私、司書は再び「史記の蕭何」に相談する(続編)第2話**壊れにくいが、治らない国家―― 蕭何が語る「長期政権」と制度疲労**
行政資料の棚に、古い予算書が並んでいる。
何年分も、何十年分も。
背表紙の色が少しずつ違うだけで、構成はほとんど同じだ。
私は脚立に上り、上段の一冊を抜き取った。
ページをめくると、見慣れた項目が並ぶ。
「○○対策事業」「重点施策」「推進体制の強化」。
言葉は変わらない。数字だけが、少しずつ膨らんでいる。
「司書殿」
低い声が、背後から届いた。
蕭何だ。
前話で現れたときと同じ、静かな佇まい。
だが今日は、どこか重さが増している。
「それが“治らぬ国家”の痕跡ですか」
私は脚立を降りながら頷いた。
「はい。
毎年、何かを“やっている”ことは分かります。
でも、何かが“解決した”痕跡は、見えにくい」
蕭何は、予算書を一瞥しただけで言った。
「壊れぬことと、治ることは別だ」
その一言で、空気が締まった。
■ 長期政権が生む「安定」と「惰性」
「司書殿。あなたの国では、同じ政党が長く政権を担ってきたな」
「はい。
選挙を経て、国民の選択として継続してきました」
「それ自体は、悪ではない」
蕭何は即座にそう言った。
「長期政権は、秩序を保つ。
急激な断絶を避け、制度を積み上げることもできる」
私は慎重に続ける。
「実際、制度が一気に壊れることは避けられてきました。
行政の継続性、国際関係、法体系――」
「だが」
蕭何が、言葉を切った。
「長く続くと、政権は“国家”と同一視され始める」
私は息をのんだ。
「政権の都合が、国家の都合に見える。
政権への批判が、国家への批判にすり替わる」
「それは……」
「制度疲労の兆しだ」
蕭何は、秦の末期を知る者の目で語る。
「秦もまた、壊れにくかった。
法は強固で、官僚制は整い、命令は迅速だった」
「しかし」
「治らなかった。
歪みを歪みとして認められなかった」
■ 官僚制との「共犯関係」
私は思い切って問いを投げた。
「蕭何さん。
現代日本では、長期政権と官僚制が強く結びついています。
それは問題でしょうか」
蕭何は、しばらく黙った。
「結びつくこと自体は、必然だ」
「必然……」
「国家を動かすには、専門性が要る。
政治が理念を示し、官僚が制度に落とす。
これは本来、健全な分業だ」
私は頷いた。
行政の専門性なくして、複雑な国家は動かない。
「だが、長期政権が続くと、
“選択肢のない分業”になる」
「選択肢がない?」
「官僚は、この政権と働くしかなくなる。
政権は、この官僚制で回すしかなくなる」
蕭何は静かに言った。
「互いに、代替不能になる。
それを私は“共犯関係”と呼ぶ」
共犯――。
犯罪の意味ではない。
構造として、互いに逃げ場がなくなる関係。
「失敗しても、誰も完全には責任を取らない。
なぜなら、全員がその仕組みの中にいるからだ」
私は思い出した。
政策の失敗が「想定外」「検証が必要」「今後の課題」として処理され、
誰も明確に“終わらせる”判断をしない光景を。
■ 「やめられない政策」の山
「司書殿。
あなたの棚にある“続いているが効果の見えない政策”は、なぜやめられぬ」
「……」
私は即答できなかった。
「理由は三つある」
蕭何は指を折る。
「第一に、やめると“失敗を認めた”ことになる」
「第二に、関係者が多すぎる」
「第三に、代替案を作る責任を負いたくない」
私は苦く笑った。
「全部、現代にも当てはまります」
「だろう」
蕭何は淡々と続ける。
「長期政権は、壊れにくい。
だが壊れにくいがゆえに、
“不要になった骨”を抜けぬ」
「古い骨が残り続ける」
「それが、国家の動きを鈍らせる」
私は行政資料の棚を見た。
積み上がる制度。
廃止よりも新設が多い現実。
■ 大衆心理:「安定」への依存
「それでも、長期政権が続くのは、国民が選んでいるからです」
私がそう言うと、蕭何は否定しなかった。
「その通りだ。
民は“安定”を選ぶ」
「不安定よりは……」
「当然だ。
だが、安定は次第に“変化への恐怖”に変わる」
蕭何は、民心を読む者として言った。
「変えた結果、悪くなるかもしれない。
それなら、悪いと分かっている今のままでいい」
「それが、長期政権を支える心理」
「そうだ」
私は、選挙のたびに聞く言葉を思い出した。
「他に任せられるところがない」
それは支持であり、同時に諦めでもある。
「司書殿。
民は賢い。だが、疲れている」
「疲れている……」
「政治が複雑になりすぎた。
説明が長く、責任が遠く、成果が見えにくい」
蕭何は言った。
「そのとき、民は“変えない選択”を合理的と考える」
■ 蕭何の視点:治すとは何か
私は、核心を問うた。
「蕭何さん。
“治る国家”とは、どういうものですか」
彼は、即答しなかった。
代わりに、古い記憶を辿るように語り始める。
「漢の初め、国は貧しかった。
戦で疲れ、民は減り、財は乏しかった」
「それでも、四百年続いた」
「なぜだと思う」
私は答えを探す。
「……無理をしなかった?」
蕭何は、ゆっくり頷いた。
「治すとは、
“今できないことを、やらない”判断だ」
「やらない判断」
「すべてを救おうとしない。
すべてを整えようとしない。
だが、無理な骨組みは放置しない」
私はメモを取る。
「治る国家とは、
縮む勇気と、直す覚悟を併せ持つ国家だ」
蕭何の声は低く、重い。
■ 現代への問い
閉館の時間が近づいていた。
フロアの照明が、段階的に落ちていく。
「司書殿。
あなたの国の長期政権は、
壊れにくさを武器にしてきた」
「はい」
「だが、治る仕組みを持っているか」
私は、答えを持たなかった。
蕭何は、出口に向かいながら言った。
「次は、
“壊しやすさ”を武器にする政治の話をしよう」
「改革を掲げる側、ですね」
「そうだ。
なぜそれが魅力的に見え、
なぜ危ういかを」
扉の前で、彼は振り返った。
「司書殿。
国家は、壊れるより先に、
治れなくなる」
その言葉を残し、蕭何は去った。
私は一人、棚の前に立ち尽くした。
壊れにくいが、治らない国家。
それは、安定の仮面を被った疲労だ。
次に来るのは、
その疲労を断ち切ろうとする政治――。
だが、その刃は、
本当に“治療”になるのだろうか。
次回予告(第3話)
「壊しやすさは、なぜ“改革”に見えるのか
―― 蕭何が見る、維新型政治の光と影」




