私、司書は再び「史記の蕭何」に相談する(続編)第3話 **壊しやすさは、なぜ「改革」に見えるのか―― 蕭何が見る、維新型政治の光と影**
図書館の朝は、いつも少し慌ただしい。
開館前の短い時間に、職員は掲示を整え、返却本を配架し、予約棚を確認する。
その一つ一つは小さな動作だが、どれか一つ欠けても、利用者は不便を感じる。
私はカウンター脇で、昨日の来館記録を確認していた。
行政相談に近い問い合わせが増えている。
「制度が変わったと聞いたが、どこを見ればいいのか」
「説明が短すぎて、逆に分からない」
そんな声が、静かに積み重なっている。
「司書殿」
聞き慣れた低い声。
振り返ると、蕭何が書架の陰に立っていた。
今日はいつもより、表情が硬い。
「今日は、“壊す政治”の話をしよう」
「維新型政治、ですね」
「名を呼ぶ必要はない。
だが、あなたの国に現れている一つの型だ」
蕭何は、フロア全体を見渡した。
「速く、軽く、分かりやすい。
それが支持される理由だ」
■ 壊すことの快楽
「司書殿。
壊すことは、なぜ支持されると思う」
私は少し考えて答えた。
「成果が見えやすいから、でしょうか。
廃止、削減、統合……
数字や形で“変わった”と示せる」
蕭何は頷いた。
「その通りだ。
壊す行為は、即効性のある成果を生む」
「しかも、敵を設定しやすい」
「ええ」
蕭何は淡々と言う。
「『古い制度が悪い』
『既得権が悪い』
『無駄が悪い』
敵がはっきりすれば、民は迷わぬ」
私は、ポスターや演説のフレーズを思い出した。
短く、強く、覚えやすい言葉。
「壊す改革は、物語として優れている」
「物語……」
「英雄が現れ、悪を倒す。
複雑な説明は不要だ」
蕭何は、少し皮肉を込めて言った。
「民は、長い説明より、短い勝利を好む」
■ しかし、壊した後は誰が組むのか
「蕭何さん。
壊すこと自体が悪いわけではないですよね」
「もちろんだ」
彼は即答した。
「腐った梁は、抜かねばならぬ。
不要な壁は、壊してよい」
「では、問題は……」
「壊した後だ」
蕭何の声が、わずかに低くなる。
「壊す者が、組む者を軽んじた瞬間、国家は危うくなる」
私は思い当たった。
制度改革の後、現場に丸投げされる運用。
十分な人員も、移行期間もないまま始まる新制度。
「司書殿。
あなたの現場で、制度改正の後に何が起きる」
「問い合わせが増えます。
職員も、利用者も混乱します」
「それでも改革者は言う」
蕭何は淡々と続ける。
「『慣れの問題だ』
『現場が工夫すればよい』」
私は苦笑した。
「現場が、帳尻を合わせる」
「そうだ。
だが、それは能吏を消耗させる」
■ 官僚・専門職を「敵」にする政治
蕭何は、行政資料の棚を指さした。
「壊す政治は、
ここに並ぶ文字を“敵”にしやすい」
「制度は分かりにくいですから」
「分かりにくさは、敵にしやすい。
専門性は、疑われやすい」
蕭何は、静かに言った。
「『専門家は信用できない』
『役人は自分たちのことしか考えない』」
私は、現代の言説を思い浮かべた。
「そうした言葉は、
民の不満を代弁しているようにも見えます」
「見える。
だから支持される」
蕭何は続ける。
「だが、専門性を敵にした国家は、
やがて“誰も組めない国家”になる」
「誰も……」
「壊す声が大きいほど、
組む仕事は評価されなくなる」
私は、図書館の裏方仕事を思い出した。
配架、目録、保存、予算調整。
目立たないが、欠ければ崩れる。
「司書殿。
組む仕事を嘲笑する政治は、
長くは続かぬ」
■ ポピュリズムとの親和性
「壊しやすさは、なぜポピュリズムと結びつきやすいのでしょう」
私が問うと、蕭何は短く答えた。
「責任を先送りできるからだ」
「先送り……」
「壊す段階では、
“誰が組むか”は問われない」
蕭何は続ける。
「選挙では、
『壊します』と宣言すればよい。
組む段階は、任期の後だ」
私ははっとした。
「だから、
短期の政治目標と相性がいい」
「そうだ。
長期の制度設計は、
選挙の点数になりにくい」
蕭何は、民心を読む者として言った。
「壊す改革は、
“今すぐの満足”を与える」
「でも、その後……」
「後は、次の誰かの仕事になる」
■ 蕭何の問い:改革とは何を残すか
私は、核心を問うた。
「蕭何さん。
本当の改革とは、何でしょう」
彼は、少し考えてから答えた。
「改革とは、
次に引き継げる形で残すことだ」
「残す……」
「壊すだけでは、何も残らぬ。
組み、文書にし、人に教え、
次の世代が“続けられる形”にする」
蕭何は、秦の法制を持ち出した夜を思い出すように言った。
「私は、前の王朝の制度を持ち出した。
それは、前の王朝を肯定したからではない」
「……」
「使える骨を残すためだ」
私は、その言葉の重みを感じた。
■ 現代への警告
閉館のアナウンスが流れた。
利用者が静かに席を立つ。
「司書殿。
壊しやすさが支持される時代は、
疲れた時代だ」
「疲れた……」
「民も、制度も、疲れている。
だから軽さを求める」
蕭何は、出口に向かいながら言った。
「だが、軽さは強さではない」
扉の前で、彼は振り返る。
「壊す政治が、
治す政治に変わるかどうかは、
能吏を敵にしないかで決まる」
そう言って、蕭何は去った。
私は一人、行政資料の棚を見つめた。
壊すことは簡単だ。
組むことは難しい。
そして、組む者ほど、静かだ。
次に来る話は、
壊した後に何が起きるか――
財政、現場、兵站の問題だ。
次回予告(第4話)
「兵站なき改革は敗れる
―― 財政・行政・現場を無視した政治の末路」




