第15話 “追いかけて 追いかけて”
ガタンゴトン……ガタンゴトン――
黒鉄の塊が轟きながら、力強く大地を駆け抜けていく。
煙突から吐き出された白煙が風を切り裂き、蒸気と鉄の匂いが、風に混じって流れていく。
車輪から伝わる振動が、車体を小刻みに揺らす。
機関車はまるで鼓動を打つように、一定のリズムで走り続けていた。
「うおォ~……!! すんげェ~……!!」
少女はその窓から身を乗り出し、風景を食い入るように眺めていた。
「何十人も乗せて、こんなに早く走れるんだ……!」
広がる平原。
空は澄みわたり、風は冷たい。
けれど心をくすぐるほど心地いい。
「……っくしゅん!!」
冷たい風をまともに浴び続けていたせいか、少女はくしゃみをひとつ。
慌てて身を引っ込めると、鼻をこすりながら窓を閉めた。
「外の風、けっこう冷たいんだにゃあ……」
体をぶるっと震わせながら、改めて車内を見渡した――
――車内は、まるで高級なホテルの一室のように重厚な造りだった。
深い赤茶の木製の壁に、真鍮の飾りが光を受けて鈍く輝く。
両側に並んだ長椅子のシートはふかふかで、布地は深緑。
天井には、ランタンが等間隔にぶら下がっている。
それらは昼夜を問わず、車内をほんのりと照らし、静かな安心感を与えていた。
「はは、列車の中まで城の客室くらい豪華だな……」
窓の外を見れば、あいかわらず景色が流れている。
だけど車内はどこか別の世界のように、穏やかで落ち着いていた。
「……ふう……」
少女はひとつ息を吐き、窓辺に身を預けるようにして、外の風景をぼんやりと眺めていた。
流れる木々の影、遠くに霞む山の輪郭。
一定のリズムで揺れる車内が、どこか心の深い場所まで、やわらかく撫でてくるようだった。
ほんの少しだけ、目を伏せる――
(――にゃんだったんだ……あいつ……)
誰に向けてでもない言葉が、心の中でふわりとこぼれる。
さっきまでの喧騒が、まるで嘘だったかのように、今はただ静かだった。
思い返すのは……〝あの少年〟の、まっすぐすぎる言葉――
――
――――
――――――
『――だって、命の恩人の〝大切な場所〟でしょ? それを荒らす奴らを見過ごせないよ……!!』
『目的って……別にボクはただ……〝勇者〟になりたいだけだけど?』
『それで村の人達が傷つくかもしれないんでしょ?』
『それをほっとくのは〝勇者〟じゃない……!!』
――
――――
――――――
――なんの迷いもなく言い切ったあの顔。
普段は呑気で、ちょっと間が抜けてるのに――
(――なに考えてんのか、ホントにわかんない……)
口では「バカ」とか「無理」とか言ったけれど……
それでも……その瞳を、どうしても忘れられなかった。
「……はっ……なんで、もういないやつのことにゃんか考えてるんだ……」
湖の底に消えた、能天気でおかしな少年。
だけど――
「――あ、いたいた。ミーちゃん!」
「んあ?」
その時、少女の物思いを破るような声が響いた。
「こんな隅っこに座ってたか! こっちに来て遊ぼう、UNOやるアルヨ!!」
「UNO……? ってなんでおミャーと遊ばなきゃ……」
姿を現したのは、調査隊の副隊長――玲玲。
年の近い同性として、少しずつ距離を詰めようとしてくれているのかもしれない。
「いいジャンか。つれないこと言わないで、こっち来いヨ」
「え〜……なんかここ数日めんどくさいやつに絡まれっぱなしにゃ……」
ため息まじりに言いながらも、少女は玲玲に手を引かれ、ゆっくりと列車の中央の席へと歩き出した――
◆ ◆ ◆
――列車が去った後の王都。
城下町の外れにある、静かな住宅街。
そこからほど近い湖のほとりで、ひとりの男が釣り糸を垂れていた。
年の頃は、50を少し越えたくらい。
手入れの行き届いた髭に、つばの広い帽子。
どこか飄々とした風貌で、長年この湖へ通い続けているらしい。
「だぁ~、今日もボウズかなァ~……風がよくねェからなァ……」
ぶつぶつと独り言をこぼしながら、長椅子のような岩に腰かけていた……
その時――
グンッ!!
「……んお?」
釣り竿が突如として激しくしなった。
リールがキリキリと、悲鳴を上げるように鳴った。
「おいおいおいおい……っ!! こりゃあ、でかいぞッ!!?」
慌てて竿を両手で握り直し、腰を落としてふんばる。
グイッ、グイッ……!!
糸が左右に暴れ、湖面がバシャバシャと激しく波立つ。
「うおッ!? 跳ねてる跳ねてる……っ!! ちょっ、これとんでもねェ大物だぞ!!? まさかこの湖の〝主〟か!!?」
全身に力を込めて、竿を引き上げること十数秒……
バッシャーンッ!!!
「よっしゃァ!! 釣れたァ!!」
長い格闘の末、ようやく水面の下から現れたのは――
〝人間〟だった。
「え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"えええええええ"え"え"えええええ"え"え"え"え"えええええ"え"え"え"ェ"ェ"ェェッッ!"!"!?」
湖水を盛大に吹き上げながら、水浸しの少年が飛び出した。
頭からびっしょり、鼻から藻、目はぐるぐる、口はパクパク。
その姿はどう見ても、今しがた本気で溺れていた者のそれだった。
数秒間、釣り人は硬直していたが……
しかし、すぐに我に返る。
「……はっ!!? おい!!! 大丈夫かッ!?」
咄嗟に竿を放り、少年を岸へと引きずり上げる。
そして彼の胸に両手を当てて押し始めた。
「なんてこった!! まさか子供を釣っちまうなんて……おい!! 目を覚ましてくれェッ!!!」
「……がぼ……ごふっ……ぶはあああああああああああああああああああああァァァッッ!!!!」
少年は勢いよく水を吐き出しながら、跳ね起きた。
「……おェ……ッ!! ……えほッ!! ……ゴホッ!!! プハーッ……!!」
「お、おい……!! 大丈夫かキミ!!?」
「うェ……ッ!! あれ……? ここは……?」
ぼんやりと辺りを見回しながら、少年――〝タイガ〟はようやく意識を取り戻した。
釣り人の懸命な救助の甲斐あって、彼はどうにか一命を取り留めたらしい。
<基礎能力スキル:水属性耐性《F》を習得しました>
<基礎能力スキル:風属性耐性《F》を習得しました>
<技能スキル:水泳《F》を習得しました>
ピコンピコンと、場違いなほど明るいスキル取得音が響く。
アナウンスはタイガの状態などお構いなしだ。
「あれ? なんだこれ、スキル……?
確かボクは……みんなと川辺でバーベキューを……」
まだ意識は混濁していた。
けれど、少しずつ頭がはっきりしていき――
「――っ!!! いや違う!! 猫ちゃんだッ!!!」
タイガは、自分がさっきまで何をしていたか思い出す。
「キミ……湖で溺れてたのか? 釣り上げた時はホントにびっくりしたぞ……」
「釣り上げる……? あ! そっか!! おじさんがあの釣り糸を垂らしてたんだね!!!
ありがとう! あの釣り糸を掴めなかったら、ボク〝また死んじゃう〟ところだったよ!!!」
タイガはおじさんの手を握り、お礼の言葉を述べる。
「あ、ああ……どういたしまして……大物じゃなくて残念だったけどな……」
「おじさんも大丈夫だった? 釣り上げるの大変だったでしょ? 怪我してない?」
さっきまで溺れかけていた自分のことはそっちのけで、彼は釣り人の心配を始める。
「いや、オレは全然大丈夫……」
「“近海の主”に腕食われたりしてない?」
「人の腕食うようなヤバいヤツこの湖にいないよ!!!」
真顔でとんでもない心配をする少年に、おじさんは思わずツッコむ。
本気なのか冗談なのか分からない、いつもの調子を取り戻し始めたタイガだったが――
「“…………!! …………!!!”」
ふと……おじさんの方を見て何かに気付き、その瞳に涙を滲ませ始めた。
「ひっく…! えぐ……」
「お、おい……どうしたんだ、いきなり泣き始めて……」
「“…だってよ…!!! ………………!!! おじざん…!!! ………………!!!”」
タイガは泣きながら、彼の〝腕〟を指さした。
「うん? ああ……袖のほつれか? 気にすんな、これは前からで……」
「“袖が!!!”」
「いやだから前からだって言ってるだろ!!! 大げさだなァ!!!」
号泣しながら抱きついてくる少年に、おじさんは思わずたじろいだ。
「新しい服を買うのも、なんだか金がもったいなくてなァ……まあ別に大した服じゃねえが、大事に着てるんだよ」
「なんだ、じゃあ安いもんか」
「いやそうだけど! ……他人にはっきり言われると腹立つなぁ……!!」
さっきまでの涙はどこに行ったのか、ケロッとした表情で失礼なことを言う。
「あ! おじさん、ボク行かなきゃいけないところがあるんだ!!」
「え? おい、さっきまで溺れてたんだ。あんまりすぐに動かない方が……」
勢いよく立ち上がるタイガをあわてて止めようとするが、彼の耳にはもう入っていない。
「おじさん、ホントにありがとう!! 命の恩人だよ!! これお礼だけど……受け取ってくれる?」
以前、猫の少女にお礼をことごとく断られたことが堪えているのか、タイガは心配そうな顔で――
「え? まあくれるっていうなら遠慮なく……」
「よかった! 受け取ってもらえて……よーし! 待ってろよ~猫ちゃん!!」
ピューン!!
風を巻き起こしながら、タイガは湖のほとりを走り去っていった。
「あ! おい!! ホントに大丈夫なのか~!!?」
心配する男の声は、もう少年には届かなかった――
「……一体何だったんだ、あいつは……」
釣り人はふと、手にした袋を覗いてみる。
「このお礼も変なものじゃ……っておわああああァ!!?」
革袋の中に光るものを見て、思わず目をひん剥いた。
「これ……1万ディジー金貨……!? しかも5枚も!!?」
静かな湖畔に、驚愕の絶叫が響く――
――
――――
――――――
――しばらく開いた口が塞がらなかった釣り人は、ようやく一言だけ呟いた。
「……服、買おう……」
<タイガの現在の所持金:13万9,850ディジー>
~あとがき~
第16話は明日の20時10分に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
【タイガがこれまでに習得したスキル】
〇基礎能力スキル
タフネス《F》[パッシブ]
体が頑強になり、最大HPとみのまもりが上がる。第1話から習得。
マッスル《E》[パッシブ]
肉体の力が高まり、ちからが上がる。第1話以前から習得。
アジリティ《E》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。第1話以前から習得。
脚力《F》[パッシブ]
足を使った行動をする際、ちからが上がる。第1話以前から習得。
水属性耐性《F》[パッシブ]
水属性から受けるダメージを軽減する。第15話から習得。
風属性耐性《F》[パッシブ]
風属性から受けるダメージを軽減する。第15話から習得。
封印耐性《F》[パッシブ]
封印に対する抵抗力が上がる。第5話から習得。
雷属性親和《F》[パッシブ]
雷属性による攻撃の威力が上がり、雷属性から受けるダメージが減少する。第1話以前から習得。
〇技能スキル
剣術《F》[パッシブ]
剣を装備している間、攻撃力が上がる。第1話から習得。
水泳《F》[パッシブ]
水中での行動力が上がる。第15話から習得。
???《?》
詳細不明。第1話以前から習得。




