39.至福 その2
付き合い始めて初めての土曜日がやって来た。
慎也に直接会えるとはいえ、仕事中は周りの視線もあるから、おおっぴらにベタベタするわけにもいかない。
そんな中、備品の片付けをしていたリコを、慎也は手招きして、店の裏側へ呼んだ。
「ちょっと、業務指導しようと思ってさ」
慎也は建物の外壁に寄りかかり、もったいぶりながら、腕を組んでリコの方を向いた。
「は、はい」
リコは手を前で組んでお辞儀をするような姿勢をとった。
「まず、お前のこと信じてはいるけど、基本的に俺以外の男とは付き合うなよ」
慎也はちょっぴり上から目線でリコを見た。
「コンとも、あんまり仲良く喋んな」
「う、うん」
「それと、分かってると思うけど、二人きりの時は『尾藤くん』は無しだぞ」
「『シンヤ』とか『シンちゃん』とか…?」
リコは上目遣いに聞いた。
「下の名前ならなんでもいいけど。まあ、ベストはそのまま『シンヤ』かな?」
慎也は少し得意気に言った。
「シン…ヤ…」
呼び捨てなんて言い慣れないリコはうつむきながら、つぶやいてみせた。
「よろしい」
慎也は、はにかむリコがたまらなく可愛く見えて、まんざらじゃない顔をした。そして、リコの肩をポンと軽く叩いた。
「とにかく、気軽にそう呼んで」
少し恥ずかしそうに、慎也は真顔で言った。
「あと帰り送るから、一緒に付き合って欲しいところあるんだけど」
「付き合って欲しいところ?」
「あの…」
何か慎也が言おうとしたが、その顔が突然こわばった。
リコが後ろを振り返ると、店の影から、近藤がニヤニヤして見ていた。
「やったじゃん!おめっとさん!」
3人はメンテナンス用のピットに移動して、近藤は酒でも入ったかのような上機嫌だった。
「やっぱコイツには隠せねえ」
慎也は観念したように言った。
「そうかそうか、遂にお付き合いですかー」
近藤1人でまるで盆と正月が一緒に来たような盛り上がりだった。
「んで、キスってもうしたの?」
「うるせえよ」
「あ、あんまりおおっぴらにしないでね」
リコは近藤に嘆願した。
「百年の恋が実った今の心境はどうですか?シンヤくん?」
「俺は芸能人じゃねえっての!」
近藤は勝手なことを言って慎也を困らせた。
仕事帰り、慎也にバイクで連れて行ってもらったのは大型スーパーの店内にあるジュエリーの量販店だった。
バイク屋が終わってからの入店でかなり遅かったが、お店はまだ営業していた。
慎也が熱心に見ていたのは、ペアリングのショーケースだった。
「リング?」
尋ねるリコに、
「要るだろコレ」と、慎也は右手の薬指をちらすかせてみせた。
(ペアリングかあ…)
リコにとって嬉しくないはずはなかった。
様々なデザインのものが並んでいるが、どうやら選択権はリコにくれたようだ。
「これでいい?」
二人の指輪のサイズでたまたま在庫があるデザインのにしたが、なかなか気に入った。
同じデザインで、リコの女性用はやや小ぶりで細く、慎也の男性用は同じデザインでも少し太いリングになっている。
買い物の後はフードコートでの遅い夕食を二人でとった。
普段は一人暮らしの二人なので、こうして誰かと一緒に食事をするのはやっぱり楽しい。
一樹とのゴージャスなディナーも良いが、リコは慎也と手軽なファーストフードの食事も好きだった。
リコにとって、今が人生で一番幸せな時だった。
それは慎也にとっても同じことだった。




