?この胸の奥底にある慟哭は!一体、何なのよ!答えなさいよ!」
私はその紅蓮色の暖かい炎の煌めきに目を奪われてしまう。私は何となく彼女がもう私を殺さない様な気がしていた。
「殺してやる。殺して貴女を食べて……あの子に流れてしまった肉体を与える……の」
カラリと彼女の握っていた白銀の短刀が床に転げ落ちる。
私の片目にはまだ動ける三体の凶器さん達が彼女を撲殺しようと動くのが見えたけど、それを引き留めさせる。
「もう……いいのよ」
私は立ち上がると、膝をついて俯く、彼女のその細い身体を抱き締める。こんな華奢な身体で圧倒的殺意を放ち、亡者達を両断していた力がどこにあるというのだろう。こちらの方がよっぽどオカルトね。私に抱き締められたポゥが微笑みながら私の髪を撫でてくれる。
「私の事、許してくれるの?」
「貴女は私に熱いシャワーを浴びさせてくれたし、髪も綺麗切ってくれて、こんな可愛い民族衣装まで用意してくれた。そして何より……私を暖かく抱き締めてくれた。これはそのお礼よ」
今度は彼女が私の身体をきつく抱き返す。その大きな胸元の性で息苦しいけど今は我慢しておいてあげるわ。
彼女の泣き声が大きな屋敷に木霊する。気の性か、私の周りを取り囲む亡者達も優しく彼女を見守っている様な気がした。




