37.ためらい その8
港の見える丘公園は、その昔イギリス海軍病院の跡地で、アメリカ進駐軍の基地にもなっていた場所だが、1962年に公園として整備された場所である。
その公園の一角にイギリス庭園様式のバラ園がある。
陽も沈みかけて薄暗くなったところに、美しいバラがライトアップされていた。
「偶然テレビで見つけて、リコと来てみたくなってさ」
慎也はジーンズのポケットに手を突っ込み、やや照れ臭そうに言った。
リコの少し前を歩く慎也の背中はきれいな逆三角形のシルエットを描いている。
英国式の庭園に立つ二人は少しだけおとぎ話の世界にいるような気分になった。
ライトアップされた美しいバラが、二人を囲むように庭いっぱいに咲いている。
「俺は、冗談でキスしたりなんかしねえから」
背中を向けたまま、慎也が突然言った。
「え?」
リコは耳を疑った。
少し間を置いて慎也は、はぁっとため息をついた。
「ったく、なんなんだよ冗談って!何で俺がお前に冗談でキスしなきゃなんねえんだよ!」
慎也は目にかかるくらいの長い前髪を手で無造作にかきあげながら、わざとぶっきらぼうに言ってみせた。
「俺ってそんなに信用されてなかったってわけ?」
慎也は振り返ってちょっぴりムッとして、リコを責める口調で言った。
「そ、そんなんじゃ…」
リコは慌てて首を横に振った。
「俺はもう、片想いでもいいやって思ってた」
慎也はバラ園の方へ向き直って言った。
「キスだって、半ば嫌われるの覚悟だったから…」
リコは慎也の隣に歩み寄った。
「もし、嫌だったら、ごめん…お前は、俺のこと無理に好きになってくれなくてもいい、俺の片想いでもいいから…」
慎也の横顔は、少し寂しげに遠くを見つめていた。
そのさみしげな表情が、リコには少し色っぽく写った。
リコはしばらく黙っていた。
「尾藤くん…」
声をかけて、慎也の注意を引いた。
こちらに少し顔を傾けた慎也の首に手を回すと、リコは慎也の唇に軽くキスをした。
慎也は少し目を大きく開き、驚いた表情をした。そしてそのまましばらくリコを見つめた。
リコの頬は恥ずかしさで少し赤く染まっていた。
その大きな瞳は夜の明かりをたたえてキラキラ輝いていた。
「愛してる」
リコは少し照れくさそうに、初めてのキスの時に慎也に言われた言葉をそっくり真似てみせた。
「この間のマネ?」
慎也の問いに、リコはちょっぴり恥ずかしそうに頷いた。
慎也はリコのちょっとした冗談にクスっと笑った。
そして今度は慎也が、リコの髪の毛に手を入れると、初めての時よりやや深めに口づけをした。
「好きになって、良いんだな?」
慎也の問いかけに、リコは答える代わりに慎也の唇を求めた。
そして、そのままリコの身体を自分に引き寄せ、抱きかかえながら互いに唇を求め合った。
二人が結ばれた瞬間、夜に浮かぶバラがキラキラと輝いていた。




