19.『お兄ちゃんナイス!』
過去最長の文量になりました(汗)
プシュ、シュ―――キュッ、キュッ、キュッ。
「これでラスト」
俺は目に掛かる前髪を払いのけ、自分の成果に目を向ける。
目の前には一度メールの返信を送った時以外、今まで一心不乱に磨き続けていたピカピカな車のボディがあった。
ガレージの照明の光で反射して、キラキラして見える。
「じゃあさっそく出かけるかー」
手に持っていたタオルやらコーディング剤のスプレーを元の場所に戻し、ルンルン気分で運転席のドアに手を伸ばした。
「おっと。その前に着替えないとな」
そしてドアノブに手を掛けようとした時に、ガラスに自分の姿が映り込んで今の俺の姿を思い出した。
家にいる時ならこの服装でも十分だろうけど、出かけるというならこの部屋着臭漂う服装はないだろう。
それに今までの作業でちょっと汚れている。
このまま車に乗るとまず間違いなく車内、とくにシートは汚れてしまう。
俺は一度ガレージを離れ着替えるために家へと入っていった。
~十数分後~
キュルル、ブオォン!
車のセルを回しエンジンをかける。
ちゃんとメンテナンスしているおかげで問題無く吹き上がる。
「よし、行くか」
ゆっくりとガレージから車を出し、出きったところでリモコンでシャッターを下ろす。
今日のはドライブを兼ねて、隣の県にある大型ショッピングモールで買い物をしに行くつもりだ。
ブウゥーーーン……―――。
あ、もちろんスポーツタイプの車だからって、峠道を使って公道で最速な理論を証明したり、ワイルドなスピードで運転したり、なんて真似はしないぞ?
近所迷惑になっちゃうからね。
スピードなんか国道で軽自動車に抜かれることもあるし、アクセルワークも丁寧にして無駄にエンジンを吹かしたりしないようにしているし。
俺はPITを繋げておいた車のオーディオから流れる、お気に入りのサントラを聞きながら車を走らせた。
******
「それじゃあ今までの説明で、何か質問はあるやつはいるか?」
今日の入学式準備作業のために登校してきた生徒は、作業に入る前に多目的教室に集合し、先生から今日の予定について説明を受けていた。
そして説明が一通り終わり、教壇に立っていた先生(生徒指導の五十嵐先生)が生徒達の顔を見渡す。
シーーーン………。
「じゃあ質問もないようだから、作業に移るぞ。決められた班ごとに集まって、それぞれの持ち場に行って担当の教師の指示に従ってくれ。では解散」
五十嵐先生はパンパンと手を叩き教室を出て行った。
生徒達はガヤガヤと移動を開始する。
「春香」
私も移動するため席を立つ。
するとよく知る声の持ち主に声をかけられた。
「あ、セイちゃん。昨日ぶりー」
声をかけてきたのはセイちゃんこと、望月誠だった。
名前の読み方は『マコト』だが、私はあだ名のつもりで『セイ』と呼んでいる。
ちなみにVRMMO“∞”のセイちゃんと同一人物だったりする。
ただ現実の彼女はゲームのアバターの外見とは違って、黒髪ポニーテールで女性から見ても理想的なボディラインをしている美人さんだ。
簡単に言えば『ボンッ! キュッ! ボンッ!』だろう。
「昨日って、前に会ったのはそれよりも――あぁ、ゲームでの話ね」
前にあったのはセイちゃんの部活に付いていった時だ。
セイちゃんはこの高校の女子剣道部の部長さんで、私は剣道部に入っているわけではないけど、時々マネージャーみたいな事を自主的にやったりしていた。
「それで何かな? 私に用事?」
こうしている間にも生徒達はどんどん教室を出て行き、分担された場所へと向かっていっている。
早く私たちも行かないと。
「えぇ。春香と私は同じ作業場所みたいだから、どうせなら一緒に行きましょう」
セイちゃんがそう言って配られたスケジュール表を指し示す。
そこには【○クラスの出席番号○○~○○までは○○○を担当】という風に書かれていて、確かに私の担当場所とセイちゃんの担当場所は一緒だったようだ。
「そうだったんだ。じゃあ一緒に行こっ」
私はセイちゃんの腕を取って歩き出した。
セイちゃんは他の生徒の前だったからか、ちょっと恥ずかしそうにしていたけど私の腕を振り解く素振りも見せずになすがままになっていた。
二人の担当する作業は、入学式が行われる体育館でパイプ椅子を並べることだ。
早く終わると良いねなど話しながら、二人は多目的教室をあとにする。
「おい、見ろよ。春香さんと誠さんだぜ」
「ほんとだ。やっぱり二人ともレベル高いよなー」
「さすが我が校男子が選ぶ《美少女ランキング(非公認)》No.1とNo.2」
「あいつらの彼氏になれたら、物凄い自慢出来るんだろうな」
そんな私たちのことを周りにいた男子生徒達が、ひっそりと盗み見てコソコソと話していた。
そして男子達のそんな様子を見ていた女子達は、全く男子はこれだからと呆れていたり、まぁあの二人だから仕方ないと苦笑いを浮かべていたり、少数だが面白くなさそうな顔をしていたりしたのだったが、私は勿論セイちゃんも気が付くことはなかった。
「………春香ちゃん」
春香と誠を見ている生徒達の中に、一人だけ妙な反応を見せる者がいた。
穴が空くようにジッと二人のことを見つめていたかと思うと、唐突にニヤァと口の端を歪めて笑みを浮かべる。
そんな姿をもし誰かが見ていたならこの者の異様な様子を感じ取っただろう。
だが生徒達の注目は春香と誠の二人に集まっていて、本人達は勿論ながら周りの生徒達も誰一人として気が付かなかったのだった。
~数時間後~
入学式の準備もほぼ終わり、私たち生徒は会場となる体育館に全員集まっていた。
今ここにはいない先生達が各場所を見て回り、何かやり忘れていることはないか最終確認をしている。
ガラガラガラ、ドンッ。
暫くすると体育館の重い扉が開いて、先生達が戻ってきた。
「今日はお疲れ様。みんなのおかげで昼前に終わらせることが出来た。今日はもうこれで終わりだから、みんな気をつけて帰るように。新学期にまた会おう、解散」
五十嵐先生が締めの挨拶を言って今日の準備作業は終了した。
先生達はまだ帰る様子もなく、一カ所に集まって何かの話し合いをしているようだ。
「じゃあ帰ろっかセイちゃん」
私はセイちゃんを誘って帰ることにした。
他の生徒も体育館の扉に向かって歩いて行き、何人かはこのあと遊ぶ予定について話しながら移動している。
「お前今日暇? 暇だったら遊ばねぇか?」
「あぁいいよ。どうせだったら昼飯もどこかで食っていこう」
「何かあそこの男子お昼食べて行くみたいよ。私たちもどこかで食べていきましょうよ」
「うーん。今サイフの中身がピンチなのよねー」
「今日は何狩りに行く?」
「そうね……とりあえず『ギルド』の掲示板見てからにしましょ。何か面白いクエストあるかもしれないし」
「オッケー。じゃあログインしたらコールしてくれ」
「わかったわ。じゃあまた“∞”で」
周りの生徒達の会話が耳に入ってきた。
中には私とセイちゃんも遊んでる“∞”の予定を決めている人もいた。
もしかしたらあっちの世界で鉢合わせするかも。
「あ。雨」
体育館を出て渡り廊下に出ると、セイちゃんが窓から見える外の景色を見て呟く。
どうやら天気予報は当たったようだ。
「あーあ。傘持ってきてないや」
私がそう言うとセイちゃんも『私も持ってきてないわ』と困った顔で言った。
「やぁ春香さん。それに誠さんも、今日はお疲れ様」
とりあえずここにいても仕方がないので廊下を歩いていると、私とセイちゃんに声をかけてきた人がいた。
その人は私たちと並んで歩き出す。
「そっちもお疲れ様、矢名瀬くん」
声をかけてきたのは一年生の時一緒にクラス委員をしていた、『矢名瀬光二』くんだ。
高身長かつイケメンに加えて水泳部の部長をしていることもあり、いわゆる細マッチョと言われる体型をしている。
そんな彼は我が校女子が選ぶ《イケメンランキング(非公認)》で、常にトップスリーを死守している。
「ちょっと話が聞こえたんだけど、二人とも傘を持ってきていないようだね。僕はウチの者を呼んで車で帰るのだけど、よかったら二人もどうかな?」
そういって矢名瀬くんはPITを取り出し、白い歯をキランッと光らせ微笑む。
矢名瀬くんの家は絵に描いたようなお金持ちらしいことは、ウチの生徒達の間で周知の話題となっている。
たぶん彼の家の使用人?だかを呼んで帰るつもりなんだろうと思う。
「ありがとう。でも私も迎えを呼んじゃったから、遠慮しておくね」
そう言って私はポケットからPITを取り出して見せる。
そして矢名瀬くんにバレないように、連絡を待っている振りをしてお兄ちゃんにメールを送った。
『To:お兄ちゃん
件名:
本文:迎え来られる?』
素っ気ない内容のメールになっちゃったけど、怪しまれないようにササッと打ったから仕方がない。
幸い矢名瀬くんは気が付いていないようで、イケメンスマイルをまだ続けていた。
そして私がPITを見ていたからか、今度はセイちゃんに話しかける。
………正直に言うと、私は矢名瀬くんのことが苦手だ。
何故かと聞かれちゃうと『なんとなく』としか答えられないのだが、初めて会った時からこの感覚はあったのでどうしようもない。
だから今の誘いも断った。
セイちゃんも彼のことは得意じゃないようで、引きつった愛想笑いをして彼の話に付き合っている。
ム゛ー、ム゛ー、ム゛ー……――。
「……どうやらウチの者はもうすぐ着くそうだよ。遠慮なんかいらないから、行かないかい」
矢名瀬くんは『さぁ』と言って掌を差し出す。
どうしてこんな二次元のイケメンな事を平然と出来るんだろう。
ム゛ー、ム゛ー、ム゛ー。
そんな時、今度は私のPITが振動した。
すかさず矢名瀬くんの手を無視して画面を見ると、《受信一件》と表示されていた。
私は迷わず画面をタッチする。
『From:お兄ちゃん
件名:Re
そう言うと思ってもう校門脇に来てるよ。』
やった!
思わず心のなかで『お兄ちゃんナイス!』と褒め称えてしまう。
「ごめん。私が頼んだ迎えもう校門に着いてるって連絡が来ちゃった。だからやっぱり遠慮しておくね」
申し訳なさそうな顔をしたつもりだが、実際出来ていたかどうかはわからない。
私は矢名瀬くんがセイちゃんだけでもどうかと聞き出す前に、セイちゃんも一緒に行こうと腕に抱きついてその場をあとにした。
「………」
そんな二人の背中を、矢名瀬は行き場を失った手を伸ばしたまま、無言で見送るのだった。
******
「おい見ろよ。カッケー車が駐まってるぞ」
「ホントだ、スゲー。あれってスポーツタイプのガソリン車だぞ」
「ねぇ、あの車の人、ウチの学校の生徒を待ってるのかしら?」
「どうなのかしらね? どんな人が乗ってるんだろう?」
学生が俺の車を指さして通り過ぎたり、立ち止まって様子を窺っているのが見て取れる。
今の時代にこんな車に乗っていれば、こういった人々の反応にも慣れるというものだ。
「……お、あれかな?」
俺が先んじて春香の迎えに学校まで来て待っていると、やっぱり春香から迎えの催促メールが届いた。
なのでもう迎えに来ていると返信を送って車内で待っていると、バックミラー越しにこちらに向かって真っ直ぐ走ってくる人影が見えた。
ガチャッ!
「いやー、助かったよー。ありがとうお兄ちゃん」
春香が後部座席に入り込む。
「え? 春香のお兄さん?」
突然知らない声が聞こえたので後ろを振り返ってみると、そこには春香とはまた違う綺麗な女の子がいた。
「ねぇお兄ちゃん、友達も傘を忘れちゃったんだって。一緒に乗せて良いでしょ?」
春香の他にももう一人いると思ったら、どうやら友達だったようだ。
俺の方は彼女のことを何も知らないのだが、彼女は『あなたがあの春香のお兄さんですか』と俺の顔を見て言った。
『あの』っていったいどれのことですかね?
春香が有ること無いこと吹き込んでいないと良いんだけどな。
「あぁ、構わないから君も乗りな」
俺も彼女に乗っていくように促した。
最終的には春香が早くドア締めないと濡れちゃうからと急かして、半ば無理矢理その友達を引っ張り込んだ。
そしてこの数分後、彼女を家まで送る途中で、彼女が昨日“∞”で知り合った春香の友達である『セイ』だと聞かされて、ちょっと驚いてしまうことになる。
~京谷の車が春香と誠を乗せて走り去ったあと~
「おいおいおい! あれって一体どういうことだよ!?」
「俺が知る訳ないだろっ」
「そん、な。俺の、憧れの、望月さんが」
「あの車運転して他の男だったよな……あの二人といったいどんな関係だ?」
「くそっ、誰なんだあの野郎は!」
「ゆ、夢だ。これはきっと夢なんだああああ!」
男子生徒達は自分たちの学校で一、二を争う美少女二人が、男の運転する車に乗り込んだところを目撃して半狂乱状態になっていた。
「ねぇねぇ今の見た? あの男の人だれだろうね」
「見た見た。伊織坂さんか望月さんの知り合いでしょ。じゃなかったら二人共通の知り合いとか」
「今まであの二人って男の影って無かったわよね」
「そうね。聞いたことないわ。告白して振った振られたって話しは聞いたことあるけど」
「これは……今度会った時に話を聞かないといけないわね」
女子生徒達は同性から見ても魅力的な彼女たちに、降って湧いた男の影について目を爛々とさせ、肉食獣を彷彿とさせる笑みを浮かべて熱く語り合っていた。
お読み頂きありがとうございます^^
ちょっと文量が多くなったのでまた二つに別けようか悩みましたが、そのまま投稿することにしました。
これでリアルパートは終了して、次話からゲームパートに戻ります。
そして、物語は一つ目の山を迎える……予定!
感想、登録、評価して頂いた皆様、ありがとうございます。
次話もよろしくお願いします!